第45話、体感(実感)

 賢者一行が最初に皆で集まった場所に戻ると、既にリザーロが席についていた。

 因みにグリリルはずっと傍に居たりする。発言を一切していないので存在感が無いが。

 残り一人のキャライラスだけは戻っていないが、人を出しているのですぐ戻るだろう。


「ナーラ嬢、あれ程の魔法を使うのであれば先に言って欲しかった」

「すまんリザーロ。正直その辺り何も考えとらんかった」

「貴女は聡いかと思えば、何処か抜けている時が有るな」

「・・・儂まだ子供じゃし」

「確かに、いくら聡いとは言っても貴女はまだ幼児だったな。致し方ないか」


 賢者は気まずい気持ちで目を逸らしながらの発言だったが、リザーロは素直に受け入れた。

 中身を知っていれば文句を重ねていただろうが、そんな物誰も解るはずがない。

 よって言い逃れを成功させてしまった賢者は、気まずさを抱えたままになってしまうのだが。


(基本常識的じゃし、気も使ってくれるんじゃよなぁ)


 だからこそ自分の持つ印象と、周囲の持つ印象に差異がある。

 勿論そこは彼らの付き合いの長さ故の認識なのだとは解っているが。


「しかし、精霊化を使える以上我々とは格が違うと思ってはいたが・・・流石にあれ程とは予想外だった。アレは精霊化を使えるからこそ、という認識で良いのだろうか」

「そじゃな。そういう認識でよい」


 正確には、精霊化できる程の魔力量があって可能な魔法、ではある。

 だがどちらにせよ同じような事なので、特に訂正もせずに賢者は頷き返した。

 結局の所あれだけの魔法を使うには、彼らでは精霊化しなければ叶わない。


「筆頭殿。先程のお話を小娘が来る前にしておいた方が宜しいかと」

「む、そうか? 揃ってからの方が良いかと思ったんじゃが」


 そこで老人が声をかけ、賢者の軽い返答にリザーロは眉を顰める。

 なにせ彼の知るブライズという老人は、この様な落ち着いた人物ではない。

 何時もどこか気を張っていて、この様に穏やかな笑顔を子供に向ける所を見た事が無い。


 何よりも老人は賢者に負け、となれば賢者に勝つ為に目をぎらつかせていたはずだ。

 リザーロはそちらの疑問の方が強すぎて驚き、会話の内容への疑問まで至れない。


「リザーロよ、事前に精霊術の封印に付いて話をしたのを覚えておるか?」

「む、あ、ああ。覚えている」


 だが賢者に話かけられた事で一旦思考を放棄し、目の前の女児へと意識を向ける。

 その表情には特に気負いはなく、封印される事に恐れを感じている様子はない。


「いや、そのじゃな。とりあえず封印術がどういうものか、皆に体感して貰って居っての。小娘にも施す予定なのじゃが、お主にも一度術を施して体感してもらいたいんじゃよ」

「成程・・・」


 リザーロはチラッと老人に目をやり、その穏やかな様子にもしやと思う。

 あの穏やかで従順な様子は、封印術を施された結果かと。

 けして逆らってはいけない相手と認識した態度かと。


 実際は違うのだが、老人も心の内を話していないので理由など誰にも分らない。


「・・・どうしてもしなければいけないか?」

「儂としてはリザーロは別に良いかと思っておったんじゃが、しておいた方が良いと皆が言うもんじゃからの。出来れば一度受けておいてくれるとありがたいんじゃが」

「・・・解った」


 リザーロは不承不承という様子で頷き、賢者はホッとしながら彼に手を伸ばす。

 そして熊に頼んで精霊化と封印術を施し――――――。


「――――――っ!」


 終わった所でバッと下がったリザーロに、賢者の方が驚きを見せる。

 その顔は真っ青になっていて、胸を押さえて過呼吸にでもなったかの様だ。


「リ、リザーロ?」

「かっ、はっ・・・はっ・・・!」


 驚愕の表情で目を見開くリザーロに賢者は狼狽え声をかけるも、彼はその言葉に反応しない。

 むしろ意識を全て内に向けているかの様で、何も耳に届いていない様子に見える。


「筆頭殿、封印術を解いてくだされ」

「あ、ああ」


 余りの代わり様に賢者が動けなくなっていると、老人が術の解除をそっと促す。

 そこでハッとなった賢者は慌てて熊に頼み、封印術の開放と共にリザーロは膝から崩れた。


「はぁ・・・はぁ・・・! こ、れが、封印術・・・!」


 ただ彼は地面に手を付いているものの、先程と違って少し余裕がある様に見えた。

 その証拠とでもいう様に、ふらっとしながらだが立ち上がって呼吸を整える。

 表情は相変わらず優れないが、それでも封印中よりはマシに見えた。


「・・・これは恐ろしいな。精霊との繋がりを感じられなくなった。あの無力感は久々だ」


 それでもまだ心を落ち着けきる事が出来ず、その手は細かく震えている。

 だがそれも暫く深呼吸を続けると、いつものリザーロがそこに立っていた。


「その、大丈夫、かの?」

「大丈夫だ。心配をかけてすまない。封印術、よく理解した。これは・・・絶対に嫌だな」


 彼は封印術をかけると告げた時と違い、真剣に封印の恐怖を覚えた表情で呟く。

 話で聞いた事と認識の差に、やっと実感が出来たという様子で。


(リザーロの中では、どういう認識じゃったのかのう?)


 少し気になって首を傾げたものの、それを問おうと思った所で人が来た。


「私が一番最後でしたのね。遅れて申し訳ありません筆頭殿」

「ああ、キャライラスか。まあ儂らはほぼ一緒に居たようなもんじゃから気にするな」


 彼女の出現によって、そのままリザーロに問うのも憚られた。

 何故なら彼女とリザーロが余り仲が良いとは言えない事を知っている。

 ここで彼の弱みにでもなる発言があれば、この娘は間違いなく利用するだろう。


 おそらく老人はそこまで考えた上で、少女が来る前に事を済ませる様に告げたのだ。

 そう思った賢者は何でもない様に応えるに済ませ、また今度理由を聞くかと結論を出す。


「それで、何のお話があるのでしょうか。筆頭殿の実力は重々承知しておりますし、顔合わせという意味であれば、グリリル以外はそこまで話す事も無いのでないかと」


 柔らかい言動の裏に「とっとと帰りたい」という副音声が賢者の耳に聞こえた。

 基本的に賢者に従うとは決めても、この辺りの性根は治りはしないのだろう。

 とはいえこんな細かな事を咎める気はなく、封印術の事を彼女に伝える。


「抵抗はしませんので、どうぞ」

「う、うむ・・・」


 少女は一切の躊躇なく受け入れ、賢者の方が困惑しつつ封印術を施す。


「成程、これが封印術」


 そして封印を施された少女は、特に狼狽える事なく封印状態を受け入れる。

 メリネですら少々の驚きはあったというのに、欠片も驚いた様子が無い。


「驚かんのじゃな」

「筆頭殿相手でしたら、封印されようともされずとも同じ事でしょう?」

「それはそうかもしれんが・・・まあ良いか」


 この娘には問いただした所で素直に答える訳もなく、賢者は問答を諦めて封印術を解く。

 ついでにリグルルにも体感してもらったが、彼女は更に反応が無さ過ぎた。

 封印をすると言えば「はい」と答え、封印し終わってもぼーっとしている。


「・・・なんというか、本当に反応が無いの、お主」

「申し訳ありません」

「いや、謝る必要はないんじゃが。まあ、良いか」


 これで全員封印術を体感してもらった事になり、それぞれが賢者への脅威を認識した。

 そこで改めて老人に告げた事と同じ事を、ある程度の節度を守る様にと賢者は告げる。


 ローラル、メリネ、ブライズは当然の事ながら素直に頷く。

 キャライラスも表面上は素直であり、グリリルも相変わらずの様子で頷いている。

 ただ一人、リザーロだけはどこか追い詰められた様な、そんな表情で頷いていた。


(・・・うーむ、本当にこれで良かったんじゃろうか)


 彼の様子に少し不安を持った賢者だが、この場で答えは出なかった。

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