第46話、お披露目(見世物)

「話が違うんじゃが」

「それは私に言われても困るなぁ・・・」


 むーっと頬を膨らましながら文句を告げる賢者に対し、ローラルが苦笑で返している。

 ただし苦笑気味なのは周囲の者達も同じ様子で、特に賢者の侍女は呆れている始末だ。

 賢者が一体何にむくれているのかというと、領地に帰る日が伸びたのが原因だった。


 賢者としては顔合わせが終われば、それでささっと領地に帰るつもりだった。

 当然両親や侍女たち、護衛の騎士達も同じつもりで準備をしていた。

 という所で突然とんでもない龍が現れ、王都は一時的に大変な混乱に陥る。


「お嬢様がいけないのでしょう。あの龍には私共も驚いたのですからね?」

「う・・・だ、だって、仕方なかったんじゃもん。あ奴らを納得させるには・・・」

「ならこれも仕方ない事です。違いますか?」

「うぐぅ・・・」


 原因が賢者という事は言うまでもなく、そして事態を収める為に賢者の存在を街に広めた。

 結果として街の混乱は一時的に収まったものの、賢者の存在には若干懐疑的な所がある。

 中にはアレはどこぞの神の怒りだった、などと騒ぐ者もいる始末だ。


 という訳で、急遽王都で『精霊術師筆頭お披露目パレード』が決定した。


「こんな事になるとは思ってなかったんじゃもん・・・」

「思ってなかったからこうなっているんです」

「うぐぅ・・・!」


 言い訳にもなってない言い訳に対し、侍女の容赦ない口撃が返って来る。

 普段から付き合いなれている侍女の対応に賢者はぐうの音しか出ない。


「ナーラ、仕方ない。諦めなさい。民を不安にさせたままではいけないだろう」

「そうよ、ナーラちゃん。不満は解るけど、我慢しましょうね」

「う・・・承知しました・・・」


 そこに両親も加わってしまっては、賢者に反抗する術などなかった。

 本音を言えば両親も娘を目立たせる行動を望んではいない。

 娘の身を表に晒せば晒す程、かかる面倒も比例して増えていくのだから。


 自分が面倒なだけならば良い。だが娘に万が一などあって欲しくない。

 とはいえ今回は事の原因が娘の行動となると、流石に無視して帰る訳にもいかない。

 何より国王がそれを許さないだろう。ならば娘には納得してもらうしかないのだ。


(・・・内容を隠してはいるが、ナーラと陛下の間には何か密約がある。その上でナーラが筆頭の座を了承した事を考えれば、下手に逆らう様な真似は首を絞める)


 賢者に呪いが利かないが故に国王に危険視されている、という事を父は知らない。

 だが何かしらの理由で特別視されている事も、精霊化が理由で無い事も察している。

 とはいえその事実を下手に口に出せば、余計に娘の負担になりかねない。


 何せ娘は聡い子だ。もし口に出来る内容であれば、とっくにその話をしているだろう。

 ならば今は出来るだけ王家に良い印象を与え、娘の立場を良くする事に勤める方が良い。

 そういった打算も有りきの判断であり、それは賢者の母も同じ気持ちだ。


(実際致し方ないか。国王になで斬りにされるのは御免じゃし、父上も母上も、おそらくザリィも儂の事を心配しての提案じゃろうしな。熊よ、すまんがまた協力頼む)

『グォン!』


 むくれてはいるものの、内心は渋々ながら納得はしている賢者。

 とはいえ雷の龍が原因となると、同じ事を人の前で出来なければいけないだろう。

 そうなるとやはり賢者は熊に頼るしかなく、けれど熊は嬉しそうに大声で鳴いて応える。


 頼るしか出来ない自分に少々情けなさを感じつつも、熊の喜びには苦笑していた。


「ナーラ様が納得されたのでしたら、早速衣装を用意しなければなりませんね!」

「確かに。筆頭殿のお披露目に相応しいドレスが要りますな」

「そうだね。我らが筆頭殿就任のお披露目と考えれば下手な物を着せられないね」

「お嬢様を着飾る機会ですね・・・!」


 そこで何故か居るメリネとブライズの意見が合い、更に青年も同意したので止まらない。

 どころか侍女も会話に混ざり始め、どこに依頼して誰が金を出すまで話が進む。


(・・・おかしいの。儂の話なのに、儂の意見を言う暇がなかったんじゃが)


 とはいえ賢者は人に着飾って貰う事しかできないので、自分の意見など無いに等しい。

 出来上がった自分を姿見で見て「うむ、儂可愛い!」と満足するだけなのだから。

 そんな訳で当の本人を置いた会議は勝手に進み、最終的に国から費用が出る事になった。


「えぇ・・・良いのか、ローラルよ」


 賢者としては自分を着飾る為に国税を無駄に使うのはちょっと、という気持ちが在る。

 普段着ている服も領地の税から出ている物だが、基本的にそこまで高い服でも無い。

 むしろ高位貴族としては安物の類をよく手直ししていて、賢者はそれで良いと思っていた。


 それでも税を納める民達よりも、間違いなく良い暮らしをさせて貰っているのだからと。


「国の混乱を収める為だし、何より君の存在を周知させる為だからね」


 だが青年からすれば『ナーラ・スブイ・ギリグ』という人間は国にとって特別な存在だ。

 精霊術師である時点で特別であり、その中で筆頭という立場を与えられた人間。

 勿論ただの肩書だけであれば、青年とて気軽に決断はしなかっただろう。


 だが賢者は示して見せた。筆頭としての実力を。そして精霊術の深奥を。


 彼女の様な人物がこの国に居て、我々と同じ時代に生きている。

 その事実を国民に見せつける事は、確実に国にとってプラスに働くだろう。

 その分彼女に負担をかける事も有るだろうが、だからこそ国の援助を惜しんではいけない。


「君が生きている間、この国は君を旗印とするだろう。何をするにも君の存在無くしては語れない事になる。そんな君を下手な格好で送れる訳が無いし、負担させる訳にもいかない」

「・・・そうか、そうじゃな。そうなるか」


 賢者としては若干納得したくなかったが、生前を思い出し納得するしかない。

 化け物と呼ばれた自分が国に居る。ただそれだけでどれだけの影響が出たか。

 となれば今の自分が居るこの時代で、精霊術師の中で特別である事に影響が出ない訳が無い。


 幸いはあの頃と違い、今の自分が好意的に受け入れられている事ではあるが。


「だめよ、ナーラ様にはこっちの方が良いわ!」

「いいえお嬢様にはこちらの方が似合います」


 ただ決まったのは資金の出処だけであり、何を着せるかは相変わらず争っているのだが。

 賢者は白熱するメリネとザリィに一瞬目を向け、そっと逸らして巻き込まれない様に決めた。

 因みにブライズは衣装自体への口出しは無く、ただスッと賢者の後ろに動く。


「筆頭殿。このお披露目で貴女の名と存在は国外にも知れ渡るでしょう。それと同時に貴女の命も狙われる事になります。その覚悟は・・・お持ちになっておいて下さい」

「解っておるよ。目立つという事は、危険と隣り合わせじゃからな」

「ご承知の上であったのに、差し出がましい事を口にしました」

「いや、忠告は助かる。これからもその調子で頼む」

「畏まりました。筆頭殿」


 老人は静かに頭を下げて応え、賢者はもう慣れた調子で苦笑を見せる。

 今後心変わりが無いとは言えないが、暫くは彼の事を信じる事に決めて。


(それに儂には忠告が必要じゃ。どうもこの体になってから、思考よりも感情が先に出る事が多くなっておる。周囲の誰かが止めてくれんと、後で困る事になりかねん)


 好きに生きると決めた心と、子供の体と感情。

 賢者は最近それに振り回されている事実に気が付いてた。

 だからこそ近しい物による抑えはむしろ歓迎すべきものと捉えている。


「ナーラ・・・その時は私が盾になってでも貴女を守ろう」

「期待しとるよ、ローラル」


 その会話を聞いていた青年が真剣に告げて頭を撫で、賢者は気楽に返すのであった。


「真面目な話の時は耳を揉むな」

「あっ」


 ただし青年は耳に伸びた手をバシンと払われ、目が合ったメリネがニマリと笑っていたが。

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