第44話、忠告(納得)
(やけにしおらしくなり過ぎて、逆に怖いんじゃが・・・)
穏やかにほほ笑む老人を見つめ、実は何か企んどるのではと疑る賢者。
だが邪気の感じられないその笑みは、まるで孫を見つめる好々爺の様だ。
一体何があればここまで心変わりをするのかと、困惑で首を傾げて眉を顰める。
「信じて頂けずとも構いません。行動で示しましょう」
「お、おう・・・」
もう一度深く頭を下げる老人に、とりあえず今はそれで良いかと賢者は思考を放棄する。
となると本来やるはずだった精霊術の封印はどうしたものか、という悩みが前に出た。
目の前の老人の言葉が本当であれば、封印を施す必要はなさそうではあるが。
(いや、心変わりはあるかもしれん。告げて・・・一度体験させるべきか)
まだ老人の言葉も態度も信じきれない賢者は、少し悩んでから結論を出す。
「とりあえずお主が儂に下ると判断をしたのは承知した。じゃがお主が理解している通り、儂はまだお主の事を信じきれん。そこで今後問題行動を起こした際の罰則を告げておく」
「罰則ですか。何でしょう」
老人としては最早賢者に逆らう気が無く、ならば罰則など怖くも無い。
なので穏やかに訊ね返したのだが、賢者の返答で息を吞む事になる。
「精霊術の封印じゃ。精霊との繋がりを一時的に断つ」
「――――――っ、そう、ですか。承知致しました」
ただ驚いたものの、先の通り老人に逆らう気は毛頭無い。
罰則そのものは心が悲鳴を上げかねないものだが、それでも何も問題は無いだろう。
そう判断して冷静である様に努め、笑顔を見せて素直に頷き返した。
「怖くないのか? 精霊術を封印されるんじゃぞ?」
「正直に言えば恐ろしいと言わざるを得ません。ですが私は貴女に付くと決めた。ならば罰則など何も恐れる事は無いでしょう」
「なるほどのう」
確かに老人の言葉は理が通っている。そう思い納得しつつ、賢者は老人に手を伸ばす。
「お主の考えは理解した。だがその上で、一度封印術を体感してもらう。良いな?」
「・・・すぐ解除して頂けるのでしょうか」
だが流石にこの発言は恐ろしく、老人は思わず問い返してしまった。
老人にとって精霊は拠り所だ。その存在を感じられないのは恐怖でしかない。
賢者に従うとは決めはしたが、やはり彼の中で一番は救ってくれた精霊なのだ。
「安心せよ。すぐといてやる。体感してもらうだけじゃ」
「解りました。貴女の言葉を信じます」
けれど賢者の言葉にほっと息を吐き、無意識に強張っていた体から力を抜いた。
そうして大人しくしていると、老人の目の前に膨大な魔力を持つ小熊が顕現する。
アッサリと、当たり前の様に、目の前の幼女は精霊化を見せた。
(ああ、やはり格が違う。この子は天才だ)
見た目だけは可愛らしい小熊を前にして、老人は穏やかに笑い現実を受け入れる。
やはり敵う気がしない。だがそれでも自分は前を向かねばならないと。
賢者はそんな老人にやはり訝し気な気持ちを持ちながら封印術を施す。
「これが封印術・・・ああ、これは、恐ろしいですね」
「じゃろ?」
『グォン』
封印術を施された老人は、余りに恐ろしさに手が震える。
解除してもらえると解っていても、今の自分の状態が怖くて堪らない。
精霊術が使えない事よりも、精霊との繋がりを感じられない事が余りに恐ろしくて。
そんな老人の感情を察したのか、聞こえてはいないが熊もウンウンと頷いている。
暫くその状態を体感して貰ったら、また熊に頼んで術と精霊化を解いた。
それと同時に精霊との繋がりが戻った老人は、安堵の余り深く深く息を吐く。
自分の状態を確かめている老人を少しの間見てから、賢者はニッと笑って口を開いた。
「儂は権力を傘に着て好き勝手に、というのが余り好きではない。勿論時には権力を使わねばならん事もあるじゃろう。特に領地を収めていると尚の事じゃ。じゃがある程度の節度を守った生き方を心掛けよ。それが儂の、精霊術師筆頭としてのお主への最初の命じゃ」
「畏まりました、筆頭殿」
老人は元より逆らう気など無いが、尚の事逆らえない理由が増えた。
もし封印術を長期間かけられてしまえば、自分の心が保たずに壊れてしまう。
そう感じた老人の素直な返答に満足し、賢者はうむうむと頷き返した。
「ところでこの術は、他の者達も体感したのでしょうか」
「ローラルとメリネにはしたが、残り三人にはしておらんの」
「そうですか・・・」
賢者の答えを聞いた老人は、眉を顰めて思考する様子を見せる。
一体何を悩んでいるのかと賢者は首を傾げ、けれどすぐに答えは出た。
「筆頭殿。リザーロには先程の封印術を体感させておいた方が宜しいかと」
「・・・小娘ではなくか?」
ただその答えにも賢者は首を傾げてしまう。
勿論青年達にリザーロの事を忠告された以上、余り楽観視は出来ないとは思っている。
けれど今の彼は理性的であり、忠告をした以上理解しているはずだ。
ならば体感させようがさせまいが、あまり変わりはないのではないかと。
「あ奴はある意味で私以上に精霊の力に固執している男です。その力を無くす事を私以上に怯えている男です。筆頭殿の封印術は、あ奴に踏み止まる恐怖を十分に与える事が出来るでしょう」
「そう、なのか?」
リザーロが精霊術に固執している、という様子は今まで感じた事が無い。
むしろ手に入れた力を上手く使いこなしている努力家という印象だ。
けれど目の前の老人からすれば違うらしく、意識の差にやっぱり賢者は首を傾げる。
「キャライラスは筆頭殿が健在な限り下手な事はしないでしょう。あの娘は愚か者ですが、頭の中身のない阿呆ではありません。グリリルはそもそも貴女の命に逆らう事は無いでしょう。だがリザーロだけは違う。あ奴の忠誠は国王に在り、その為であればどの様な命でも違反します」
「・・・お主にそこまで言わせるか」
目の前の老人も、今の状態になるまで大概だった。その彼がそこまで言う相手。
となれば忠告を無視する訳にもいかず、言われた通りにしておいた方が良いかと感じる。
しかしリザーロは初対面時の苦労人の印象が強く、どうしても後ろめたさを感じるのだが。
「解った。筆頭としてお主の忠告心に刻んでおく」
「お役に立てたのであれば幸いです」
それでも自分を納得させた賢者が応えると、老人はホッとした様子で軽く頭を下げた。
「では戻るとするかの。一旦解散したが、お主が目を覚ませばもう一度集まる予定になっとるんじゃよ。本当はその時に封印術の事も言うつもりじゃったがな」
「それはお手数をおかけしました。では参りましょう、筆頭殿」
「うむ―――――うむ?」
立ち上がる老人に頷き返す賢者は、次の瞬間また首を傾げる事になる。
儂さっきから首傾げてばっかりじゃの、などと思いながら。
賢者は踏み出そうとした足が浮き、ひょいっと老人に抱えられてしまった。
「・・・なぜ儂を持ち上げとるんじゃ」
「筆頭殿の足ですと、戻るにはお時間がかかりましょう」
「いやじゃが、いくら儂が幼児とはいえ老体には重くないかの」
「細身ではありますが多少は鍛えております。筆頭殿程度でしたら問題はありません」
「・・・まあ、良いか。では頼む」
「お任せください」
幼児の足ではこの城は広すぎる。ならば老人の好きなようにさせれば良いだろう。
そう決めたらもう何時もの能天気幼女になってしまい、そのまま老人に運ばれる賢者。
「何でブライズがナーラ様を抱えてるの!?」
「ヒューコン卿、ナーラ嬢が幼児とて老体の君には少々重いだろう。私が変わるよ」
「殿下こそお気になさらず。これは筆頭殿の部下として私の務めです」
「何勝手に決めてるのよ! それは私の役目よ!」
「いやいやヒューコン卿もメリネ嬢も、彼女の婚約者である私の役目を取らないで欲しいな」
「私は先程筆頭殿に命を受け運ばせて頂いておりますので」
ただその後合流した青年達と、誰が運ぶかというどうでも良い事でもめたのだが。
(誰でも良いからはよ行かんかい)
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