第28話、興味(無し)

(多分頑張ってくれとるのは解るんじゃが・・・うーん)


 目の前の王太子に態度に、賢者はゾワゾワと気持ち悪い感覚を覚える。

 これは単純に彼の行動に対してか自分の感性が故かは解らない。

 ただ演技と解っているおかげか、完全に耐えられない気持ち悪さではなかった。


「殿下、無理はお互いの為にならぬ。先程と同じでお願いしたい。代わりに儂も少々無礼を働く事があると思うが、多少許容して頂けると助かる。宜しいか」

「・・・承知した、ナーラ嬢」


 なので自分が嫌だという事はなるべく隠し、気を使わなくて良いと返答した。

 とはいえ青年は賢者の様子を見て「これは外したな」と苦笑していたが。


 彼自身普段はこんな事をする性格ではないし、けれど相手は年端もいかない女児だ。

 ならば夢を見る様な乙女に対する対応をと思ったが、賢者相手では逆効果である。

 その事を察知した彼はすぐに引き、先程とは違う自然な笑みを賢者に向けた。


「ナーラ嬢、貴方との親睦を深める為に夕食にお誘いしたい。宜しいでしょうか」


 庭で話していた時と同じ調子で、気持ち悪さを感じなくなりほっと息を吐く賢者。

 ただ力が抜けたせいかその表情はやけに柔らかく、周囲の者を勘違いさせてしまう。

 もしや本当は王太子に対し思う所が多少はあるのかと。


 当然この場でその事を問い詰める者は居らず、しかし見極めようと目を光らせた。


「殿下の誘いをお断りするのは不敬じゃろう?」

「そ――――」

「ナーラ、気にしなくて良いんだよ。ナーラが嫌ならお断りしよう」


 言外に「誘いを受けよう」という意味で答えたが、そこで父が口をはさんだ。

 ニコニコしながらどこか怖い様子で、青年の言葉を遮る様に。


 王族に対し不敬ではと心配した賢者だが、青年は口を噤んで黙ってしまった。

 護衛や使用人達も動かない。と言うか、なんだか少し困った表情だ。

 やはり何かおかしい。これは自分がいない間に、何か話し合いがあったに違いない。


 流石にその程度の事には気が付いたものの、何があったのかまではやはり解らない。

 賢者は少し首を傾げながら、先程から動かない青年に視線を向けた。

 すると彼はただ真剣な表情を自分に向け、じっと賢者の返答を待っている。


「・・・お誘いを受けましょう、殿下」

「感謝する、ナーラ嬢」


 訝しく思いつつも了承を口にすると、青年はニコリと笑って護衛達はホッと息を吐いた。

 両親や侍女は怪しげな笑顔を崩さずに見届け、父が小さく頷いたのが賢者の目に入る。

 青年はそんな父の様子を少し確認してから、軽く頭を下げて口を開いた。


「見ての通りナーラ嬢の了承を頂きました。お約束通り彼女をお借り致します」

「ナーラが納得の上なら構いませんよ」

「ありがとうございます」


 青年と父ではどう考えても立場は父の方が下のはず。

 だが賢者の目の前の光景は、明らかに関係が逆に見えた。

 それに約束通りという話も気になる。一体何の約束をしたのか。


(先程の言葉から察するに・・・儂が拒否した場合は無かった事に、という事かの?)


 賢者が約束の予想をしながら首を傾げると、ふわっと抱き上げられる感覚に襲われた。

 気が付くと賢者は青年の腕の中に納まっており、不安定さは欠片も感じない。

 青年程の筋肉であれば、幼児程度は軽いものだろう。


 何故持ち上げられたのかと疑問に思いつつも、とりあえず黙っておく事にした。


「では、失礼致します」


 青年は賢者を抱えたまま再度軽く頭を下げ、部屋を出て何処かへと向かい出す。

 因みに後ろには賢者の侍女がおり、口だけの笑みを浮かべて付いて来ている。

 能天気お嬢様を言い包める真似をすればその場で引きはがす、と言わんばかりの目だ。


(何か、思っていた以上に皆気を張っとるな・・・)


 やんわりと断りをするぐらいの予想だった賢者は、侍女の様子に困惑するしかない。

 何せ相手は王太子殿下だ。そうでなかったとしても王族が相手だ。

 下手な事をすれば逆らった者の身が危ない。それぐらい彼女なら解っているはず。


 少々侍女の様子に心配になりつつも、今も自分を抱えている青年を見上げた。


「ところで、下ろして貰えんかの」

「この方が早いかと思ったんだけど」

「それは・・・まあそうじゃが」

「嫌だったかな」

「別に嫌という訳では無いがの。まあ良いか」


 後ろの侍女が気になりながらな青年の問いに、特に問題は無いという答えで返した賢者。

 実際最初と違って青年の様子は普通であるし、別段嫌悪感なども感じていない。


 後『良い』と言う直前、侍女の目が一瞬細まったのも怖い。

 もう少し答えるのが遅れていたら、引きはがしにかかった気がする。

 下手な事を言うのは悪手と判断し、青年の好きにさせる事にした。


(男に迫られたら実際どんなものかと思ったが、こやつは儂に対し利害関係しか思う所が無いんじゃよなぁ。これだけ近づいてても嫌な感情が無いのはそのせいかの?)


 やる事もないのでじーっと青年を見上げる賢者は、改めて見ると美形だなと思った。

 ガタイが良すぎてそちらに意識がいくが、顔だけ見れば確かに王子様だ。

 ただそんな美形を見つめていても、やはり自分の心に何か響くものは何も無い。


(やっぱ儂、女として生きるのは無理かもしれんのぅ・・・)


 やはり青年とは利害関係以上になれる気がしないと、賢者は一旦結論を出した。

 とはいえ先がどうなるかは解らない以上、今の結論でしかないと思ってはいるが。


「さっきから私をじっと見つめているけど、何か言いたい事でもあるのかい」

「ん? いや、美形じゃなと思っとっただけじゃよ」


 見られていることが気になった青年の問いに、賢者はポケッとしながら返答をする。

 すると彼はピタッと立ち止まり、少し驚いた顔で賢者を見下ろしていた。


「・・・君はそういう事に興味が無いのかと思っていたよ」

「いや、単に事実を言っただけじゃろう。どう見てもお主は美形じゃろ」

「・・・まあ、そう、なのかな?」

「その顔で美形だと認めんのは、その辺の男にとってはただの嫌味じゃぞ?」

「そ、そうか、すまない・・・」


 青年は少し戸惑ったように応え、少々照れた様子で頷き返した。

 まさか賢者がそんな事を言ってくるとは思っておらず、予想外で面食らったらしい。

 ただ実の所青年は、自分の容姿を誉められる事に余り慣れていない。


 勿論侍女や護衛は褒める事は有るが、それは上下関係ありきな所がある。

 王族との婚姻を狙う令嬢も当然もてはやして来るが、明らかに心が無いのが透けて見える。

 だがほぼ同格の精霊術師はどうかと言うと、彼らは当然だが王族を恐れる。


 客観的に容姿が悪くない事は解っていても、どうしても畏怖の視線の方が慣れていた。

 精霊術師になってからは尚の事だ。基本的に腫れ物を触るような表情を向けられる。

 けれど目の前の少女は自分に何の感情も持っていない。利用しようという感情すら。


 そんな人間に褒められたと認識した瞬間、自分でも良く解らない感情が沸き上がった。


(・・・自分がこんなに単純な人間だとは思わなかった)


 相手は子供だ。幼児といって良い。女性として見るには少々どころではなく厳しい。

 だというのにこんな単純な事で心を動かされ、心の中で盛大なため息を吐いた。


(幼女趣味は無いはずだ。無いはずだが・・・彼女の興味のない目が心地良いのか)


 普通はおかしいと解っている。自分に対し何の感情もない目が心地良いなど。

 それでありながら淡々と良い所は褒め、更には嫌そうな顔も平気で向けてきた。

 どう考えても好意を向ける相手ではないはずで、けれど嬉しい気持ちが確かにある。


(・・・こんなものを自覚してはお互いが困るだけだろうに。私の大馬鹿者め)


 彼女との婚約は利害が一致したからだ。少なくとも彼女はそう思っている。

 自分も彼女にそれ以上を求める気は無いし、そもそも自分自身が利害を見て望んだ事。

 だからこんな感情は本来間違いで、むしろ邪魔でしかない。彼女にも迷惑だろう。


「・・・どうしたんじゃ、機嫌を悪くさせてもうたか?」

「ああいや、違うんだ。少々考え事をしていた。すまない」

「ならば良いが・・・」


 じっと見つめて動かない青年の様子に少し心配になり、恐る恐る賢者は声をかける。

 やっちまったかのーと思っていた賢者の熊耳はペタリと垂れていた。

 そんな様子にクスリと笑った青年は、今度こそ食事へ向かおうと歩を進める。


(今は、今暫くはこの感情に蓋をしよう。少なくとも彼女がもう少し育つまでは)


 青年は自分の中に芽生えた感情を、賢者の幼さを見て仕舞い込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る