第27話、誘い(演技)

 厄介な老人が去って行った後、賢者は自分の寝泊まりする部屋に通された。

 精霊術師との顔合わせの命令も在るので、それまで王城で寝泊まりする事になる。

 暫く自分の部屋とは勝手が違う・・・等という事を賢者が気にするはずもなかった。


「は~・・・やっとひと心地ついた感じじゃのう・・・」


 賢者はソファにボスンと座ると、全身の力を抜いてだらしなく体を投げ出して倒れる。

 ここまで色々と気を張り続けていたせいで、だいぶ疲れを感じているようだ。


「お嬢様、はしたないですよ」

「今日ぐらい許せ、ザリィ。お主はその場におらんかったが、大変じゃったんじゃから」

「それはそうかもしれませんが・・・」


 侍女はそんな賢者を注意するも、本人は起き上がる気が一切ない。

 とはいえ賢者がここまで何をして来たのか、聞いて良い範囲で侍女も事情は知っている。

 だからあまり強く注意できず、仕方ないなという表情で毛布を手に取った。


「そこでお眠りになるのですか?」

「あー・・・ベッドじゃとぐっすり寝そうでの。夕食前じゃし仮眠程度にしときたいんじゃよ」

「解りました、毛布をどうぞ」

「感謝するぞ~」


 賢者の返答を予測していた侍女は、転がる賢者に毛布を掛けた。

 相変わらず優秀じゃのうと思いながら、眠気を感じる頭で礼を告げる。


(熊よ、少し寝るが、何かあったら起こしてくれんかの。一応警戒はしておるつもりじゃが、どうにも幼児の体は言う事をきかん時がある)

『グォン!』

(ありがとう。よろしく頼む)


 心地よさでそのまま寝てしまう前に、念のため熊に警戒を願っておく賢者。

 流石にここまで色々とあり過ぎて、本気で気を抜く事は出来なかった様だ。


 熊は賢者に頼られたのが嬉しくて、耳も尻尾もピルピル動かしながら応えた。

 まるで犬じゃなと思いながら、賢者はクスクスと笑い頭の中の熊を撫でる。

 そうして目を瞑り、自分も優しく頭を撫でられるのを感じながら眠りについた。


「・・・まったく、のんきですね、お嬢様は」


 そんな賢者の頭と頬を撫で、慈しむ様に見つめる侍女。

 ただ可愛い主人のこれからを思うと、どうしても笑顔になりきれない。

 お嬢様の頭にある熊耳を触ると、尚の事表情が曇っていく。


 ギリグ家はもう自分の家が高位貴族である事を諦めていた。

 勿論諦めていない親族もいたけれど、少なくとも頭首に執着は無い。

 だからこそ娘に普通の幸せを願い、侍女はそんな優しいギリグ家の事を好いている。


 居なくても良い娘な扱いを受けた自分には、娘の幸せを願うギリグ家は眩しく見えていた。

 何よりも雇い入れた他人の自分の事すら、まるで家族の様に気にかけてくれる。

 ただ生きる上で都合が良かった雇先は、今では骨を埋めるつもりになる程の愛着がある。


 なのでお嬢様は自分にとっても可愛い子で、普通に幸せになって欲しい相手だったのに。


「でも、普通には育たない気がしていました。お嬢様はきっと何かがあると。旦那様と奥様も、おそらくそれを感じ取ってはいて、目を逸らしておられた気がします」


 生まれてすぐといって良い時期から、お嬢様の侍女を命じられている。

 ただ子供の面倒を見るのは嫌いじゃない自分にとって、彼女はどうにも違和感が多かった。

 この子は本当に子供なのだろうか。私の知っている子供とは大分違うと。


 任せられたお嬢様は、確かに手がかからないとは言えない。

 若干能天気で危なっかしいし、目を盗んでは消えるし、何度探し回った事か。

 けれどそのお嬢様から、子供らしくない目と言動を何度も見た。


 そもそも大旦那様の言葉を真似たというのも本当はおかしな話だと解っている。

 まだ三歳。そう三歳だ。だというのに余りに使う言葉が達者過ぎるのだから。

 頭の回転も幼児とは思えない程に早く、何十年も生きている老人かと思う時があった。


 今思えばあの時点で、既に山神様の祝福を受けていたのだろう。

 普通ではない気配を纏ったお嬢様は、やはり普通ではない人生が待ち受けるのか。

 でも出来ればほんの少しでも良いから、お嬢様の笑顔を曇らせずに済んで欲しい。


「・・・お嬢様を幸せに出来ないのであれば、王子とて絶対に認めませんよ」


 だからこそ現時点では王太子を認める気が無い。たとえ相手が王族であろうと。

 お嬢様の説明を聞く限り、どう聞いてもお嬢様は王太子に対する想いは欠片もない。

 そしてお相手の王太子にしても、お嬢様を見初めたから声をかけた訳ではない様だ。


 なら自分は『精霊術師ナーラの侍女』という立場を全力で使うつもりでいる。

 この立場を盾に上手く立ち回れば、相手が王子だとしても下手な扱いは受けない。

 勿論危ない事をしようと思っている自覚はある。それでも譲りたくはない。


 赤子の頃から面倒を見ていた可愛いお嬢様は、絶対に幸せになって貰う。

 それが私の我が儘だと解っていても、我が儘だからこそ命を懸けられる。

 何も怖くは無い。怖いのはお嬢様が泣き伏せる未来だ。


「お嬢様、皆、お嬢様の幸せを願っておりますからね」

「んう・・・ざりぃ・・・」

「ふふっ、ザリィはここですよ、お嬢様」


 侍女は宣言の様に口にして、眠る賢者の頭をもう一度優しく撫でた。

 その手にすり寄り寝言を言う賢者に、クスクスと笑みを浮かべながら。



 そうして賢者が目を覚ましたのは、言葉通り仮眠といって良い時間が経った頃。

 寝ぼけ眼を擦り体を起こすと、気が付いた侍女が「おはようございます」と声をかける。


「ふあぁ・・・まだ寝たい」

「寝ちゃダメですよ。もう暫くしたら夕食の時間ですし、お着替えもしなければ」

「んみゅ・・・着替え? 何でじゃ? このままで良かろう?」

「お嬢様、ここは領地のお屋敷ではありません、そんなどう見ても『着替えずに寝ました』なんて跡が付いている格好で外に出す訳にはいきません」


 言われて自分の格好を見て、そういえばそのまま寝たなと思い出す賢者。

 だがそんなに解り易いだろうかと首を傾げるも、侍女は有無を言わさず服を脱がす。

 そしてあれよあれよという間に着替えさせられ、その頃には賢者の目も覚めていた。


「儂の年齢でコルセットは要らんと思うんじゃがなー」

「勿論締めておりませんよ。これはあくまで、服を綺麗に見せる飾りでしかありません」

「・・・その割にちょいと締まっとる気がするんじゃが」

「そんな事ありません」


 絶対嘘じゃと思いながら、そんなに苦しくは無いし良いかと諦める賢者。

 ただ大きくなったら母の様に締められるのかと、今からだいぶ恐ろしい気持ちだ。

 その頃には腰を締める文化が消えていると良いなと、どうでも良い事を祈りだす程に。


「・・・ふふっ、耳がぺたんと寝てしまっておりますよ。そんなに嫌ですか?」


 熊耳が賢者の感情に連動している事は既に侍女も理解している。

 故にそこまで嫌なのかと、思わずクスクスと笑ってしまった。

 あの老人と相対している時は、一切気にした様子もなかったというのにと。


「むしろ何故嫌でないのかが解らん」

「美は我慢なのですよ、お嬢様」

「理解出来ん・・」


 賢者は可愛い自分が出来上がるのは好きだが、苦しさまで我慢する程ではない。

 ただ今の返答から考えるに、確実に締められるんだろうなと項垂れる。


「お嬢様が丸々太らなければ苦しくはありませんよ?」

「まあ、太らん様には、気を付けるがの」


 苦笑しながら侍女に応え、両親の下へ行こうと思い歩を進める賢者。

 ただ扉に手をかける直前で、伸ばした手にそっと侍女の手が添えられた。

 どうしたのかと顔を上げると、侍女はにっこり笑顔で口を開く。


「お嬢様がお眠りの間、王太子殿下が夕食の誘いに来られました。今向こうでお嬢様の事をお待ちになっております。ご命令下されば排除してまいりますが・・・どうされますか?」

「・・・はへ?」


 賢者は今侍女が『排除』と言った事で、びっくりして固まってしまった。

 一瞬聞き間違いかと思ったが、やっぱり排除と言ったようにしか聞こえない。

 念の為確認をしてみるも『ええ、排除です』と返ってくる始末だ。


(いやいやいや、王子を排除って発言は不味いじゃろうよ・・・)


 何故か鋭い目で扉を睨む侍女に困惑しながら、どうしたものかと悩む賢者。

 王太子と食事がしたいかと言えば、別にしたいという気持ちは無い。

 そもそも本人に伝えた通り、婚約をしたとしてもそこに気持ちは存在しないのだ。


(いやまて・・・多分儂のせいで不要な努力が必要になっとるんじゃよな)


 侍女の反応から察するに、おそらく両親も同じ考えなのではないだろうか。

 何かと理由をつけて儂に会わせん様にして、婚約の話を進めさせん様にと。

 その挽回の為の誘いと考えると、断るのは少々気が引けてしまう。


「いやまあ、別に儂は王太子殿下の事を嫌ってる訳でもないしの。食事ぐらい構わんよ?」

「・・・畏まりました。では参りましょう」


 侍女は一瞬考える様子を見せた後、コクリと頷いて扉を開ける。

 その向こうには侍女の言った通り、王太子がお茶を飲んで待っていた。

 傍には庭にいた時についていた護衛と使用人を数人つけて。


 正面には彼の相手をしていたのであろう、賢者の両親が座っている。

 それら全員の視線が、扉が開くと同時に賢者に突き刺さった。


(・・・気のせいか、空気が少々おかしいような?)


 王太子と両親、あと我が家の騎士や使用人はニコニコとしている。

 ただ王太子の護衛達は、なんだか妙な表情をしている様に見えた。

 良く解らずに賢者が首を傾げていると、王太子が立ち上がって近づいて来る。


 彼は賢者の前まで来ると膝を突き、目を合わせて手を差し伸ばす。

 その手は賢者の手を取り、取られた手の甲には軽く口づけをされた。

 賢者はその時点で少し驚いていると、彼は顔を上げて甘い笑顔を見せる。


「私の愛しい姫君、食事の誘いに参りました」


 先程話していた時とはまるで違う王太子の行動に、賢者はゾワッと鳥肌が立った。

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