第25話、願い(敵意)

「――――――という訳です」


 両親を落ち着かせ、何故か目に殺気が宿っていた侍女達も落ち着かせて説明をした。

 勿論王族しか知ってはいけない事は黙っている。あれを話せば命は無いだろう。

 だが出来る限り事細かに何があったのかを伝え終わるり、ふぅと息を吐く賢者。


 話を聞き終わった父は額に手を当てて俯き、母も困惑した表情で眉を潜めている。

 賢者は「流石に勝手に動き過ぎて叱られるかのー」と思いながら二人が口を開くのを待った。


「成程。うん、色々と納得のいかない事は有るけど、一応話は理解した」


 コクリと一度頷きそう口にした父は、気のせいか少し声が低い様な気がした。

 ただ賢者は一体何が納得いかなかったのかと、そちらの方が気になり少し緊張している。

 そこでふと視線を上げると、騎士と侍女の目が先程より鋭くなっていてビクッとした。


「な、なんじゃ、お主ら、何でそんなに怖い目をしとるんじゃ」

「・・・失礼致しました姫様」

「・・・申し訳ありませんお嬢様」

「謝るならその怖い目を止めてくれんかのぉ・・・」


 騎士も侍女も謝罪は口にするものの、相変わらず目つきが恐ろしい。

 儂何か悪い事したかと思い返し、しとったわと自己完結する賢者。

 まずそもそも勝手に城を歩き回り、王太子の前で無様を晒している。

 その後も王子にするべきではない態度や醜態と、叱られる様な内容しか無い。


 何故儂は馬鹿正直に言ってしまったのかと後悔するも、言ってしまった以上もう遅いだろう。

 この後のお説教を粛々と受け入れようと、遠い目をしながら熊耳がヘタリと垂れる。

 ただそんな賢者に「ナーラ」と父が声をかけたので、慌てて父に視線を戻した。


「それで、まだ王太子殿下にお答えはしていないのだね?」

「はい、両親に話を通してからと」

「そうか、それでナーラは、王太子と結婚をしたい訳ではないんだね?」

「あー・・・まあ、特に、したい訳ではないのじゃが・・・」

「そうか、なら断ろう」

「・・・え?」


 にっこりと笑う父に、思わず呆けた顔を向けてしまう賢者。

 まさかハッキリ断ると言い出すとは思っておらず、賢者としては面食らった。

 何せ相手は王太子だ。そして次は王を通して婚約の打診をして来るだろう。


 それに婚約の利点も話したはずで、家族の身の安全も暫くは守る事が出来る。

 だというのにそれを断るのは、流石にこの国の貴族として不味いのでは。

 父の結論が理解できず、賢者は段々と困惑の表情を見せ始めた。


「可愛いナーラが望んでいないのであれば、お断りさせて頂きましょう」


 すると父だけでなく、母も何だか少し怖い笑顔でそんな事を言い出した。

 更には騎士が「ええ、奥様、それが宜しいかと」等と言い出し始める。

 侍女や使用人に目を向けるとウンウンと頷いており、誰も婚約を受け入れる気が無い。


「ち、父上、陛下から正式に打診が来るはずじゃよ。断っては不味くないかのぉ・・・」

「不味いだろうね。けれど私は、この婚約をすんなりと認める気は無いよ」

「な、何故じゃろうか」

「ナーラにその気がないからだ。ただそれだけだよ。私はお前に幸せになって欲しいんだ。何、安心しなさい。お前を家の道具として扱うつもりは無い。父に任せなさい」


 そこで賢者は自分の失敗に気が付いた。そして両親の愛情深さの目測も誤っていた。

 まさか国王陛下に逆らってまで娘の意思を優先する等、最初から賢者の想定の外。

 だが先程「別に望んではいない」という発言で、両親は断る事を決めてしまったのだ。


 勿論賢者としてもその言葉は素直な気持ちであり、婚約等特に望んではいない。

 けれどその方が得も有ると思ったのは確かで、何より家族を守る事が出来る。

 このまま話が進むのも良かったのだが、父の目は最早怖い程に燃え上がっていた。


「それにこのタイミングでの打診だ。どう考えても『精霊術師』であるナーラの利点を見つけての事だろう。陛下からの筆頭の命は兎も角、それ以上のお役目を負う義務は無い」

「ええ、何より子供に先に話を通し、言いくるめる様にさせたのが気に食いませんね、あなた」


 どうやら両親にとっては、娘に『利益』だけを提示した語り口が気に入らないらしい。

 勿論国にとっての利点は口にしていたが、確実に王太子個人の利点が有るはずだと。


 本来娘には普通に育って欲しかった。だが精霊術師になったが故に譲歩せざるを得ない。

 しかし最低でも我が子の伴侶には、愛を持って包んでくれる者でなければ許せない。

 そしてその想いは騎士や侍女、使用人達も皆同じ思いで目をぎらつかせている。

 我が家の可愛いお嬢様に、何を余計な手を出してくれるのかと。


(やっべぇ、怖い。すまん王子様よ、儂にはもう何も出来ん。もし婚約を本気でするつもりであれば、悪いがそっちで頑張っとくれ。今更婚約者になりたいと嘘を吐いても絶対通じんし)


 賢者としては利害だけでしかなく、もし婚約が叶わずともそれで良い。

 家族を守る手段が増えるのであれば、それも良いかと思っていた程度の事。

 ならばここからは王太子がどこまで本気か、この両親を説得出来るかどうかで解るだろう。


「・・・では、お任せします。ただ儂は、父上にも母上にも無理はして欲しくないので、それだけは覚えといてくだされ」

「ああ、任せておきなさい。絶対に、好きにはさせない・・・!」


 今までで一番気合いの入っている父に、賢者は苦笑いを向けるしか出来なかった。

 とはいえ内心嬉しい自分が居るのも気が付いており、この人が父で良かったと心から思う。

 勿論母に対しても同じ思いであり、なればこそ今後気合いを入れねばとも。


(王太子との婚約は、確かに利点が有る。じゃがそれは儂が『筆頭』として実力を示しても同じ事じゃ。国の精霊術師の扱いを考えれば、儂が下手に手を出せないだけの実力があると思えば、他の精霊術師と共に他家も大人しくなるはず。その為にも熊よ、悪いが力を貸してくれ)

『グオォン!!』


 ギッと拳を握る賢者は、今後の為にも熊に助力を真剣に願い出る。

 今の賢者は弱い。それは実際に精霊術師と戦って痛感していた。

 ならば頼れるのは熊の精霊化。若干情けない思いは有るが、背に腹は代えられない。


 そんな賢者の思いを全て受け止める様に、熊は大きく鳴き声を上げる。

 大好きな友達で大好きな師匠の力になれるのであれば、全力で力を貸そうと。

 やっと貸す事が出来ると、何時か見つけた倒れ伏す賢者の姿を思い出しながら。


(となると今度は、精霊化状態の鍛錬をしたいのう。前回は上手くいったが、今後もずっと上手く行くとは限らん。あの小娘は力に溺れておった故に簡単ではあっただけじゃしの)

『グォン』


 賢者の言葉にウンウンと頷く熊。熊からすれば少女は余りに未熟だった。

 術式は穴だらけで、ちょっと突くだけで崩壊し、防御すらさせずに完封できる程に。

 だからこそあの時賢者と熊は、お互いの意識に差異がなく動く事が出来た。


(動く相手じゃと、ああも簡単にはいかんじゃろう)

『グゥ・・・』


 ただ賢者は精霊化状態でも、相変わらず熊の魔力を自力で使う事は出来ていない。

 アレは熊との意識が上手く重なった結果、半分自力で使えた様な形になっていただけ。

 実質はほぼ熊が使った魔法であり、賢者はその道筋を示したに過ぎない。


 もし熊と賢者の意識に差異があれば、魔法が発動しなかった可能性が高かったのだ。


(せめて精霊化状態の認識が残ってればのう・・・術式を何で覚えてられんのじゃ。もしかして大半の術式を覚えておらんのは、覚えておらんというよりもこの体が覚えられんのか?)

『グォウ?』


 賢者と熊が首を傾げるのは、精霊化状態では魔法の術式を難無く組めた事。

 勿論それが熊の力なのは解っているが、精霊化を解くと術式が思い出せなくなった。

 流石にこれはちょっとおかしいと、賢者は真剣に自分の体の異常を疑い始めている。


(・・・まあ、悩んでも仕方なかろう! 努力せずに諦めるのは性に合わんしの! そもそも熊の力は熊の物じゃ。儂は儂で自力で使えるように努力してからじゃな!)

『グォン!』


 ただし能天気ともとれる前向きな考えで、その思考を止めてしまった訳だが。

 そんな感じで賢者が今後の自分の予定を決めていると、コンコンとノックの音が響く。

 父が入るように伝えると、使用人が腰を折ってから口を開いた。


「ブライズ・ポルル・ヒューコンと名乗られる方が、お嬢様にお会いしたいと・・・」

「ヒューコン卿か・・・断らせる気はなさそうだな」


 使用人が少し困った様子で告げた後、父も少し嫌そうに口にした。

 それもそのはずだろう。なぜならそのヒューコンらしき人間がそこに立っている。

 使用人の伺いの返答を聞く気を見せず、スタスタと部屋に入って来た。


「お初にお目にかかる。我が名はブライズ・ポルル・ヒューコン。新たな契約者、ナーラ・スブイ・ギリグ嬢よ。陛下に認められたという筆頭の力、どうか見せて頂きたく参上した」


 ギラギラと光った目を向ける老人に、またこんなのかとゲンナリする賢者であった。

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