第24話、報告(事後)

「とりあえず話は解った」

「ではこの話を受けて頂けるのかな」


 ニコッと笑う青年に、賢者はギロリと睨み上げる。

 この短い時間で、もはや青年に払う敬意はゼロらしい。


「儂一人では決められん。両親と話をしてからじゃ。お主もこの話を陛下に持っていけ」

「わかった。けれど父は許可を出すと思うよ」

「・・・かもしれんが、我々だけで進めて良い話ではなかろう」

「ふふっ、解ったよ。お姫様のおっしゃる通り、この話の続きはお互いの親に報告した後で」


 愉快気な青年の様子に賢者は若干腹立たしく、どうにか優位を取れないかと悩む。

 けれど良い考えが浮かんでは来ず、更に再開された耳揉みに気が散って仕方がない。


「では儂はそろそろお暇させて頂く」

「あっ・・・うん。またね」


 パシッと手を払うだけで悲しげな顔をする青年に、なんだか馬鹿らしくなってしまった。

 もしやこ奴、耳を触りたければいう事を聞け、と言うだけで良いのではと。


「そうじゃ、一つ告げておく事と、今気になった事を一つ聞きたい」

「ん、なにかな」

「もしこの話が進められたとしても、儂はお主と添い遂げられるか解らんぞ。子供も産む気になるかどうか解らん。その覚悟は有るのじゃろうな」


 これは賢者にとってかなり大事な事であった。何せ賢者の精神は男に近い。

 だというのに体は女児であり、となれば婚約者は男性が相手となる。

 しかし賢者は目の前の青年を受け入れられるかと言われると、辛いと答えるが本音だ。


(儂の代で家を潰すのは申し訳ないが・・・叔父上の子も居るし何とかなるじゃろ)


 少なくとも今の賢者の結論はこれであり、子を産み次に繋ぐ気は無いに等しい。

 両親に臨まれたら我慢してという思考も欠片は有るが、自ら口にする気は無い。

 つまり男性の欲望を吐き出す相手になる気は無いが良いのかと、そう尋ねているのだ。


「・・・君は本当に驚くね。その年でそんな事を聞くなんて・・・まあ覚悟の上さ。それに頑張って君に惚れてもらえば解決ではないかな?」

「残念ながら現状儂はお主を残念な人間としか思っておらんがな」

「それはそれは。精進する事としよう」


 一切堪えていない様子の青年に、賢者は「ほんとに解っとるんか?」と眉を顰める。

 ただ問い詰めた所で無意味であろうと、疑問を問う事を優先する事にした。


「それで聞きたい事じゃが・・・もし、万が一、儂がお主の子を産む事になった時、その子は王族の血を引く事になる。それは問題は起きんのか。儂には火種になる気しかせんのだが」

「ああ、それに関しては大丈夫だよ。ここでは少々、告げられないがね」

「・・・解った。今はそれで良しとしよう」


 チラッと護衛達を見て告げる青年に、賢者もそれ以上問うのを止めた。

 先程までの会話は若干言葉を誤魔化していたが、これは誤魔化せないという事なのだろうと。

 ならばその言葉を信じて今は納得し、何時か機会があった時に訊ねれば良い。


「では・・・誰か案内を頼んで良いかの」

「ああ、勿論」


 自分が迷子であった事を思い出した賢者は、足を踏み出しかけてオズオズと頼みを口にする。

 青年はクスっと笑って答え、賢者はその笑いを許容した。耳をペタリとへたらせながら。


「可愛いな、君は」

「・・・ふん。当たり前じゃろう。この儂を見て可愛くない等と言う者は、目が腐っているとしか思えん。侍女が何時も可愛く仕上げてくれているからの!」

「―――――くっ、そ、そうだね・・・!」


 何を当然の事をと胸を張る賢者に、青年は堪え切れないと吹き出してしまう。

 だが賢者はなぜ笑うのかと、半眼を青年に向ける。


「・・・何がおかしいんじゃい」

「いや、すまない、余りに可愛かったものでね」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

「―――――」


 満足そうに孫を誉められた感覚で頷く賢者に、青年は今度こそ笑うのを堪えた。

 ただ声を出さなかっただけで体は震えており、けれど賢者は気が付いていない。

 満足気に目を瞑って頷き、スタスタと離れていった使用人達へ近づく。


 青年は小さく深呼吸をしながらその後ろをついて行き、案内を付けるように指示を出した。


「では、また近い内に」

「おそらくすぐ会うと思うぞ。陛下に精霊術師の顔合わせを命じられたからの」

「成程。だがそれよりも早い内に、もう一度顔を合わせたいね」

「機会があればのー」


 青年の軽口に動揺するのも面倒だと、手をひらひらさせながら賢者はその場を去った。

 当然案内人と共にであり、何故か手を引かれているので締まらないが。

 そんな賢者をくすくすと笑いながら見つめる青年に、護衛がスッと近づく。


「・・・殿下、本気で彼女を?」

「ああ。不服かい?」

「いえ、貴方がそう決められたのであれば」

「ありがとう」


 青年の礼の言葉に、その場にいる人間全てが小さく腰を折った。

 ただ礼を受けている本人は、その忠誠を申し訳なく感じている。


 彼らは王太子付きの従者であり・・・今では出世を潰された者達だ。

 本来ならばいずれ王になる者に仕えるべく、彼らはこの場に立っている。

 だが自分は王にはなれない。いずれ継承権その物がなくなってしまう。


 細かい事情は勿論伝えられないが、どう足掻いても自分が王にはなれない事も伝えた。

 それでも変わらず仕えてくれる者達に対し自分が出来る事は何か。

 少しでも彼女たちの立場をよくする事だ。そしてそれは彼女であれば叶う。


「すまないな、ナーラ嬢。君は私の心配をしていたが、私は自分の利益を考えていたんだよ」


 心優しい女児を騙す様で申し訳なく・・・いや、騙し討ちをした。

 その事に罪悪感を覚えてはいるが、その分彼女の為に働こうと青年は心に決める。

 ただそんな思いを向けられた本人はと言えば。


(王子との婚約なぞ御免なんじゃがのー・・・まあ婚約だけして、そのうち婚約破棄でお互い独り身という方法もあるか。確かどこぞの女領主がそんな感じじゃった覚えがあるしの)


 などと気楽な事を考えながら、使用人に案内をされているのだが。

 後々賢者は『何でこの時の儂はそんなに能天気なんじゃ!』と後悔する事になる。

 とはいえ今は特に影響が無いと思っている以上、やはり能天気に鼻歌など歌っていた。


(ところで熊よ、あの移動の魔法、もしや最初から上手くいかぬと解っていたのか?)

『グゥ・・・』


 叱られると思った熊は、しょぼんと落ち込んだ様子で顔を伏せる。

 そんなクマに思わず苦笑してしまい、案内人に怪訝な顔をされる賢者。


(ああ、責めるつもりではない。いや、注意はして欲しいがの。今後似た様な事が起きても困る故に、無理な時は無理とはっきり拒否してくれて構わん。良いな?)

『グォン・・・!』

(くくっ、そこまで気合い入れる事でもないんじゃがのぉ)


 賢者が怒っていないことが分かった熊は、コクコクと首が取れんばかりに頷き返す。

 慌てた熊をクスクスと笑う様を見て、案内人は少々賢者の事が怖くなっていた。

 何せ隣にいるのは女児であるが、その実強大な力を持つ精霊術師だ。


 何が引き金となって暴れるか、下手な事は出来ないと緊張感が走る。


(お主の移動の魔法は地脈の力を使っておる様じゃし、場所による相性があるのではないか?)

『グォウ!』


 賢者の問いに対し、コクコクと肯定をする熊。


(成程のー。便利な様で不便じゃのう)

『グゥ・・・』

(ああ、落ち込むでない。場所によっては使えるんじゃろ。ならば利点は有ろうよ。少なくとも領地に帰った時、お主の下に遊びに行くのは一瞬じゃろ?)

『グオォン!』

(くくっ、単純じゃのぉ。可愛いやつめ)


 頭の中で熊をわしわしと撫でてやり、熊も嬉し気に鳴きながら受け入れる。

 当然実際に撫でられているわけではないが、熊はそれでも十分だった。


「あ、あの、ナーラ様、こちらにございます」

「お、着いておったのか。すまぬ、少々考え事をしておった」


 ただその間に両親の居る部屋に到着していたらしく、おずおずと告げられ頭を下げる賢者。

 使用人は精霊術師様の謝罪など恐れ多いと、逆に頭を下げてしまう。


(精霊術師に尊敬を・・・という感じではないのぉ。致し方ないか)


 明らかな恐れを抱いた反応に、賢者は溜息を吐きながらノックをする。

 すると少しして扉が開かれ、護衛の騎士がその姿を現した。


「姫様! お帰りが遅いから心配していたのですよ!」

「あー、すまぬ。少々手違いがあってな。その事で父上に報告があるのじゃが、おられるか?」

「はい、奥で休んでおられます。どうぞお入り下さい」


 賢者は恭しく促す騎士に礼を言い、ここまで案内してくれた者にも礼を言って部屋に入る。

 そうしてその奥の扉を護衛がノックすると、今度は賢者の侍女が姿を現した。


「お嬢様! もう、驚きましたよ! なんで王太子殿下とお茶なんて事になったんですか!?」

「あー、ザリィよ、心配かけたことは申し訳ない。謝罪は後でする故に、少々大事な話を父上とさせて貰えんか。怒りは重々承知しておるから」

「・・・解りました。旦那様、お嬢様がお話があるそうです」


 こりゃ相当怒っとるのー、と思いながら賢者は父の前へと歩いて行く。

 父は「無事でよかった」とほっと息を吐き、母も安堵の表情を浮かべていた。

 王太子の下に居ると連絡は受けていたが、それでも心配をしていた両親。


 賢者は二人の様子に温かい気持ちを抱き、けれど表情を緩めず真面目な顔で口を開く。


「父上、母上、王太子殿下に婚約を願われました」

「一体何でそんな事になったんだい!?」


 驚きの余り大声を出す父と声も出ない母に、申し訳ない思いも抱きながら。

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