第23話、予定(確定)
「んんっ!」
「はっ!?」
今の発言は流石に不味いと思ったのか、護衛がわざとらしく喉を鳴らした。
そのおかげで賢者も自分の発言に気が付き『やってしもうた!』と少々慌てだす。
「す、すまぬ、流石に言い過ぎた・・・!」
ワタワタしながら謝罪を口にすると、青年はクスっと笑みを見せた。
どうやら怒らせてはいない様だと、その事だけはホッとする賢者。
とはいえ流石に問題のある発言であったし、改めて謝罪を口にしようと―――――。
「構わないさ。これから長い付き合いになるんだ。一つ二つの失言を咎めていたらキリが無いだろう。それに本音を言い合えない婚約関係はお互い厳しいと思うし」
「お主やっぱり頭どうかしたじゃろ」
再度不敬が過ぎる事を口にして、完全に台無しにしてしまった。
護衛は再度喉を鳴らし、けれど今回の賢者は眉間に皺を寄せたままである。
なぜなら目の前の男が口にした『婚約』を訂正する気がないと気が付いたからだ。
「お主、本気か」
「本気だけど、ダメかな?」
「・・・儂の姿を見てからもう一度良いかどうか聞いてみたいの。問題が有るじゃろ」
賢者は自分が幼女の自覚はある。一応は有る。だからこそ青年に問うた。
お前はこんな幼子に求婚をするつもりかと。王族の婚約者に据えるつもりかと。
「特に問題はないと思うけれど」
「どこがじゃ!!」
だが表情を変えずに答えた青年に、思わず立ち上がって怒鳴ってしまった。
護衛は一瞬動きかけたが、内容が内容と思ったのか踏みとどまる。
何よりも相手が精霊術師という事もあり、下手に口を挟むのは不味いと思ったようだ。
「むしろ何か問題があるのかな。私は王族だが君は高位貴族の令嬢だ。婚約に障害のある立場ではないと思うけれど」
「年齢が問題じゃろうが年齢が! お主まさか儂の様な幼児を好むタチか!?」
「君には申し訳ないが私にそういう趣味はないね」
「無い方が良いわい!!」
ニコニコと告げる青年に賢者は思わず怒鳴り、けれど青年は笑顔を崩さない。
むしろ賢者がそんな反応をすると解っていたと言わんばかりだ。
そのせいで賢者は勢いを削がれ、何よりもこの会話中も耳を触っている事に力が抜けた。
あと熊耳には不思議と感覚があるので、青年に触られていると若干気が散るのも理由か。
ずっとマッサージをされている感覚になり、時々変な声が出そうにもなって我慢している。
そのせいで若干イラっとしており、余計に王子への目が厳しくなったが。
「・・・お主、どこまで本気なんじゃ」
「全部本気のつもりなんだけどな」
「真面目な話なら一回手を離さんか」
「ああ、これはすまない」
賢者がペシッと手を払うと、青年は心底残念そうな顔で手を引いた。
自分が怒鳴った時でも崩れなかった表情が崩れ、賢者は何とも言い難い気分だ。
「そもそも何で儂との婚約等と言い出したんじゃ」
「君と私が婚約者であれば、君へ降りかかる面倒事を私も共に背負えるだろう?」
青年の返答に思わず眉を顰め、けれど少しだけ納得した賢者。
確かに婚約者という立場であれば、部下よりも一歩踏み込んだ行動が出来る。
なれば賢者本人が行おうと決めた事を、青年の意思で代わる事も不自然ではない。
だが完全に納得いった訳ではない。一番気になる理由をまだ聞いていない。
「なぜ儂をそこまで気に掛ける。今日初めて会っただけの小娘じゃろうに」
「君にとってはそうかもしれない。だが私にとっては、君は手放してはいけない相手だ。その縁を強く結ぶ為であれば、君との婚約が一番良いと判断した。父も反対はしないだろう」
真剣な表情で告げる青年の言葉は、ともすれば情熱的な愛の言葉ともとれるだろう。
だが真実はそうではない。その言葉の意味は『異端』を手放さない為の処置だ。
山神と契約を成し、だが王族の呪いが利かない、この国では異端の精霊術師。
敵にさせない為に、味方である為に、いさせる為に、王族の婚約者にしてしまいたいと。
賢者は当然その言葉の真意を読み取り、大きなため息を吐いてしまった。
「儂は家族が無事である限り王家に逆らう気はない、と言っても信じられんか」
「今の君の言葉は信じよう。だが未来の君が信じられるとは限らない」
「・・・未来の儂、か・・・そうじゃな、そうかもしれんな」
確かに今の自分は王家に逆らう気などないが、未来で何がどうなるかなど解らない。
老後は弟子達と共に在ると思っていた過去の自分も、結局は彼らの国から去った。
過去に決めた事柄も時が経つにつれ曲げざるを得ず、などという事は何度もある。
賢者としての一生を思い返した女児は、青年の言葉を否定する事が出来なかった。
「何よりも私と君が婚約しているという事実があれば、君の家に下手な手出しは出来ない。王族の婚約者の家に手を出すという事は、王族に手を出すのとほぼ同意義。処罰に関しても君の判断で行う事ではなく、王国の法にのっとって処罰を下し易い。君に利点があるはずだ」
「・・・確かに、それは利点じゃな」
つまりそれは、目の前の青年と婚約をすれば家族の身を守れるという事だ。
両親や祖父母だけではなく、侍女や使用人達、我が家に仕える騎達も。
力を示して脅しをかける必要もなければ、最悪の時に罪を背負って暴れる必要も薄い。
本当に最悪の状況が起きないとは限らないが、現状はとてつもなく甘い誘惑だ。だが。
「じゃが一つ、一番大事な事が抜けておる」
「何かな」
「儂は王妃になる器ではない。王妃教育も受ける気がない。その様な者は婚約者に向かぬ」
目の前の青年は王太子だ。本人はいつか継承権がなくなると言うが、それも確実ではない。
現状は一番王に近い人間であり、そして彼の婚約者とは王妃になる者が求められる。
賢者は自分にそんなことが出来るとは思っておらず、何よりなりたいとも思っていない。
むしろ御免だとすら思っているので、最大の問題点になると言える。
「そんな者が婚約者になってみろ。今の内は良いかもしれんが、後々跡目争いで面倒な事に巻き込まれかねんじゃろうが。儂は御免じゃぞ、そんな事に家を巻き込むのは」
「成程、君の危惧は確かに的を射ている」
「じゃろうが」
まったくこの王子は何を言い出すのか。だがこの話は問題無く無かった事になりそうだ。
そう思った賢者は安堵の溜息を吐いて脱力し、カップを手に取り喉を潤す。
「だが問題は無い。私が君の家に婿入りすれば良いだけの話さ」
「ぶふっ、げほっ、げほっ・・・! は、鼻から・・・!」
『グゥ!?』
問題しかない事を言い出した青年に驚き、賢者は茶を吹き出しそうになった。
だが流石に淑女として不味いと堪えようとして、鼻から出た上に無理に飲み込んで喉も痛い。
ゲホゲホとむせ込む賢者に熊も心配になり、珍しくオロオロと声をかけていた。
「だ、大丈夫か? これを使ってくれ」
「けほっ、けほっ・・・」
『クゥ・・・』
青年は慌てた様子でハンカチを差し出し、賢者はそれで口元を覆う。
まだ喉に残る感覚を覚えながら咳をしつつチーンと鼻もかんだ。
この時点で貴族の淑女としては如何なものかと思うが、賢者は気にする余裕がない。
「はー、はー・・・阿呆かお主は! どこの世界に婿入りする王太子がおるか!」
「私は継承権がは無くなると言ったはずだけど・・・」
「先ずそもそもそれが儂には訳が解らん! お主が問題でも起こしたのであれば兎も角、何故継承権がなくなるなどという話になるんじゃ!」
「ああ、その説明を忘れていたか。すまない・・・お前たち、少し下がってくれ」
はぁはぁと肩で息をする賢者に対し、申し訳ないと謝罪を口にする青年。
本当に申し訳ないと思っている様子を感じ、賢者はぐっと我慢して口を閉じた。
その様子を見た青年は護衛達を少し下がらせ、声が聞こえない位置まで移動させる。
「現状確かに私は王太子だ。本来ならそのまま私が王になったのだろうが、私は知っての通り精霊と契約してしまった。精霊術師でありながら王である事は、少々都合が悪い」
「都合? 何でじゃ」
「他の精霊術師と同じ事が私の身にも起きているからさ。この国の精霊術師となった以上、私とてその制約からは逃れられない。そう言えば、解って貰えるかな」
「っ、そういう事か」
目の前の青年は王族であり、そしてこの国の精霊術師は王族に逆らう事が出来ない。
だがそれは『精霊と契約した者』全てに該当し、目の前の青年も例外ではないのだ。
彼は王族であるが故に精霊術師に有利を持ち、同時に他の王族には逆らえない。
「万が一・・・万が一私を排除する為に争いが起きた時、どうなるか解るね?」
「・・・面倒この上なかろうな」
青年が王太子として過ごし、順調に王になったとしよう。
だがその時王家の血を引く誰かが彼に意見をしたとする。
それが問題の無い事であれば良い。だが問題のある事柄であったら。
王が故に逃げも隠れも出来ず、さりとて逆らう事も出来ずに国を混乱に巻き込みかねない。
そして問題が何も起きなかったとして、彼に子供が生まれた時はどうする。
王家の血を引く者としての教育をさせたくとも、その子供に逆らえなかったら。
つまり彼は今後この国の王家を引き継ぐ者として、完全に不適格な人間なのだ。
「だから私は継承権がなくなるのさ。相応しい者が育った、その時にね」
「・・・陛下も承知の上、という事か」
「ああ。私が契約したその時から父はそのつもりだよ。まあ最悪の場合は叔父が中継ぎをする予定ではあるんだけどね。本人は嫌がっているけど頑張って貰うしかない」
「・・・成程な。じゃから儂との婚約は問題ないと」
「ああ。ただ継承権は無くなるが、それでも王家の血を引く者だ。下手な手は出せない」
たとえ継承権がなくなり王族の一員から外れたとしても、王家の血を連ねるのは変わらない。
ならば結局は王族の一員とほぼ変わらず、下手な手出しは出来ないだろう。けれど。
「・・・お主はそれで良いのか。本来享受されたはずの立場を失い、この様な小娘のご機嫌取りの為に婿入りを約束するなど・・・それで納得出来るのか?」
「・・・やっぱり優しいね、君は」
青年の提案には本人の意思が入っていない。あるのは王家の意思だけだ。
そして利点が有るのは王家とギリグ家であり、青年はただ失い縛られるだけになる。
勿論彼も王族と考えれば、彼にも利点が有るとは言えるのだろう。
それでも賢者には自分の身を犠牲にして、周囲の為に使い潰している様に感じた。
青年はそんな賢者の心遣いに微笑み、そっと手を差し伸ばして来る。
ゆるりと伸ばされた手は賢者の頬に――――――向かわずに頭に伸びた。
「この耳を堪能出来るなら、一生を捧げる価値はあるかな。ああ、本当に良い手触りだ」
「お主やっぱり頭おかしいじゃろ」
どこまでも熊耳の感触が気に入った青年に、死んだ目を向ける賢者であった。
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