第7話、精霊術(自力)
「―――――という事、なんだが・・・理解できたかな」
「ふむ・・・」
賢者は父が語る内容を聞き、頭の中で解り易くまとめ上げる。
話の内容自体は簡単だ。先ず現在賢者が住む国は、周辺国の中ではそこそこ大きい。
だがそれと同じぐらい大きな国があり、その国とは昔から揉めている。
理由も単純明快で、元々は一つの国の民だったが、争いで別れたという良くある話。
今でも時折小競り合いが有り、小競り合いで済まない時も稀にあるそうだ。
ただその良くある話の戦力として、今賢者が組み込まれる事態になっているという事らしい。
(土地神の契約者は、身分を問わず服役の義務があるという事か。娘にその義務を課すつもりは無かったというのに、儂が祝福とやらを受けた事でそうもいかなくなったと)
家族が嘆いた理由を悟った賢者は、しかしそれ所ではなかった。
その良くある話の中に、聞き捨てならない名前を幾つか耳にしてしまったからだ。
元の国となった魔法大国とやら。そしてその創始者と呼ばれる過去の王。
(儂の弟子の国じゃねーか!)
賢者が鍛えた弟子達と、そして賢者が去った国の名が語られたのだ。
しかもその弟子達が魔法を使えない人間を追いやり、国を去った者達がここに国を作ったと。
あの優しい子達がそんな事をするのかと、賢者は信じられない気持ちで聞いていた。
『何時か、何時か先生の様な魔法使いが現れても、人々が恐れない・・・いいえ、皆が称える様な国にして見せます・・・先生、今までありがとうございました・・・!』
だがふと、別れ際の弟子の言葉を思い出し、若干嫌な予想が頭をよぎる。
聞いた限りその国は、魔法使い至上主義という感じの国だ。
最初こそ魔法使いの地位向上が、時代の変化で魔法を使えない者への差別になったのではと。
(儂が国を去ったのは・・・間違いじゃったのか・・・!?)
勿論父の言葉を全て鵜呑みにしてはいけない。歴史とは改竄される物である。
この国の住民にとっての真実が、本当の事実とは限らないのだ。
どちらにせよ今真実を突き止めるのは難しいと、賢者は一旦思考を戻す。
(兎も角・・・魔法大国に対抗する為に、精霊契約か・・・)
追われた民達は別天地で生活を始め、けれどある日魔法国家が宣戦布告をして来た。
国の下に付くか、戦って奴隷になるか選べと、負ける気の無い言葉を突きつけて。
この国がある程度発展して回り始めた所を、利益だけ奪い取る算段だったらしい。
ならばどうする。当然戦うしかない。だが魔法を使えない者達でどうやって。
そこで上がったのが力を持った精霊、土地神と契約して力を借りる方法だった。
魔法国家のやり方に反目した一人の魔法使いが、その為の下地を整えていたらしい。
そうして戦えるだけの力を手に入れた国はゆっくりと、しかし着実に大きくなっていく。
(おそらく精霊が居たから祭壇を作ったのではなく、強い精霊を生まれさせる為地脈近くに祭壇を作ったのじゃろう。その頃は土地神なぞおらんかった可能性が高い。じゃが長年祭られ、国も儀式を続けた事で山神の様な存在が生まれた。これは他の領地にも祭壇がありそうじゃな)
賢者の考えの通り、この国には山神の様な存在が複数祭られている。
勿論土地神の居る領地も有れば、居ない領地も存在している。
新たな精霊を生まれさせて、契約をして貰う為に。
兎も角そういった流れで自国を守る事が可能となり、今も魔法国家とは反目している。
「それで貴族の義務として、男女問わず子供を無条件で向かわせているのですな。こちらから契約する気が無くとも、あちらが一方的に気に入って契約成立となれば国益になると」
「あ、ああ。そうだ。相性の良い者は、自然と土地神様の機嫌を取れるらしい」
賢者の出した結論に少し驚きつつも、父は頷いて肯定を返した。
成程子供が供物とはよく言ったものだ。確かにそれは供物だろう。
国を守る為に、領地を守る為に、一生を土地神の御機嫌取りに捧ぐのだから。
(お主・・・儂から契約破棄が出来ん国だと解っておったな?)
『グォウ♪』
ご機嫌に鳴く熊に内心盛大な溜息を吐き、けれど致し方ないかと割り切った。
おそらくこの出会いは、どう足掻いても避けられない物であっただろう。
なればこれは今生の運命と思い、これからどうするかこそが自分の考える事だと。
「私はただ普通の娘として育って、普通に生きて行って欲しかったんだけどね」
「だから、山神様との契約は黙っていた、と?」
「ああ、賢いね。その通りだ。結局祝福を受けてしまった訳だが、ナーラから山神様へ契約を望んだ場合も、祝福を受けていた可能性が有る。だから義務は果たさせて、理由は黙っていた」
両親は賢者に精霊契約などさせる気はなく、故に貴族の義務として仕事は果たさせた。
そして本来は何事も無く儀式を終えて帰って来るはずが、結局無駄な気遣いとなった訳だ。
「我が家は過去二度契約を成した者が居て、だからこそこの領地を治めている。一人目は初代様だ。そして二代目も契約者となられた。どうも土地神様は一度契約した者の血族を好む様でね。他の領地も初代契約者の血族が収めている。この国はそういう国なんだ」
だからこそ家の子が祝福を受ける為に、供物として送り出すのは貴族家の義務。
国の成り立ちに根付いた在り方だなと納得する賢者。
実際精霊は縁が濃い方が契約はし易い。今回の山神と賢者の様に。
「だがそれ以降我が領地では、契約を成せた者が居ない。私は正直、それでも良いと思っていたんだ。たとえ家格が落ちるとしてもね」
「家格が、落ちる?」
少々聞き捨てならない言葉に賢者は眉を顰めながら聞き返す。
「ああ。長く契約者を送り出していなかったからね。我々領地を治める貴族に求められるのは、土地神と契約できる戦力であり、領地経営は二の次なのさ。だから実を言うと最近色々と厳しい事も言われていてね。他家と儀式を代わって領地を明け渡せ、なんて事も言われてたんだ」
「な、何を暢気な、それは一大事じゃろう!」
何気ない調子で語る父の発言に、賢者の方が驚いて立ち上がってしまった。
つまりそれは賢者が祝福を得なければ、この家が無くなっていたと言っている様なものだ。
「ああ、すまない、変に心配させ過ぎたね。別にそうなっても家が断絶する訳じゃない。ただこの領地はギリグ家の物でなくなり、我々は新しく契約者が生まれる為の補佐に付くだけさ」
「・・・父上は、それで良いのか?」
「そちらの方が良かった、が素直な気持ちかな。さっきも言ったが、私は娘に普通の生活をして欲しかったんだ。だってそうだろう。祝福を受ければ、それは闘う術を鍛えねばならないんだ」
「それは・・・そうかも、しれんが」
ここに来て賢者はようやく、家族が何を嘆いていたのか明確に悟った。
自分はこれから『可愛いく甘やかしたい娘』ではなくなるのだと。
それが貴族の義務とはいえ、まだ幼い娘を鍛えねばならないと。
「私達は今後ナーラを、甘やかしてやることが出来ない。それは貴族の義務も理由ではあるが、ナーラ自身の為でもある。自分自身が傷つかない為に、力を使えるように成らねばならない」
それはきっと、普通のご令嬢では耐えがたい訓練も有るのかもしれない。
けれど貴族の責務として、土地神を宿した者として、やらなければいけない事。
それは国と領地の為ではあるが、何よりも娘の身の無事の為でもあるのだと。
目の前で娘の質問に答えながら、悔し気に顔を歪める父親に何と言えば良いだろう。
お気になさらず? 勤めを果たします? 心配しないで下さい?
どれも違う気がする。だって彼らは、賢者にそんな事を望んでいなかったのだから。
ただ可愛らしく育って、姫様と愛されて、そして幸せに婿を貰う。
婿が貰えなかったとしても、出来る限り良い所に嫁に行って貰いたい。
そんな当たり前の、ただただ当たり前の子供として育てたかったのだろう。
あまりにも優しい想を聞かされた賢者は、その手をぐっと強く握り――――。
「問題ありませぬ。儂は既に精霊術を十全に使えますので」
「「「「「は?」」」」」
開いた手に火の玉を作り出し、ポーンと放り投げた。
更にまた火の玉を作り出し、ポンポンと放り投げて行く。
発言を許されている者全員の声が漏れた。目の前の光景を理解出来ずに。
賢者は実にあっさりと、家族の目の前で魔法を使って見せたのだ。
山神がやっていた様に、賢者が朝方にやっていた様に、火の玉でお手玉を見せて。
「この通り、父上が厳しくする必要も、暴走などという愚を犯す心配も有りませんぞ」
精霊術を使う為に鍛える必要も、力に溺れて自らを傷つける事も無い。
そう教える様に力強い笑顔で父に告げる賢者。
実際賢者が魔力を暴走させるには、今回の山神との契約では魔力が足りない。
普通の人間ならば膨大な力のはずだが、賢者にとっては自分の魔力よりも小さい量。
故に最初は契約に気が付かず、理屈で理解して結論に至ったのだ。
その程度の状態である以上、賢者にとって特に問題は無いと断言出来た。
少なくとも力を使いこなす為に、修練の日々を送る必要は無いと。
せめて一つだけでも心配を取り除こうと、皆の前で自分の力を見せつけた。
「という訳で、一つ心配はなくなりましたかな、父上」
ギュッと手を握る事で火球を全て消し、自在に操っているという事を更に見せつける。
ニヤリと笑って『決まった』とか考えている賢者だが、周囲はそれどころではない。
いや一人だけ、たった一人だけ手放しで喜ぶものが存在した。
「うおおお! 凄いぞナーラちゃん! 流石我が孫!!」
「そうじゃろう爺上。かっかっか!」
祝福を受けた時と同じ、いやそれ以上の勢いで孫を抱き上げる祖父。
そしてその勢いに乗ってやれと、わざと快活に笑う賢者。
後の細かい事等どうとでもなる。そう思わせる力強さがそこには在った。
(熊よ、お主の魔力全く使えんのじゃが!? どうにもならんから滅茶苦茶焦ったではないか! つーか耳出っ放しなのもそれが原因じゃろう! どうなっとるんじゃこれぇ!!)
『グォウ?』
実際は内側にある熊の魔力を扱えず、クソほど焦って自分の魔力で魔法を使ったのだが。
なお熊は問い詰められても良く解らず、ただ首を傾げるだけだった。
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