第6話、祝福(契約)

 領主の一人娘が無事見つかった。その連絡は即座に伝達される事となる。

 何だかんだと愛されていた賢者は、領民からも兵士からもその無事を祝われた。

 ただし皆、少なくない不安を抱えながらではあったが。


 何せ『無事見つかった』と伝わっているのに、本人が皆の前に姿を現さないのだ。


 賢者の姿は近隣の者達ならば皆知っており、当然その性格も知れ渡っている。

 つまり頻繁に外に出る姿を、何時もの元気な女児の姿を民は見ているのだ。

 なのに本人が表に出てこない。それはまさか・・・と悪い想像をする者は少なくなかった。


「ぷはぁー。あー、生き返るぅー・・・」


 当の本人は屋敷の居間で、元気に水をグビッと飲んでいる訳だが。

 尚その頭には相変わらず熊の耳が有り、それに関しての事情はまだ話していない。

 両親も祖父母も叔父も、先ずは事態の収拾と賢者の身の確認を優先したからだ。


 そうして賢者の無事の周知が終わり、やっと落ち着いて今である。

 もう暫くすれば家族が集まり、何が起きたか詳しく聞かれる事となるだろう。

 等とのんびり構えている賢者に対し、侍女がジトッとした目を向けている。


「全くもう、お嬢様はどれだけ暢気なんですか。私共がどれだけ心配したか」

「いや、それに関しては申し訳ないと思うが、儂とて今回は不可抗力じゃよ。突然地中に引きずり込まれるなど、誰にも想定なんぞ出来んと思うぞ?」

「それはそうですが・・・あっけらかんとした様子で帰って来たお嬢様に納得がいきません」

「納得いかないと言われてものぉ・・・」


 賢者とて心配をかけた自覚はあるが、流石に今回ばかりは自分のせいではない。

 不測の事態まで責められても困ると思いつつも、心配してくれたありがたさを噛み締める。


「それにしてもお嬢様のその耳、不思議ですね」

「これか? これなぁ・・・」

『クゥ♪』


 侍女に問われた賢者は自らの頭を触り、そこにあるフサフサの耳を撫でる。

 明らかに耳が有る。触っている感触も有る。というかちゃんと音が聞こえる上に動かせる。

 更に言えば頭に熊の鳴き声が響く訳で、ここまで来ると賢者にとって現状理解は容易い。


「・・・本当に、体調に問題は無いのですよね?」

「そうじゃな。まあ一応自分の状況の理解は付いとるよ。ついとるが・・・二度手間になるから皆が揃ってからにするとしよう。お主も同席するのじゃからな」

「宜しいのですか?」

「儂の侍女に付けている時点で身内じゃろうよ?」


 侍女は今回の件を『ただの迷子』とは当然見ていない。だが真相も解っていない。

 故にお嬢様の侍女とはいえ、替えの利く立場の自分が聞いて大丈夫なのかと疑問を持つ。


 だが賢者にとっての彼女は、赤子の頃から世話になっている家族だ。

 侍女とお嬢様という関係ではあるが、身内のつもりで接している。

 保護者達が断りでもしない限り、賢者は彼女を同席させるつもりでいた。


(ま、そもそもそこまで大事でもないしの)


 今回の件は確かに大事件ではあったが、後に響く様な出来事ではない。

 ただ山神が領主の娘を気に入り、遊び相手として所望している。

 それだけの事であり、それ以上の事でもない。賢者はそう判断していた。


 しかし最悪の場合は山神と戦って怒らせて、収拾が付くか怪しい事態になっていただろう。

 あの時は血が湧きたって思考が停止していたが、後から考えると酷いなと頭を抱える。

 とはいえ後悔は無い。何せ転生前に決めたのだから。次は懸命に生きると。


(あの場で素直に身を捧げるのは、生き汚く足掻いた姿とは言えん)


 間違いかもしれない。いや、きっと間違いなのだろう。けれど自分は間違えると決めた。

 そして今回は偶々上手く行ったけれど、次こそは失敗するかもしれない。

 だとしても賢者はきっと、次も間違えるのだろう。今後も間違えて生きて行くのだ。


「ナーラ、待たせたね」


 賢者が自分に浸っていると、父親が居間に顔を出した。

 その後ろには母親と祖父母と叔父も居り、護衛に付いていた騎士も居る。

 護衛は賢者の姿を見つけると、目を見開きながら泣きそうな顔を見せた。


 無事で良かったと。本当に無事だったのだと。そんな安堵が表情から察せられる。


「では・・・ナーラには聞きたい事が沢山有る。良いね?」

「はい、父上」


 侍女と護衛以外の者達が座り、そう告げた父親に対し静かに頷き返す。

 ただ父はすぐに質問を口にはせず、じっと賢者の様子を見つめる。

 それは何をか悩んでいる様にも、躊躇している様にも見えた。


「父上、どうされたんじゃ?」

「いや、落ち着いているなと思ってね」

「儂は基本的には落ち着いておりますぞ?」

「そうだね。だからこそ少し心配になった。無理をして落ち着いているのではないかと」

「ああ、成程。無理をしているつもりはありません。この通り元気ですぞ」


 父親はこんな大事になった娘の『心の』心配をしていた。

 元気な様に見えるけれど、元気な様に見せているだけではないかと。

 だがそれを問いかけた所で、この賢い子は素直に答えないとも思っているが。


「解った。なら今はその言葉を信じよう。では、話してくれるかな、何があったのか」

「はい、では護衛とはぐれた所から―――――」


 賢者は魔法で祭壇まで呼ばれ、山神に気に入られた事を告げた。

 むしろ赤子の頃から自分を待っていて、そして待っていられなかったのだと。

 その後は暫く山神様のお相手をして、満足して貰って送り届けて貰ったという事にした。


 けして山神に魔法を放とうとした事は言わず、ついでに攫われる前の魔力行使も伏せて。

 護衛の騎士の目が半眼な気がするが、ついっと目を逸らす賢者である。


「この耳はまあ・・・山神様から力を頂いた証じゃ。儂の体の中に山神様の体の一部が入り込んでいて、それが外に見える形で顕現している。そんな所じゃな」


 あの時の山神の力の開放は、賢者との繋がりを作る為の儀式。

 自らは山に居る必要があると賢者は言う。けれど山神は賢者と共に山を下りたい。

 その両方の願いを叶える為に、傍に在る為の契約を一方的に結んでしまった。


 力の一部を賢者の中に流し込む事によって、常に賢者との繋がりが在る様にと。

 これにより賢者の体には精霊の力が宿り、人でありながら精霊でもある存在となった。

 簡単に言ってしまえば、精霊の持つ魔力を人間の意志で使える様になったのだ。


(いうて、儂には利点が少ないんじゃよなぁ・・・以前も基本使わんかったし)


 賢者の知る限り魔力を流し込むタイプの契約は、魔力の無い者が自らを補強する為の儀式。

 しかも精霊契約は力の強い側が破棄する事が出来て、ご機嫌を取る必要があった。


 魔力だけは有り余っている賢者にとって、この契約に利点は殆ど無いと言える。

 更にご機嫌を取りながら魔法を使うなど面倒この上ない。

 故に生前の賢者は基本的に精霊契約の類はせず、自力で魔法を使う人間だった。


 転生術の時だけはそうもいかず、主義を曲げて使う事にはなったが。


「・・・そんな事が、解るのかい?」

「・・・な、何となく?」


 しまったと、賢者は思った。だってそんな事、この身が知っている訳がないのだから。

 何となくその事が解ったのも、前世の知識が有ったが故だ。

 とはいえそれも部分的に理解出来ず、折角の契約を十全に使う事は無理そうなのだが。


「本当に、山神様に導かれて、お力を授かったのだね?」

「はい、それは間違い無く。祭壇の前にて大きな熊の姿をした山神様にお力を頂きました」


 父親の真剣な念押しに、これは心配されているなと思い力強く頷き返した。

 山神ではなく変な物が取り付いているのではと、そう思っての事ではないかと。

 だが賢者がはっきりと断言した事で、父親は納得した様に溜息を吐いた。


「土地神様との契約・・・しかも知識なしでの契約と、力への理解・・・素晴らしい!」

「ふぇ? 爺上?」


 ただそこで、そこまで静かに聞いていた祖父がワナワナと震えながら立ち上がった。

 祖父の興奮した様子に賢者は付いて行けず、ただただポカンとした顔を向ける。

 すると祖父は賢者を抱き上げ、グルグルとご機嫌に振り回し始めた。


「生まれながら神の祝福を受けていたという事ではないか! やはり我が孫は天才じゃった!」

「じゃろ! かっかっか!」


 じゃろではない。いや、一応賢者も理由が在って、祖父の言葉に乗っかったのだが。

 下手に突っ込まれてぼろを出すよりも、そういう事にしておいた方が良いと踏んだのだ。


「父上! 何を能天気な事を言っている!」


 だが明るい祖父と孫とは対照的に、父親は凄まじい剣幕で怒鳴り散らした。

 賢者は今まで父が怒鳴る姿など見た事が無く、余りの剣幕に驚き固まってしまっている。


「何故、なぜよりにもよって娘に・・・!」


 思わず立ち上がってしまっていた父は、ボスンとソファに身を沈めた。

 賢者が良く様子を見れば、母も悲し気に自分を見つめているではないか。

 そして祖母は厳しい目を祖父に向けていて、祖父は困った様に目を逸らしている。


「・・・父上、儂には皆が何を悩んでいるのか解らぬのですが」

「ああ、そうだね。すまない。何も解っていないナーラを置いてきぼりにしてしまった。父上、説明をするからナーラを降ろしてくれ」

「はい・・・」


 ギッと音がしそうな目で睨まれた祖父は、大きな図体を縮めながら賢者を降ろした。

 普段は祖父の方が強気なのだが、本気で父が怒ると祖父は大人しくなるらしい。

 祖母はそんな夫に溜息を吐きながら、こっちに来なさいと引き寄せる。


「ナーラはまだ幼いから教えてない事が沢山ある。本当はこれから色々と勉強をして貰って、色んな事をゆっくり学んで貰うつもりだった。この国の事や、周辺の国の事などをね」

「はい」


 父親の真剣な言葉に頷きながら、その言葉が『過去形』で語られている事に気が付く。

 つまり今のナーラという女児に対して、その予定通りの教えは授けられないという事だ。

 いや、単純に何時か話す予定だった事を、今話そうという事かもしれない。


 取り敢えず話を遮らずに聞くとしようと、賢者は背筋を伸ばして父親を見つめ返す。


「・・・悔しいけれど、父上の言う通りなのかもしれないね。ナーラは賢い。賢過ぎると言っても良い。落ち着きの無さは唯一子供らしいが、子供と話している気がしない。それは君が生まれながらに持っている才能なのかもしれない。だからこそ、山神様に選ばれたのだろう」

「かも、しれませんな」


 内心『そうじゃな』とは思っていたが、微妙な返事に留めた賢者。

 この熊は前世の賢者の事を知っていて待っていた訳だが、それを言う訳にもいかない。

 むしろ転生だの前世だの言った方が心配されかねないだろう。


「だからこそ幼い君に、本来なら話すべきでない事を話す。君なら理解できるだろうし、暴走もしないと信じてね。いや、正直に言うと不安は凄く有るんだが、うん」

「暴走、ですか」


 暴走とは、この力を暴走させる心配だろうか。確かに普通ならその心配も有るか。

 精霊の力を欲する場合、多くは自分より強大な力を求めるのだから。

 ならば父の心配も当然であるかと、賢者は今の状況に少し納得し始めていた。


「この国はかつて、とある魔法大国から追われた者達が起こした国なんだ」

「・・・はい?」


 だが語られる内容は、賢者の予想とはまるで違う物だった。

 賢者なのに全く話の先が読めていない女児である。

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