第8話、制御(出来ない)

「まー、流石に何事も無く、は無理じゃわなぁ」

「それはそうでしょう。こんな事態、どう対応すれば良いのか解りませんよ。本当にお嬢様は、赤子の頃から飽きさせてくれませんね。驚き過ぎて何と言って良いのか」


 取り敢えず一旦話しはお開き、という事で賢者は侍女と共に自室へ戻る事になった。

 とはいえそれは今後どうするか、保護者達だけで話し合いたいという理由でだが。

 たとえ賢者が『力を使える』と言っても、それを鵜呑みにして良いものかと。


 賢者としては一緒に聞きたかったのだが、両親に『部屋に居ろ』と言われては仕方ない。


「それにしても、本当にあるんですね。土地神様に無条件に祝福されて、その上最初から力を使いこなせるなんて事」

「儂の様に契約した者は、今は他に居らんのか?」

「んー・・・祝福を受けた方は何人か居られるみたいですよ。ただ私は親しくお付き合いがある訳では無いので、どこまで本当かどうかは解りません。お嬢様の様に最初から力を使いこなしている、という方も居るそうですが、そういう事にしている可能性もあるのではないかと」

「ああ、成程のぉ」


 侍女の少ない言葉から、賢者は『祝福』を受けた者への扱いを何となく察した。

 一応対外的には『最初から力を使いこなせた神童』は存在するのだろう。

 ただそれは民への安心感を植え付ける為、そういう事で話を通している可能性が有ると。


「基本的に祝福を受けた者は、どうしても力を持て余すみたいですから」

「そーじゃろーなー」


 精霊契約は自分より強大な力を使う技だ。それを一方的に押し付けられたらどうなるか。

 そんな物当然、扱えずに自滅する可能性が高い。賢者も良く知っている。

 ただし精霊に気に入られた契約である以上、その被害は本人よりも周りに飛び易いのだが。


 父親の危惧した『自らを傷つける』という意味を、賢者は正しく理解していた。

 力の制御を間違え他者を傷つけた結果、暴走した者の扱いの果てはどうなるかと。

 だからこそ賢者は力強く、自分は大丈夫だと家族に見せてやりたかったのだ。


「なのでお嬢様の説明を聞いた時、山神様の力を制御出来ないせいで、その耳が現れているのかと思ったんですけどね。偶に有るらしいですよ、そういう事って」

「・・・そうじゃろうなー」


 侍女の言葉に思わず目を瞑って誤魔化し、焦る内心を隠しながら応える賢者。

 実際の所は侍女の言う通りである。この賢者、山神の力を制御出来ていない。

 無論魔力量の差から暴走はしないが、暴走をさせずに済んでいるだけである。


(お主、儂と契約したのじゃから、ちょっとぐらい儂の言う事を聞かんか!)

『グォウ?』


 実はさっきからずっと耳を消そうと頑張っているのだが、一向に消える気配が無い。

 そして熊は別に逆らっているつもりは無いので、何で怒ってるのと首を傾げ返す。

 実際に目の前に居る訳では無いが、頭に浮かぶキョトンとした顔に賢者は脱力した。


(・・・おかしいのう、精霊術ってそんなに難しい技じゃなかったはずじゃぞ。しかも精霊に力を流し込まれたのであれば、普通に魔法を使うのと同じ感覚で使えたはずじゃ)


 生前の賢者は魔法使いではあったが、それなりに他の術にも精通していた。

 魔力を使う事であれば何でも手を出していたので、当然精霊術も使う事が出来る。

 故に本来なら問題無く扱えるはずなのだが、賢者は一向に扱える様子が無い。


(もし問題があるとすれば、契約した精霊へのご機嫌取りだけじゃが・・・お主別に、儂にして欲しい事など無かろう?)

『グオン♪』


 熊は賢者の考えを肯定する様に鳴く。賢者と共に居られればそれだけで良いと。

 つまり賢者は本来精霊術師に必須の技能、ご機嫌とりは一切必要無いという事。

 その場合契約した時点で特に苦も無く、精霊の魔力を扱えるはずなのだ。


 けれど今も必死になって何とか魔力を制御しようとして、やはり成果は見られない。

 自分の魔力なら簡単なのにと思い、楽しげな熊に若干イラっとし始めている。


「けど、良かったです・・・私は一番最初は、もっと深刻な想像をしてましたので」

「ほむ?」


 コポコポとお茶の準備をしながら語る侍女に、賢者は話を促す様に声をかける。

 侍女もそれが続きを聞きたいという意思表示と理解しており、にこりと笑って続けた。


「てっきりどこぞの魔法使いに攫われて、無理矢理良くない物でも入れられたのかとか。何せ最初は『良く解らない魔法で地中に引きずり込まれて攫われた』という報告でしたから」

「ああ、確かにそういう事も、あるか」


 かの魔法大国とは未だに敵対している。ならばそういった工作が起こってもおかしくない。

 いや、実際過去に在ったのかもしれない。そう思うと彼女の心配も理解出来る。

 賢者はそう結論に至ると同時に、かつて自分が居た国の在り方に頭を抱えた。


(もはや悩んでも仕方の無い事なのじゃろうが・・・辛いの)


 弟子達ならば良い国を築くと信じ、自分だけが異物なのだと悟って国を去った。

 それが賢者と呼ばれた自分の、あの国での最後の仕事だと信じて。

 だが結末はどうだ。長き時が経った果てに在るのは、悲しい現実だ。


(だが真実がどうあれ、弟子達の起こした国だとしても・・・容赦はせんがな)


 だがそれはそれだ。前世は前世。今生は今生。賢者は切り替えていた。

 弟子達の想いが歪んだ事は悲しいが、それに引きずられて今の家族を危険に晒す気はない。


「そういえば聞きそびれていたが、この国に魔法使いは居らんのか?」

「居ない訳ではありませんが少ないですし、国に許可を得た者以外は捕まります。何せ魔法使いになれなかった者達の国なので、魔法が使える時点で諜報員か工作員を疑われます。勿論契約者の方であれば別ですが・・・まさか魔法使いに会ったので?」

「い、いや、気になっただけじゃよ」

「そうですか、なら良かった」


 一瞬侍女の雰囲気が怖かった賢者は、魔法使いに対する見方を良く理解した。

 これは下手に自分を『魔法使い』と名乗らん方が良いと。

 恐らく国全体でそうなのだろうと思い、賢者は肝に銘じる事を決めた。


(む、お、こ、これは、お、行けるか!?)

『グオン!』


 ただそんな決意の途中で、賢者は頭の上にムズムズとかゆい物を感じた。

 それは実際に皮膚が感じている者ではなく、魔力の流れから魂が感じる感覚。

 自分の魔力と上手く混ざり合わず、綺麗に繋がっていなかった力が繋がる感覚を。


(よっし!)


 賢者は侍女に気が付かれない程度にガッツポーズをし、その瞬間耳が引っ込んだ。

 何とか精霊の魔力を内側に収めよう、という賢者の努力が実を結んだのである。


「ま、心配せずとも儂はこの通り、耳も引っ込められるがな!」

「あら、本当に・・・本当にお嬢様は、力を使いこなせるのですね」

「安心したか?」

「はい、ようやく」


 侍女の安堵の笑みを見て、やはり信用していなかったのかと賢者は思った。

 力を使いこなせると言いながら、耳を何時までも出しっぱなしだったのだ。

 それは制御出来ているのかと、本音ではずっと疑っていたに違いない。


 いやむしろ、真実と嘘をおり混ぜて話していると、どこかで見抜かれていたのだろうと。


(じゃがまあ、これでザリィも納得したじゃろ。実際本当に儂自身には問題は無いのじゃから、不安にさせるのも申し訳ないしの・・・早めに何となかって良かったわい)


 賢者は家族に心配をかけない為の嘘を、侍女と一緒について貰った事が何度かある。

 ならば今回もそうなのではと、彼女は聡い女児の行動を訝しんでいたのだ。

 そんな主想いの侍女を安心させる為にも、賢者はフッと笑って応えるのであった。


(・・・耳は消えたが尻尾が出た。そしてまた消せん。マジでどうしたら良いんじゃ・・・結局制御出来ておらんし、その内また勝手に耳が出そうじゃな・・・いやこれ悪化しとらん?)

『グォ・・・』


 実際は何にも解決していないのである。スカートで尻尾が見えていないだけで。

 最後の笑顔は余裕の笑みではなく、諦めの乾いた笑いであった。

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