危機 001



「よおレグ、調子どうだ?」



 エルマと魔術師組とのいざこざがあった翌日――数分とは言え氷漬けにされていたレグを心配し、シルバはそう声を掛ける。


 当の本人は、一人何をするでもなくボーっと前を見て座っていた。神内功時代は机に突っ伏して寝たふりをしていたことから考えると……多少なりとも、マシな時間の潰し方なのだろうか。



「……ん、まあ、別に何ともないな。午後の実技授業も問題なかったし」



「それは別の意味で問題だらけだったけどな」



 机に立てかけてある剣を見ながら、シルバは言った。


 昨日の一悶着の後、午後に行われた実技授業で、レグは懲りずに剣の魔具を使っていたのだ。その扱いはお世辞にも優れているとは言えず、クラスメイトも苦笑するしかない。



「……にしても魔術師組の奴ら、あんだけ魔法をぶっ放しといて謝りもせずに逃げるとか、ムカつくぜ」



「そうだな。結局、エルマのローブを燃やしたことも謝ってないし」



「……お前、自分が凍らされたことをもっと怒れよ」



「それはまあ、貴重な経験だったからいいかなって」



「……そうか」



 レグの毒気のない顔を見て、シルバは溜息をつく。


――昨日の氷も自力で壊したし……ほんと、馬鹿みてーだけどすげえ奴だよ。


 頭を掻き毟りながら、シルバはレグの隣に座った。


 隣に誰かがいることに慣れないレグは、若干体をビクつかせる。



「……そう言えば、今日は立候補者のスピーチがあるんだよな」



「ああ。あんなことがあってエルマはやりづれーだろうが、まあ、精々高みの見物をさせてもらおーぜ……って、いてっ⁉」



 並んで座る二人の頭を、誰かが背後から掴み――後ろを向かせるように軽く捻る。



「……サナ、てめえ、いい度胸じゃねえか。ああ?」



 彼らの頭部を掴んで捻ったのは、サナ・アルバノだった。



「ねえ、昨日の、何があったのよ」



 サナは小声で問いかける。話題に上がったエルマはまだ登校していないが、彼女なりに噂話はひそひそ行うべきという考えがあるのだろう。



「……あれって、どれだよ。つーか手離せや」



「だから……あの子、魔術師組に土下座しようとしてたでしょ? 何があったらあんなことになるのよ」



 例の一件が起きた時、サナもまだ大教室内にいた。


 だが、他に残っていた生徒たちの例に漏れず――魔術師の関わる問題には首を突っ込まないのが吉と考え、遠巻きに見ているだけだったのだ。



「レグは急に氷漬けになるし……ほんと、こっちはキモが冷え冷えよ」



「一番冷えてたのはレグだけどな」



「シルバうるさい!」



 サナはシルバの頭頂部を握る手をグイッと捻る。とばっちりで、レグまで頭を捻じられた。



「あの、痛いんですけど……」



「そういうのはいいから、一体何があったのか、教えなさいよね」



 シルバは昨日の出来事について彼女に語った。


 エルマが魔術師組に絡まれ、ローブを燃やされたこと。


 それに怒った二人が間に入り、レグが凍らされ――その氷を溶かしてほしければ土下座をしろと、エルマが要求されたこと。



「……なるほどね」



 大体の経緯を聞いたサナは、未だ腑に落ちないといった感じで頷く。



「つーかお前、見てたんなら加勢しろや。レグがあのままやられてたらどうするつもりだったんだよ」



「そりゃ、いざって時は動こうと思ってたけど……魔術師の喧嘩に横やり入れても、いいことないじゃない」



 サナは何かを思い出すかのように、遠い目をしながら言った。



「俺だって普通なら手は貸さねーけど、一応クラスメイトだからな。それに……」



 シルバは、隣でボケっとしているレグを見る。



「……レグが、俺に【野獣の牙リエーフ】を使。ま、じゃなきゃもう少し様子を見てただろうよ」



「そうなの、レグ?」



「……そうだっけ? あんまり覚えてないけど」



 実際レグはあの時、シルバに術技を使うよう頼んでいた。


 魔術師の一人がエルマのローブを奪った瞬間。


 彼は自然と椅子から立ち上がり――あの場に向かわなければと、そう思ったのだった。



「……まあ、レグなら仕方ないか」



 サナは二人の頭から手を離す。


 レグとシルバが魔術師のいざこざに加わった理由は分かったが……彼女にはあと一つ、納得できていないことがあった。


――あの子……どうして土下座なんてしようとしたの。


 昨日の一部始終を目撃していたサナは、エルマが両膝をついたのを見て、内心驚きを隠せなかった。


 事情を聴いた今でも、その驚きは変わらない。


――いくらレグを助けるためとは言っても……魔術師がノーマルのために頭を下げる何てこと、あるはずないわ。


 もし氷漬けにされたのが同じ魔術師なら、頭を下げることもなくはないのかもしれない。


 だが、自分たちノーマルが危機に瀕しようと、彼らが折れることなどあるはずはないのだ。


 少なくとも、過去に関わってきた魔術師たちはそうだった。


 その認識とエルマの行動の違いに――サナは頭を悩ませる。



「……サナ、どうかしたか?」



「お前ただでさえしかめっ面なんだから、そんな思い詰めてると皺が増えるぞいてえっ⁉」



「おお、いい拳だ」



「感心してんじゃねえ、レグ! てめえサナ、やるか⁉」



「シルバ、うるさい」



 周りから見れば和気藹々としている教室に。


 エルマ・フィールは、まだ姿を現さない。



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