魔術師の誇り 002
シトラスとヘレンの放った魔法によって。
レグは、全身を氷漬けにされてしまった。
「なっ……くそっ!」
少し離れた場所に位置取っていたシルバは、氷漬けにされた彼の元に駆け寄る。
「思い知ったかノーマルが! これが魔術師の力だ!」
レグは水流に飲まれる瞬間、マックスを掴む手を離してしまっていた。
必然、彼は自由の身となり、氷の塊を蹴りつける。
「このっ! このっ! このっ! ノーマルが、俺に説教垂れやがって! 身の程を知れ!」
「てめえら、レグに何しやがった! さっさと元に戻しやがれ!」
マックスと氷の間に、シルバが割って入る。
「おっと、今度は獣人か。お前らみたいなのが同じ学び舎にいると思うと、反吐が出るぜ」
「んだとこら? やろうってのか、ああ?」
徴発されたシルバが、マックスの胸ぐらに掴みかかる。
しかし、先程腕をねじり上げられた時とは違って、彼は余裕の表情を浮かべていた。
「……何がおかしいんだ、ああ?」
「獣人、早くこの手を離せ。お仲間のノーマルがどうなってもいいのかい?」
「……何だって?」
「【レイン】と【アイス】の合体魔法で作り上げた氷は、そう簡単に溶かすことはできない。まして獣人やノーマル如きには不可能なんだよ。お前がこうして喧嘩を売っている間にも、そこの氷漬けになったノーマルは身体機能をどんどん失ってるぞ」
それは虚勢ではなく、事実、水属性と氷属性を合わせた合体魔法によって作られた氷を壊すことは難しい。
通常、術者によって凍らせた本体ごと粉々に砕くか、その命が途絶えるまで氷漬けにする魔法なのである。
「わかったらこの汚い手を離せ、獣人」
「……くそがっ!」
シルバは言われるがままに手を離すしかなかった。
制服の襟を整えたマックスは、エルマに向き直る。
「さて……このノーマルを助けてほしければ、落第魔女、ここで土下座してもらおうか」
「っ!」
その言葉を聞き、エルマは小さく肩を震わせる。
「魔法も使えない落ちこぼれが、ソロモンに入学してすみませんでしたと、床に頭をこすって謝るんだ。そうしたら、この無礼なノーマルの氷を溶かしてやってもいい」
「……私がそんなことをせずとも、あなたたちはレグさんの氷を溶かさなければならないはずです。もしこのまま彼を氷漬けにしていたら……彼は、死んでしまうのだから」
レグ・ラスターが呪いの子だと知っているエルマは、彼が殺されても仕方のない存在だと承知している。
だが、目の前の三人の魔術師たちは、そのことを知らないはずだ。
「確かに、人殺しをするつもりはない。こいつが死ぬ前に氷は溶かすよ……ただ、五体満足で助かれるかどうかは、保証できないなぁ」
マックスは凍ったレグの顔を見て、にやつく。
「長時間氷に体を晒されれば、身体機能に大きな影響を与える……当然のことだ。それに時間を待たずとも、例えば右腕を覆う氷ごと壊してしまえば……殺さなくても痛めつけることはできるよな?」
「……てめえ、指一本でも触れてみろ、八つ裂くぞ!」
「おっと、そんな風にすごまれると、間違えて彼の氷を壊してしまうかもしれないじゃないか」
「ぐっ……」
そう脅され、シルバは引き下がるしかない。
マックスは改めて、エルマの方に向き直る。
「わかっただろ、落第魔女。お前が土下座さえすれば、このノーマルは無傷で助けてやるんだ。魔術師の誇りなどと大仰な口を叩いて申し訳ありませんでしたと、そう謝れ」
エルマは氷漬けにされたレグを見る。
このまま問答を続けていては、何らかのダメージが入ることは間違いない……だが、根本的な問題として、彼を助ける必要はあるのだろうか?
レグ・ラスターは、呪いの子。
どういうわけか十五歳まで生き延び、ソロモンに入学するという荒業を成し遂げているが……その本質が、処刑されるべき存在であることに変わりはない。
だったら、ここで自分が屈辱を味わってまで彼を救う意味は、あるのだろうか。
――合理的に考えましょう。レグさんは呪いの子で、今生きているのがイレギュラーな存在……ならば、私がこの人に頭を下げてまで、彼を助ける理由は……。
理由はないと結論付けようとした瞬間、先程の光景が頭に浮かぶ。
ローブが燃やされた時、それを止めにきてくれたシルバとレグの顔を思い出す。
自分に謝れと、マックスの手を捻り上げたレグを思い出す。
――……普通なら、魔術師同士のいざこざに他の種族は介入しない。それが、どれだけ愚かで無駄なことか、知っているから。
だが、あの二人は違った。
彼らの中にどんな思惑があったかは知らないが……多少なりとも、自分を助けるために動いてくれたのは事実だ。
エルマはもう一度――レグの顔を見る。
「……」
「どうした? 早くしないと、このノーマルがどうなっても知らないぞ?」
ざっ、と。
エルマが、左の膝を折る。
次いで、右の膝。
「おい、エルマ! こんな野郎に頭下げることなんてねえ!」
彼女が土下座をするのだと察したシルバは声を荒げるが、その動きは止まらない。
――生まれてからずっと、誰にも助けられずに生きてきた。魔法が使えない魔術師は、人間以下の扱いをされると……それが当たり前だと、そう思っていた。
でも。
レグさんは、助けようとしてくれた。
見るに見かねただけかもしれないが……それでも。
こんな私のために、動いてくれた。
だったらそれは、返すべき恩義。
自分のプライドを捨てるわけではない――彼のために頭を下げることも、自分の矜持を守るために必要なことなのだ。
全ては、魔術師の誇り。
エルマは、そう結論付けた。
「……わ、私、エルマ・フィールは……魔法も使えない魔術師でありながら、ソロモンに入学しました……」
彼女が、魔術師たちに完全に頭を下げ切る直前。
ビシッと、何かに亀裂が入る音がする。
「な、なんだ!」
「見て! 氷が!」
シトラスとヘレンが叫ぶ。
彼らの指さす方を見れば――氷が、ビキビキと音を立てて崩れていく。
「馬鹿な! 一体誰がやった!」
マックスは周囲を睨みつけるが、誰もレグには近づいていない。それどころか、魔法が発動した気配すら感じられない。
――どうなっている? まさか、あのノーマルが自力で氷を壊しているとでもいうのか⁉
驚愕している間にも、レグに纏わりついた氷はボロボロと砕け落ちていく。
彼の右腕からは――赤黒い魔素がにじみ出していた。
「……っ!」
唯一、エルマだけが気付く。
呪いの魔素が溢れ出し、氷を壊しているのだと。
――合体魔法で作られた氷を、あんなに簡単に壊すなんて……。
彼女以外の者は、何が起きているのか把握できていない。
ただ、数秒後。
一際大きな音を立てて――氷は完全に、崩れ去った。
「いや、流石に寒いわ」
そんな間の抜けた言葉と共に。
レグ・ラスターは、無傷で生還したのだった。
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