109話 勇者の少女とお兄ちゃん


 人を助けようとする勇者の性質は、勇者が持つ本来の能力ちからの副反応である。


 例えば、怒りの感情を糧にする魔族が、自身の怒りの感情さえも求めてしまうのと同じように。

 慢性的な魔力不足に陥っている、勇者という存在は、誰かの力になることで、自身の勇気の感情を魔力に変えて生きている。


 それはまるで、砂漠でさまよった末にオアシスを見つけた旅人が、がむしゃらに水を飲むように。

 無我夢中で、人助けをしてしまうのだ。


 けれど、もし。

 誰もが勇気の心を持てたなら。

 勇者が自らの感情を必要としないぐらい、周囲が勇気であふれていたら。


 例えば、魔王が人々の絶望の感情を糧にして魔力を得るのと同じように。


 勇者は、人々の希望の感情を、自らの力に変えるのだ。



■□■□■□



 リアの体が、光っていた。

 人々の声援を背に受けて。


 あれはなんだ。

 あれはなんだ。

 誰もがそこに、伝説を見た。

 きらめき、何度でも立ち上がる、白光の勇者をそこに見た。


「リア、お前は……」


 俺の呟きは、しかしながら、まばゆい光にかき消される。


 それは、勇気という名の光。

 誰もが抱き、されど憧れ、人々をくらませる極光。


 勇気の光を中心に、それを見る者たちの影が伸びる。

 そして、どこよりも深い、絶望という影が、誰よりもその光を怯えた。


「ばかな、こんなはずではっ! 計算が違う、勇者が立ち上がるはずが無い!」


 立ち上がった勇者は、光り輝く剣を振るう。

 それはさながら、英雄譚のように。


 決着は一瞬だった。

 ”勇者でないと、魔王は倒せない”。

 魔王は、その加護を得たがために、俺たちの攻撃を防いだ。

 けれど、その加護を得たがゆえに、勇者には運命的に敗北する定めを背負った。


「薙ぎ払えっ! <白光輝く王者の剣エクスカリバー>!!」


「私の計画は完璧だった……! ただひとつ、イレギュラーがあるとすれば……! そうか、お前が私の敗因だったのか! カイ・リンデンドルフゥゥゥゥ!!!」


 まばゆい光が、かつて大賢者だったものを包む。

 何度も現れては、何度も立ちはだかったパーシェンも、これで終わりだろう。

 運命レベルでの敗北に、抗うすべはない。


 そして、パーシェンが呼び出した雷雲が消え、青空が差し込んだ時。

 誰もが、戦いが終わったことを悟った。


 その日、新たな伝説が産まれた。


 滅びるしかないはずの街が、勝ち残った奇跡。

 それは、多くの人達が、自分たちに出来る最善を尽くした努力が結実したもの。


 人々は後に、こう語るようになる。

 あの日、サイフォリアの街が戦い、勝利を掴んだのだと──

 



 からん、と乾いた金属音が鳴る。

 それは、勇者だったリアが、聖剣を手から落とした音だった。


「リア、大丈夫か!」


 俺はリアに駆け寄って、その体を抱きしめた。


「お兄ちゃん、私……」


 リアの体は震えていた。

 先ほどまで、人々の勇気を集め、巨悪を倒した正義の勇者だったとは、とても思えないぐらい、華奢きゃしゃな体だった。


「よく頑張ったな。お前は、よくやったよ」


「違うの、お兄ちゃん……。私、ついに、人を……。この手で……」


 なんだ、そんなことか。

 思わず口に出そうになった言葉を飲み込む。

 いま、腕の中にいるのは、平和なリンデン村に置いてきたのと同じ妹なのだ。

 文字通り恐れを知らない勇者ではない。


「パーシェンはすでに使徒になっていた。お前が倒したのは、人じゃない」


「でも、お兄ちゃん、さっきパーシェンを……」


「それにな、ほら。見てみろ」


 俺は、リアの肩をつかんで、リアの向きをくるっと変えた。

 リアの眼前には、サイフォリアの街が広がっている。

 街の人たちが、一斉にリアに向けて手を振っていた。


「あの街は、お前が守ったんだ。ちょっとは胸を張れよ、勇者様」


「ちょっと、お兄ちゃん。なにそれ勇者様って。なんかよそよそしくない?」


 リアはそう言って、くすりと笑った。


「今度は誉めてるんだ」


「じゃあ、前のは褒めてなかったんだ」


「泣き虫のリアが、言うようになったじゃないか」


「あー、そういうこと言う。何年前の話だと思ってるの?」


「俺にとっては、つい最近さ。むしろ、勇者のリアのほうが、新鮮で驚きだった」


 俺の言葉に何か思うところがあったのか、リアは少しだけうつむいて黙った。

 そして、どこか独白するような感じで、俺に聞いた。


「ねえ、どうして私が勇者になったのかな」


「……さあな。女神モルガナリア様が、リアが適任だって思ったんだろ」


「私、ずっと怖かったの。いつか、自分が大きな過ちを犯すんじゃないかって。ずっと怖かった」


「リアなら大丈夫さ。リアには、誰にも負けない勇気がある」


「本当は私、勇気なんて無い。なんで自分が勇者なんてやってるのかも分からない。本当の私は、気が弱くて泣き虫な、村娘のリアのままなの」


「知ってるよ」


「いまでも心の奥底では、お兄ちゃんが助かるなら、他の人はどうでもいいと思ってる。なのに、なんで。あの人達は、勇者なんかに手を振るのかな。本当のリアは、臆病おくびょうで、薄情者なのに……」


「そんなの簡単さ。リアの知らないリアが、優しくて、勇気のある、他人想いの少女だからだよ」


「やめてよ……。そんなの、慰めにもならないよ。私は、お兄ちゃんと、村の皆と、いつまでも平和に暮らしていたかっただけ。その暮らしを追い求めてただけなの」


 そう言って、リアは小さくうなだれた。


 誰よりも強い勇者は、けれど、勇者で在ることを望んでいない。

 ”何者か”になれたはずの人物が、手に入らないものを求めている。

 その姿が、酷く奇妙だった。


「リア、ごめんな。それでも兄ちゃんは村には戻らない」


「うん、知ってるよ。魔王に呪われた女の子を助けるんでしょ。パーシェンは倒したけど、これで魔王を討伐できたわけじゃないだろうし」


 俺たちは確かに魔王と一体化したパーシェンを倒した。

 だが、あれで魔王を完全に滅ぼせるのであれば、歴代の勇者がとっくに魔王を完全消滅させているだろう。

 まだ、魔王との戦いは終わっていないと、俺たちは確信していた。


「それもそうなんだけど、たとえ魔王を倒しても、俺は旅を続けるかな」


「どうして? お兄ちゃん、英雄になりたいんでしょ。魔王を倒したら、夢が叶うじゃん。というか、この街を守った時点で、ある程度は願いが叶ってるし」


「それは、そうなんだけどさ……。最近、思うんだ。以前の俺は、何者かになりたかった。何者にもなれない自分を嘆いたりもした。けれども、そうじゃないのかもしれないって」


「どういうこと?」


「誰もが、それなりの人生を送っていて、けれども、どうしようもない絶望も抱えている。光と闇、両方を持ってるのが人間なんじゃないかって。だから、きっと俺たちは、何者かになりたいんじゃなくて、何者にもなれなかった自分を認めてあげる方法を探してるんじゃないかなって、そう思うんだ」


「なにそれ。ふわっとしていて、よくわからないよ」


「俺もよく分からなくなってきた。だけど、旅を続ければ、何か分かりそうな気がするんだ」


「はいはい。よくわからないけど、お兄ちゃんは何を言っても止まらないってことだけは分かりました」


「分かってくれて嬉しいよ。ひとまず、今日は帰ろう。俺たちには、仲間がいるんだから」


「……うん!」


 そうして、戦いを終えた俺たちは、仲間のもとに帰っていった。



 何者にもなれなかった人間は、手に入らなかったものを追い求めながら、残りの人生をみじめに生きていくしかないのだろうか。

 その答えを探す、長い旅路は終わらない。


 けれど、もし。

 たとえ望んだ全てが手に入らなくとも、愛する心があれば、人は──



 街への帰路の最中。

 リアが、振り返って朗らかに笑った。


「そうだ、お兄ちゃん。ありがとね。私を、守ってくれて」


「何を言ってるんだ。お兄ちゃんなんだから、妹を守るのは当たり前だろ」



──人は宿命を克服し、救いを求めて手を伸ばす必要もなくなるのだ。


 ただの妹が、ただの兄に救われるように。



/ 4章 白光の勇者はすくわれない・完





【作者からのお知らせ】

 本作をここまでご愛読していただき、ありがとうございます。

 私事で恐縮ですが、引っ越すことになりまして、その都合で近いうちにインターネットが止まるので、継続した投稿が物理的に不可能となりました。

 話の途中で更新が止まるのも申し訳ないので、ちょうどいい区切りのところで、ひとまず投稿を休止させていただきます。

 勝手な話で申し訳ないのですが、労働が全部悪いんだよ。


 本編は6月の中旬ごろの再開を予定しています。

 作者としても、ここから先が本当に書きたかったところですので、エターなるつもりはありません。気長にお待ちいただければ幸いです。

 今後とも、カイの怪々冒険譚をよろしくおねがいします。


 なお、このメッセージは更新再開とともに、手動的に消滅する。

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カイの怪々冒険譚~ハズレスキル<装備変更>の荷物持ち、ダンジョンの奥で見捨てられるが魔族に拾われて最強になる~ 炙りサーモン次郎 @GrilledSalmonII

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