108話 光と闇と


 プリセアの一言は、パーシェンの逆鱗だったのだろう。

 怒髪天どはってんといった様子で、パーシェンは怒り狂っていた。


 そう、


「絶対に許しませんよ、プリセア! まずはあなたを血祭りにして……あげま……」


 街のほうに向かって手を伸ばしたパーシェンの動きが止まる。

 驚きの表情を浮かべたパーシェンの背後に、得意顔の魔族がいた。


「あははっ。かっこわる~い。ねえ、今どんな気持ち? 長年の悲願を叶えるために勇者たちを裏切ったはずなのに、指一本動かせなくなるのは、どんな気持ち?」


 それは、怒りの感情を糧とする、メルカディアだ。


「真祖の姫よ。これはいったい、どういうことだ……! 我を裏切るというのか?」


「プークスクス。あんた、バカぁ? 裏切るもなにも、魔族って、そういう生き物じゃないの。怒った? ねえ、怒った?」


「まずい、魔力のリンクが切れる……パーシェンよ、残った魔力で、再び契約の儀式を行うのだ! さもないと、負け……」


 魔王としての言葉が、次第にかすれていく。

 パーシェンがまとっていた、黒い霧の衣が四散する。

 それと同時に、宙に浮いていたパーシェンが落下を始めた。


「う、うわああぁぁぁっ!!」


 転移魔術が使えることを失念しているのか、パーシェンは情けない声を上げて地面に落ちた。


「い、今のは……?」


 俺が思わず口にした疑問に答えたのは、聖女のプリセアだった。


「絶望の感情が怒りで上書きされて、魔王との魔力の繋がりが切れたんだよ。お兄さんが面白くないギャグで恥をかいたのも、無駄じゃなかったね。まさか、あの魔族が協力してくれるのは計算外だったけど」


 結果的には協力してくれた形になるが、メルカディアはたぶん好き放題やっただけだと思う。


「じゃあ、今はただのパーシェンに戻ったってことか……」


「うん、トドメを刺すなら、今だよ!」


 地面に落ちたパーシェンは、そのまま何もせずうずくまっている。

 プリセアに言われ、俺は剣を構えてパーシェンにゆっくりと近づいた。


「来るな」


 そんな俺に、パーシェンが鋭い眼光を向ける。


「いまさら、脅しが通じる間柄だと思うか?」


「通じると思っています。なにせ、街の人たち全員を人質に取っているのですから」


「……どういうことだ?」


 ちらりと街の様子をうかがう。

 街におかしな様子はない。

 パーシェンが放った黒閃、<すごい黒いビーム>のせいで一部が壊滅状態だが、それ以外は何も起きてなさそうだ。


「私はいま、最後の力を振り絞って高密度の魔力を練りました。ですが、この魔力を魔王と再契約するために使うか、それとも街を壊滅させるために使うか……それは、私次第です。ヘタに動けば、街を道連れにしますよ」


「くだらない脅しだな。どちらにせよ、術を発動させるまえにお前を止めればいい」


「ですが、あなたは一瞬、迷った。なぜならあなたは人間だから。そして、その一瞬の迷いが命取りだ! 街ごと死ね、カイ・リンデンドルフッ!!」


 パーシェンの手元に、黒い光が収束する。

 その瞬間、パーシェンめがけて巨大な剣が振り下ろされた。


「大剣スキル、<大車輪>!!」


 それは、パーシェンの黒閃が直撃したはずの、大剣のフェリクスだった。

 パーシェンは突然の乱入者の斬撃をかわして叫ぶ。


「バカな、フェリクスッ! なぜあなたが生きているのですか!」


「困ったものだな、パーシェン! 俺の”天啓”スキルを忘れたのか? まったく、大賢者が聞いて呆れるな! 俺の”天啓”スキルは<根性>! どんな致死攻撃だろうと、体力が残っていれば、気合いで1回だけ耐えられるスキルだぞ!」


「いや、もうこの男は無視してよい! <魔法闘気>のある私であれば、あなたの攻撃など恐れるに足らず! 本来ならば避ける必要も無かった!」


「ではここで効果の宣言だ! 俺の<蒼剣ツヴァイキャリバー>は、戦闘中に攻撃をすればするほど、威力の上がる魔剣だ。そして、<大襲撃スタンピード>からの連戦で、俺は何回この剣を振ったと思う? お前を倒すほどの威力は、すでにそろっているぞ!」


「フェリクスッ! あなたの狙い、読めましたっ! そのハッタリの隙に、カイ・リンデンドルフを近寄らせるつもりですねっ! その手には乗りません! やはり攻撃するべきは、カイッ!」


 そして、パーシェンは俺を見た。

 確かに俺は、パーシェンめがけて走っていた。


 けれど、違う。


「パーシェン。お前は一瞬、迷った。なぜなら今のお前は人間だから。そして、その一瞬が命取りだ。<装備変更>で、俺の<魔法闘気>をありったけ乗せたぞ! フェリクスの大剣に!」


 フェリクスが、<魔法闘気>で強化された<蒼剣ツヴァイキャリバー>を、真っ直ぐに振り下ろす。


「パーシェン! 俺はお前に文句を言いたい! ここまでの凶行に至るまえに、なぜ仲間である俺たちに相談しなかった! 返答は地獄で聞く! 俺が行くまで、反省して待っていたまえっ!!」


 振り下ろされた大剣は、輝かしい光を放って、パーシェンを吹き飛ばした。


「ぐ、ぐわああぁぁぁぁっ!!!」



■□■□■□



 大剣のフェリクスの”天啓”スキル、<根性>。

 どんな致死攻撃だろうと、体力が残っていれば、気合いで1回だけ耐えられる。

 弱くは無いが、そこまで珍しくもない、Rレアの格付けのスキルだ。


 このスキルの欠点は、たとえスキルで致死攻撃に耐えたとしても、本人は瀕死状態となり、全く動けなくなること。

 1度だけ、死亡が戦闘不能にまで緩和される。

 その程度のスキルだ。


 だが、プリセアの<天使の息吹リジェネーション>と組み合わせると、この兄妹の間で強力なスキルコンボが成立する。


 死亡しない限り、自動で体力を回復する<天使の息吹リジェネーション>。

 それと、体力が残っていれば死なない<根性>。

 この2つが組み合わさると、フェリクスはどんな攻撃を受けても、立ち上がる。

 致死攻撃を受けた後、すぐにトドメを刺されない限り、何度でも復帰するのだ。

 戦うほどに威力があがる、<蒼剣ツヴァイキャリバー>を携えて。


 勇者リアが1発の火力が高い、短期決戦型のアタッカーであるのに対し。

 大剣のフェリクスは、長期戦で真価を発揮するアタッカーだ。


 大賢者パーシェンも、それは知っていた。

 だが、たかが人間だと侮っていたのだ。

 いや、例え侮ったとしても、魔王と意識が融合してさえいなければ、黒閃でフェリクスを戦闘不能にした時に、念のためにトドメを刺したに違いない。


 魔王としての力を手に入れたがゆえに、フェリクスの一撃を許したのだ。

 けれど。


「はぁ……、はぁ……。パーシェンはギリギリ間に合ったようだな……。まさか、攻撃と再契約、両方の魔術を並列で発動していたとは、この魔王の目でも見抜けなかった……。そして、知るがいい。<第二種指定幻想ラスト・アメイジア>……! 人間たちが折り重ねてきた物語の、その真価を!」


 パーシェンは再び、魔王化していた。

 黒い霧が、衣のようにパーシェンの体にまとわりついている。

 その体は、<魔法闘気>を帯びた武器の一撃を受けたはずなのに、無傷だった。


「勇者が魔王を倒す……。その伝説の力を逆転させて、加護とした。すなわち、”勇者でないと、魔王は倒せない”!! 今の我は、物語の力で守られている!!」


「ただのハッタリ……ってわけじゃ、なさそうだな」


 俺の<魔法闘気>を乗せたフェリクスの一撃は、いま出せる最大の火力だ。

 それが通用しないとなると、魔王パーシェンの話を信じるしかない。


 勇者でないと、魔王は倒せない。

 そういう法則が、今この場を支配している。


 けれど、勇者であるリアはいま──


「気づいたようだな。勇者はすでに力尽きている。ゆえに、お前たちが我を倒す手段は無い! 詰みなのだよ、人間諸君! さあ、集まれ、絶望の感情よ! そして我が魔力となるがいい!!」


 魔王パーシェンは高らかに両手を広げた。

 けれど、魔力が集まるどころか、魔王から魔力が抜けていくではないか。


「なっ、なんだこれは! なぜ、我から魔力が抜けていく!? 何が起きている!! ま、まさかっ!」


「いや、詰んだのは、魔王。あなたのほうよ」


 プリセアの声が<風精霊の花言葉>越しに届いた。

 声の後ろが、なんだかガヤガヤと騒がしい。

 どうやら、いつの間にか街まで戻っているようだ。


「それでは、現場から声をお届けしまーす」


 おちゃらけた様子のプリセアの声が途切れると、代わりに<風精霊の花言葉>から少女の声がした。


「あのっ、ゆーしゃさま、がんばってください!」


「私達には応援することしか出来ませんが、どうか負けないで!」


 その少女の母親らしき声が、それに続く。

 どこかで聞いたような声だと思って、すこしばかり考えてから気づく。

 そういえば、用水路に落ちた子供と、その母親の声だ。

 リアが勇者モードになって助けた、街の人だ。


「そうだ! 頑張れ勇者!」

「負けるな!」

「街を壊す、悪いやつをやっつけてくれ!」

「俺たちも、ここから応援してるぞ!」


 次々に、街の人達の声援が届く。

 その声を聞いて、魔王パーシェンの表情が次第に歪んでいく。

 トドメと言わんばかりに、プリセアが締めくくった。


「はい! というわけでー。この街に、絶望してる人なんて、どこにもいなくなっちゃったんだよね。ところでお兄さん、これ、誰の功績だと思う? もちろん、私じゃないよ」


「えっ……? どういうこと?」


 いきなり話を振られて、思わず素っ頓狂すっとんきょうな返事をしてしまった。


「直接話したほうが早いか。はい、どうぞ」


 プリセアに変わって出てきた声は、予想外の人物だった。


「カイ、聞こえるか? お前は、そこで戦っているのだろう?」


「冒険者ギルド長……ジェイコフ……さん……?」


「街の人々が勇気を持てば、街は救われると聖女から聞いた。だから、私のツテで、街中に声をかけたのだ。勇気を持って、困難に立ち向かおうと。私はお前のようには戦えない。けれど、それでも、私の出来ることをしたかった。お前を見ていたら、したくなった。たいしたことは、していないかもしれない。それでも……つい、やってしまったのだよ」


「ギルド長は……戦えなくなんか、ないですよ」


「そうだよー。ほら、私はこの街の知り合いなんて全然いないからね。この街で培った、強いコネ。それも立派な武器だと思うよ」


 聖女の愉快そうな声が、こちらまで届く。

 対する魔王は、魔力が供給できずに、苦しそうにしている。


 この戦い、誰のおかげで勝てるのは分からないが。

 少なくとも、ギルド長の奮闘が、何かを変えたのは確かだ。



 そして俺は見た。


 力尽きたはずのリアの体が、淡く光っているのを。

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