092話 地下室


 モーゼスは自身の放った矢の爆風で爆発四散した。


 思った通りだ。

 モーゼスの”天啓”スキル、<爆弾魔ばくだんま>はモーゼス自身にもダメージが入る。


 だからあいつは、<爆弾魔の大砲ボマー・カノン>を使う時、一度瓦礫がれきを手放してから爆発を起こしていたんだ。


「やっつけた……んでしょうか」


 ラミリィが心配そうに言った。


「いや、まだわからない。使徒は体の一部が残っていれば、再生するからな」


 それに、さきほどの戦いで少し気になるところがある。

 なぜモーゼスは破壊された小屋から離れようとしなかったのか。


 モーゼスの能力は遠距離攻撃向きだ。

 あいつが生まれ育ったこの街で逃げ回りながら戦えば、地の利はあいつのほうにがあった。


「のう、カイ。この瓦礫がれきの山、もしかしたらモーゼスのほうにも利するかもしれんぞ」


 ロリーナもどうやら、似たようなことを考えていたようだ。

 俺はロリーナの発言に首肯する。


「ああ。この瓦礫の下に体の一部を潜ませているかもしれない。それに、あいつは何かそれ以外の秘密をここに隠している気がする」


 モーゼスが小屋から離れなかった理由。

 それは、俺たちにこの小屋を調べられると問題があったからではないか。


「何かって、なんですか?」


 ラミリィが首をかしげる。


「いや、それは俺も分からないよ。あいつにとって知られたくない何かだろうけど」


「じゃあ、壊しても問題ないってことですよね、皆さん下がってください! <早打ち連射・一斉攻撃>!!」


 ラミリィは俺たちが下がるとすぐに、瓦礫がれきを吹っ飛ばした。

 いや、吹っ飛ばしたというより、木端微塵こっぱみじんにしたと言ったほうが正しいか。


「これはまた、ハデにいったね……」


「えへへ。これなら使徒の体の一部が残っていても、消し飛ばせたはずですよ!」


 最近分かりかけてきたんだけど、ラミリィって結構ガサツなところあるな?


「ラミリィ……瓦礫がれきの下に隠してたのが貴重な証拠だった可能性もあるのじゃぞ。もう少し慎重にじゃな……」


 言おうか迷っていたことを、ロリーナが変わりに言ってくれた。


「あっ、そういえばそうですね! ごめんなさい!」


 ラミリィは申し訳無さそうに頭を下げる。

 もしかしたらラミリィは、自分も貢献こうけんしようと頑張ってるだけなのかもしれないな。


「頑張ろうって気持ちは嬉しいよ。それに、今回はあながち失敗じゃなかったみたいだ。ほら、見てみなよ」


 俺は砂煙が晴れた地面を指さした。

 そこには、地下へと続く石の階段がむき出しになっていた。


「これは……階段ですね!」


「ああ。きっとモーゼスが隠したかったものが、この先にある」


 何が待ち受けているかは分からない。

 先へと進む前に、俺は気絶していたリアの様子をうかがった。


「リア、大丈夫か?」


 リアはゆっくりと体を起こした。


「うん、プリセアの魔術もあるし、ほとんど回復したよ。ごめんね、お兄ちゃん。大事な戦いですぐに気絶しちゃって」


「気にするなよ。無事でなによりだ」


 リアは立ち上がり、自分の聖剣を拾った。

 どうやら体は大丈夫ならしい。

 リアに治癒魔術をかけていたプリセアも、平気そうな顔をしている。


「全員、まだ戦えそうだな。警戒しながら地下に突入しよう」


 そうして俺が地下へと続く階段に足を踏みかけた時だった。


「待って、お兄ちゃん!」


 リアが慌てながら俺を制止した。


「どうした、敵か!?」


「あー、いや、そうじゃないんだけどさ……」


 そう言うリアは妙に歯切れが悪い。

 キョロキョロと、目が泳いでいる。


 知ってるぞ。

 こういうときのリアは、何か気まずいことがある。


「皆の命にも関わる。正直に教えてくれ」


「あー、うん。そうなんだけどさ……、わかってる。だけど、これは仕方のないことだってのも、わかってほしいんだけど……」


「リア、今は時間が無い。地下でモーゼスが再生してるかもしれないんだ。単刀直入に言ってくれ」



「おしっこ行きたい」



「え? なんだって?」


 思わず聞き返してしまった。

 そんな俺をリアはにらみつけた。


「だから、おしっこ行きたいの! 生理現象だから、しょうがないじゃん!」


「えっと、うん。わかるんだけど、今俺達は必死に戦ってるところでな?」


「私だって必死に我慢してたもん! でももう限界なの! 朝からずっと勇者モードだったし、その後はトラブル続きだったしで、トイレ行く暇なんて全然なかったんだからね!」


 人から頼まれると勇者としての行動をしてしまう、リアの勇者モード。

 どうやらそれは、トイレよりも勇者的行為を優先するようだ。


 困った。

 リアは貴重な戦力だが、ここで「漏らすまで我慢してくれ」なんて言った日には、俺は女性陣からの信用を失ってしまう。


 だが、少しでも早く地下の様子を確認したいのも事実だ。


「分かった、俺たちは先に地下に行ってるから、手短に済ませてこい。プリセア、リアに付いていってくれないか。また勇者モードを悪用されたらたまったもんじゃないしな」


「わかったよ、お兄さん。お兄さんのほうも、気をつけてね」


 そうして勇者と聖女が一時的にいなくなり、俺たちは3人と1匹で地下に向かうことになった。



■□■□■□



 気を張りながら、俺たちは地下へと続く階段を降りる。

 その先には、ひんやりとした薄暗い地下室が広がっていた。


 てっきり、地下水路にでも繋がっているものだと思っていたので驚いた。


 地下室には、大量の書類が山積みにされていた。

 なかには、色あせてほこりをかぶっているものもある。


「地下室……ですね。何か紙がいっぱいあります」


「ふむ、なにやら取引の記録などが書かれてるようじゃな。分かってきたぞ、これは裏帳簿というやつじゃ」


「裏帳簿?」


「そうじゃな……簡単に言えば、モーゼスがこれまでに行ってきた不正の証拠じゃ」


 ロリーナはそう言って、地下室に置かれていた書類の1枚を拾った。


「じゃあ、これを公開すれば、街の人たちに議長の悪事が伝わるんですね!」


 そう言ってラミリィも書類を触ろうとする。

 だが、それをロリーナが止めた。


「触るでない。妾があやつなら、この地下室に爆弾を仕掛ける。興味を持って触ったときに爆発するようにのう。いわゆる、ブービートラップというやつじゃ」


「で、でもロリーナさんは触って……」


「ん? むしろ妾が積極的に触るべきじゃろ。ほら、妾はアレじゃし」


 不死身の肉体となる呪いをかけられているロリーナ。

 情けない話だ。

 俺はその呪いを解きたいのに、その呪いに助けられてばかりいる。


「ロリーナ、ごめん」


「カイ、そんな顔をするでない。それに妾も、助けを待つだけの悲劇のお姫様ヒロインを気取るつもりなど毛頭ないからの」


 ロリーナはそう言いながら、山積みにされた書類を叩いて回る。

 爆発は起きず、かわりにほこりが舞った。


「気をつけたほうがいい。モーゼスがまだ生きてるなら、この地下室で物陰に隠れて反撃のチャンスをうかがってるはずだ」


「そうしてるつもりじゃ。妾とて、できれば死にたくはないからのう。うむ? これは……」


 ロリーナはひとつの書類に目を留め、手に取った。


「何かあったのか?」


「うむ、あったというか……無くなったのが分かったというか……。そうじゃな、簡潔に言うぞ。この街には、かつては他にもダンジョンがあったようじゃ」


「サイフォリアの街のダンジョンは、<深碧しんぺきの樹海>だけじゃなかったのか……!」


 ロリーナは頷いて、手にしていた紙を俺たちに見せた。


「そのようじゃのう。これは冒険者ギルド向けの、ダンジョンの管理委任状の写しじゃ。きっと同じものが冒険者ギルドにもあるはずじゃな。じゃが、ここに記されているダンジョンは<深碧しんぺきの樹海>とは全く異なるものじゃ」


「つまり、過去にダンジョンが存在したが、誰かが踏破してダンジョンが消滅したってことか」


「うむ、そしてダンジョンを踏破したということは、ダンジョンメダルが手に入ったということ。もしかしたら、<深碧しんぺきの樹海>を破壊せずともダンジョンメダルが見つかるやもしれぬぞ!」


「えっと、あたしよくわかってないんですが! つまり、過去に誰かが破壊したダンジョンから採れたダンジョンメダルを使ってカイさんの<魔法闘気>を強化できるかもしれないってことですか?!」


「すごいぞラミリィ! ラミリィもちゃんと状況を理解してるんだな!」


「えへへ……。あれ、もしかしてあたし今、バカにされてます?」


 そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。


 ともかく、この街の生活基盤である<深碧しんぺきの樹海>を破壊せずにダンジョンメダルが手に入れられるのなら、多くの問題が解決する。


「モーゼスの消滅が確認できたら、消えたダンジョンから生み出されたダンジョンメダルを探そう!」


 俺が皆にそう呼びかけた時だった。

 山積みになった書物の裏側、物陰から声が聞こえてきた。


「ダンジョンメダルで<魔法闘気>が強化される……だと……。私は、そんな話は聞かなかった……。あの魔族、私をたばかっていたのか……?」


 それは、モーゼス議長の声だった。


「モーゼス、やはり生きていたか……」


 俺が物陰に声をかけると、書類を押し倒してモーゼス議長がい出てきた。

 まだ傷が癒えきっていない、上半身だけの姿だった。


「待て、降参だ……。負けを認める。お前たちの勝ちだ」

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