093話 ウィルバッド・モーゼス議長


 物陰に隠れていたモーゼスは、敗北を認めた。


「私の負けだ……。君たちの要求を飲もう。だから、命だけは助けてくれ」


 モーゼスはそう言ってこうべを下げた。


 驚いた。

 まさか、こんなにもあっさり負けを認めるとは思っていなかったからだ。


「そう言って、また何か企んでいるんじゃないか?」


 思わず聞き返してしまった。

 俺の問いかけに、モーゼスは正直に答える。


「そのつもりだった。君たちがこの地下室にやってくると同時に、大爆発を起こしてやろうとな……。だが、あの勇者、少女だと侮っていたが、なかなか抜け目のない女だ。自分たちは安全なところに離れて、部下に地下を調べさせるとは」


 どうやらモーゼスは俺たちが勇者の部下だと思っているらしい。

 完全な勘違いなのだが、訂正する必要は無いだろう。


 それに、モーゼスはリアが地下に降りてこないのを、モーゼスを警戒しているからだと思っているようだ。


 本当は、ちょっと用を足しにいってるだけなんだけどな!!


「それで、万策尽きたから降参ってわけか」


「そういう君は、何を考えているんだね? 勇者のことを話したら、顔色が変わったようだが」


 モーゼスは俺のわずかな表情の変化を目ざとく見抜いていたようだ。

 俺を問いただすように、まっすぐに見つめている。


 でも言いたくねえ~~。

 勇者の妹はただちょっとトイレに行きたくなったから外れてるだけなんですとか、この場で説明したくない。

 戦いの最中に勇者がトイレで外れただなんて知れたら、世間の笑いものだ。


 俺は兄として、リアの名誉を守る必要がある。


「お前には関係のないことだ」


 ガチで関係のないことなんで、話を進めませんか?


「カイ君、きみは本当にそれでいいのか? 天から授かった能力で人間の格が決まるような、そんな世界が許されると思うのか?」


 あっ、ダメだこいつ。

 いまの俺の動揺を、付け入る隙があると見て説得しにきやがった。


 もう正直にリアはトイレに行ってるだけだと説明しようか悩んでいると、モーゼスが言葉を続けた。


「君が万年Fランクの冒険者だったことは知っている。三下の冒険者から勇者に乗り換えて、多少はランクも上がっただろう。だが、君の立場は何も変わっていない。女神の与えた宿命に翻弄ほんろうされる、無力な人間のままだ」


「お前は何か勘違いをしているようだが、俺はリアの部下じゃない。俺がリアを守ってるんだ」


 主に名誉とか。


「カイ君。思い上がるな、騙されるな。君はの人間だ。自分が何者にもなれないと内心では気づいていながらも、それでも何者かになりたいと願い、もがく人間だ。その苦しみは、与えられた者ギフテッドたちには分からない。君のそばにいるのは、私のような人間であるべきだ」


 まずい。

 トイレに行ったリアが呑気に戻ってこないか気になって、話に集中できない。


「悪いが、お前の話が頭に入ってこない」


「私の話は聞くつもりがないということか。だが、冷静に考えてくれ。何者にもなれなかった人間が、手に入らなかったものを追い求めながら、残りの人生を浪費していく。これ以上にみじめなことがあろうか」


「立派なことを言ってるようだけど、そうじゃなくて……」


「私達は乗り越えねばならない。神に与えられし天啓を。宿命を! カイ君も、だからこそ魔族から力を借りて<魔法闘気>を身に着けたのではないのかっ!!」


 そこまでの覚悟があった訳じゃないんだけどな。


 そうして俺がどう答えたものか悩んでいた時。

 ラミリィが上半身のまま傷の癒えてないモーゼスに向けて弓を引き絞った。


「それ以上は止めてください。カイさんを、たぶらかさないでください」


 ラミリィの表情は真剣だ。

 どうしよう、リアがトイレに行ってるのを隠すか悩んでただけなんて言い出せない雰囲気になってきたぞ。


「ラミリィの言う通りじゃ。それに、掲げた大義が立派なら、それを成し遂げる過程でどんな悪虐をしてもよいわけではないのじゃぞ」


 ロリーナもシリアスな空気に乗っかってきた。

 待ってくれ、俺だけ気分がまだトイレに取り残されてる!


 モーゼスは説得が不可能だと悟ったのか、悔しそうな顔をした。


「もはやここまでか。だが、私はこの街の人々のことを思って行動していた。それだけは信じてほしい」


 そうしてモーゼスが再び頭を下げた時だった。

 薄ら寒い地下室に、さらに冷たい空気が立ち込めた。

 そして、モーゼスの背後に黒い霧が集まっていく。


「ずいぶんと苦戦しているようじゃないか、モーゼス。半端に<魔法闘気>を使おうとするから、そうなるのだ。諦めて私の軍門に降ったらどうだ?」


 冷たく響くその声に、トイレ気分だった俺の頭は一気に冷静になった。

 その声には聞き覚えがある。

 ロリーナに取り憑いていた、魔王の声だ。


「お前は、魔王!」


「カイ、まさか貴様がここまで生きながらえるとはな。だが、そういきりたつな。今、貴様の敵はこのモーゼスであろう?」


 そうして黒い霧で出来た人影は、モーゼスの耳元に近づいてささやいた。


「簡単な話だ、モーゼス。貴様が私に、力を貸してほしいと願うだけで、こいつらに絶望を与える力が手に入る」


「……本当に、使徒になればこいつらを倒せるのか?」


 モーゼスの言葉に、黒い人影がニヤリと笑ったような気がした。


「もちろんだとも。使徒と<魔法闘気>を覚えただけの人間には、絶対的な力量差があるからな」


「モーゼス、そいつの言うことに耳をかすな! 俺たちはこれまでに使徒を何人も倒してきた!」


 だが、モーゼスは場違いなほどに高笑いをあげる。


「くっくっくっ……。はぁーっはっはっはっ!」


「モーゼス!」


 そしてモーゼスは不敵に笑った。


「人間を舐めるなよ、魔の者よ。私がこれまで非道な手段を用いてきたのも、全てはこのサイフォリアの街のため。神にも魔族にも支配されない、新たな時代へと人類を導くためだっ!」


「ぐぬぬ……貴様、何をするつもりだっ!」


 魔王が悔しそうな声をあげる。

 モーゼスはそれを意に介せず、俺に語りかけた。


「カイ君、勝者である君にひとつ教えよう。さきほどのダンジョンメダルで<魔法闘気>が強化されるという話が本当ならば……君たちの他にも、ダンジョンメダルを求めている者がこの街にいる。大賢者パーシェンだ。あいつも自分の<魔法闘気>を強化するつもりだ」


 大賢者パーシェン。

 かつての勇者リアのパーティーメンバー。

 ここまで姿を表さない以上、そんな予感はしていた。


 魔族マーナリアからダンジョンメダルの話を聞いた時、あいつもその場にいた。

 あいつはいま、ダンジョンメダルを求めて奔走ほんそうしているのだろう。


「私は魔族から力を借りたが、魔族の下僕に成り下がるつもりはない。全ては人類の栄光のためだ。刮目かつもくせよ、私はウィルバッド・モーゼス議長だ!」


 モーゼスはそう叫ぶと、自分の胸に手を当てた。

 そのとたん、モーゼスの体が爆発する。


 爆風で地下室の書物が勢いよく散らばった。

 その後には、何も残らなかった。


 モーゼスは木端微塵こっぱみじんになって死んだのだ。

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