091話 モーゼスと天啓


 ウィルバッド・モーゼスは街の有力者であるモーゼス家の長男として生まれた。

 モーゼス家は代々政治家を輩出はいしゅつしており、ウィルバッド・モーゼスの父親もまたサイフォリアの街の政治を担う代議士だった。

 いずれはウィルバッド・モーゼスも、先祖たちと同じように政治家になると思われていた。


 そんな彼の人生が変わったのは、ウィルバッド・モーゼスが10歳になったとき。

 神から授かった”天啓”のスキルが、<爆弾魔ボマー>という不名誉なものだったのだ。


 政治家というのは、常に敵対する政党によって不条理におとしめられる人々である。

 モーゼス家の跡取りが<爆弾魔ボマー>という”天啓”を得たことは、どこからか情報が漏れて、あっという間にスキャンダルになった。

 ウィルバッド・モーゼスは、齢10歳にして街の悪い噂の標的になったのだ。


 さらに不幸なことに、父親は街のために私財を投じてモーゼス上水道を布設するなど多大な貢献をしてきた人気の政治家だが、同時に良い父親であるよりも良い政治家であることを選んだ人物だった。


 なんと父親は、ウィルバッド・モーゼスをかばうどころか、モーゼス家の評判を下げないために、次男を跡継ぎにすると発表したのだ。

 ウィルバッド・モーゼスはこれを酷い裏切りと受け取った。


 自分が何をしたというのだろうか。

 自分は善良に生きてきた。

 ただ偶然、<爆弾魔ボマー>などという”天啓”を手に入れてしまっただけだ。

 だというのに、人々はまるで自分が既に爆弾魔として罪を犯してしまったような扱いをする。


 そうして彼が絶望に打ちひしがれていると、どこからか声がする。

 声は彼に言った。


「かくあれかしと誰もが願うのであれば、いっそ彼らの望み通りになってしまえばどうだ?」


 聡明で、度胸があり、そして何よりも強い意志を持つ彼は、声に従って、自分の父と兄弟を暗殺した。

 そして先祖が残した遺産を利用してサイフォリアの街の議長にまで上り詰め、さらにはこの街の全てを掌握するまでに成り上がったのだ。


 そんな彼に罪悪感はない。

 自分に<爆弾魔ボマー>という能力を授けたのは神である。

 ならばどうして、その力を使って上手に生きようとするのが悪なのか。


 ウィルバッド・モーゼスは考える。

 女神モルガナリアが全知全能だと言うのなら、自分に”天啓”を授けた時点でこうなることは分かっていたはずだ。

 全ては天命だ。

 自分の行為が悪だというのなら、その罪は女神モルガナリアにあると。


 そんな思いもあって、父に見捨てられてから、彼は女神を信じなくなっていた。

 だいたい、”天啓”を使って人の役に立つよう教える神聖教団の最高神が、なぜ人間に<爆弾魔ボマー>などという能力を授けるのか。


 そして、摘発された魔族崇拝者たちが残した資料をたまたま目にした時に、彼は決意したのだ。


 この地に、人間のための楽園を作ろう。

 神も魔族も利用して、至高の国を築き上げるのだと。



■□■□■□



「このウィルバッド・モーゼスには叶えるべき理想がある! ”天啓”などという神のイタズラに惑わされず、誰もが幸せに暮らせる理想郷を作るのだ! カイ君、ハズレスキルに振り回された君ならば分かるのではないか!?」


 自らの生い立ちを語ったモーゼス議長は、俺に握手の手を差し伸べた。

 俺はその手を静かに見下した。


「そのためなら、殺人もいとわないってか?」


「それはいわゆるコラテラルダメージというものだ。大事の前には、必ず血が流れる。しかたのない犠牲なのだよ」


「バカバカしい。あんたは親兄弟を殺した罪を正当化したいだけだろ」


「これは手厳しいね。だが君も、自らが不遇な状況に置かれていると分かっているからこそ、魔族を頼って<魔法闘気>を身につけたのではないのかね? それとも、女神には全く恨みがないと、誓って言えるかね?」


「何も思っていないと言えば嘘になる。自分の無力さを何度も嘆いたことがある」


 もし、モーゼス議長が多くの人を傷つけた後でなければ。

 街角で、演説台に立ちながら今の話をしていたのなら、少しは印象も変わったかもしれない。

 けれどもこいつは対立する議員を殺害し、自分で対話の機会を放り捨てた。


 俺はモーゼス議長を睨みつけて、言葉を続ける。


「だけどな、どんなに自分の状況が悪くても、それは無関係の他人を傷つけていい理由にはならないんだよ。あんたは俺じゃなくて、あんたが殺したションショーニ議員と会話して、握手をするべきだったんだ」


 もしもモーゼス議長の話が真実から出たまことの言葉であるならば、不正なんてしなくても誰もがモーゼス議長を支持するはずなんだ。

 そうならなかったってことは、人々はモーゼス議長の言葉に嘘や偽りが混じっているって見抜いたってことなんだ。


「最後の忠告だ。本当に、私とともに来る気はないのか? かの大賢者も、勇者を見限って私の側についたのだぞ?」


「断る。俺は悪党の仲間になりたいわけじゃないんだよ」


「ならば死ぬしかないなっ!」


 どこに隠し持っていたのか、モーゼスはボウガンをいきなり俺に向けた。

 俺めがけてまっすぐに矢が放たれる。

 そして、その矢はおそらく爆弾に変えられている。


 けれど俺も、時間稼ぎはもう十分だ。


「残念だったな! 放たれた矢は、もうアイテムだぞ! <アイテムボックス>!」


 放たれた矢を、アイテムボックスにしまい込む。


「バカが! 無理にアイテムをしまうと、<アイテムボックス>が壊れるのを知らんのか!」


「壊れる? 何を言ってるんだ、それがいいんじゃないか。壊れるからこそ、カウンターになるんだ。<装備変更>!」


「何っ!?」


 モーゼスはとっさに勇者リアを見る。

 だが、リアは倒れたまま。


 モーゼスはいまの一瞬で、<装備変更>のスキルで仲間に<アイテムボックス>を渡したのに気づいたようだ。

 だが残念。

 渡したのはリアじゃない。


「ディーピー様だぜっ!」


 <アイテムボックス>を抱えたディーピーが、モーゼスの背後に立っていた。

 その<アイテムボックス>を突き破って、ボウガンの矢が放たれる。

 放たれた矢は、モーゼス議長に直撃し、大爆発を起こした。


「そんな、そんなバカなあぁぁぁぁっ!!!」


瓦礫がれきの合間をって、ディーピーに背後に回ってもらったんだ。勇者であるリアにばかり気を取られてた。それがお前の敗因だ」

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