062話 新たな戦いの幕開け


 説明の末、勇者パーティーの面々は俺が魔族の使徒ではないと納得してくれた。

 妬ましそうにこちらを見る大賢者パーシェン以外は。


 俺が使徒ではないと、魔族からもお墨付きをもらったのが大きいだろう。


「魔族の使徒っていうのはね、基本的にあるじとなる魔族の求める感情から逃れられないものなのよ~。例えば怒りの感情を糧とする魔族の使徒は、より怒るほうへと勝手に行動してしまうの」


「そういえば、メルカディアの使徒になったチーザイは、妙に怒りっぽくなっていたな」


「でしょ? だからカイちゃんがママの使徒なら、ずっと私の手元でオギャってるはずなのよ」


 完璧な理論だと感心していたのだが、妹のリアは頭を抱えていた。


「オギャり……? お兄ちゃんに、2人目のお母さんが出来た……? 会話が異次元すぎて私そろそろ頭がおかしくなりそう……」


 お子様にはまだ早い話だったか。




「ともかく、カイ君が正義の者であることは十分に理解した! ところでだ! 君たち魔族が悪しき者たちではないと、誰が保証する?」


 正義感の強い大剣のフェリクスが魔族たちに向かって言った。


「あんたバカァ? メルたちに人間の善悪を求めないでよね」


「なにっ!?」


 それに対して、メルカディアが挑発的に答える。

 再び緊張が走った。


「はい、そこまでよ~」


 剣呑な空気を破る、マーナリアのおっとりとした声が響く。

 そしてマーナリアは素早い動きでメルカディアを羽交い締めにして動きを封じた。


「ぐええぇぇっ!」


「ごめんなさいね。この子、隙があれば他人を怒らせようとする生き物なの。そしてさっきの答えは、誰にも保証できないとしか答えられないわ。だって、魔族の善悪なんて、感情を求めて行動した結果が、人間にも利益が出るかどうかでしか評価できないもの」


「ギブッ! ギブアップッ……! ゆ、ゆるして……!」


 苦しみ悶えるメルカディアを無視して、マーナリアは言葉を続けた。


「人間が大地を切り開いて田畑を耕すのは、自分たちが食べていくためでしょ? 人間の営みが大地にとって善か悪かなんて、そんなの誰にも分からないわ。それと同じよ。魔族は、魔族であることを止められないの」


「合点がいった! 人間にとって良い魔族と悪い魔族がいるわけだな! いや、都合が良いと言うべきか……」


「もちろん私は、だから魔族が人間に何をしても諦めて受け入れろなんて言うつもりはないわ」


 マーナリアは気まずそうにロリーナを見た。

 魔王に呪われ、絶望という糧を生み出す道具のように扱われている少女を。


「かわいそうだけど、私がその子にしてあげられることは何も無いわね。魔族の盟約って複雑なの……。だから、カイちゃんの戦いに加わることも出来ないわ」


 マーナリアが一緒に戦ってくれるなら頼もしかったが、そういうわけにもいかないらしい。


「よくわからないけど、ママがそう言うなら、そうなんだろうね」


「そうね、カイちゃんがママの使徒になるっていうのなら、匿ってあげられる。でもそうすると、そこの魔王に呪われた子は助けられなくなるわ。カイちゃんは、そんなの望まないでしょ?」


「もちろんだよ」


「だから、魔王はあなたたち人間の手で倒す必要があるわ」


 マーナリアの言葉に、俺は強くうなづいた。


「覚悟は出来てるよ。でも、どうやって魔王を倒せばいいか分からないんだ」


「それなら、ダンジョンメダルを集めなさい」


「ダンジョンメダル……? ダンジョンを踏破したときに出てくるっていう、メダルのこと?」


 ダンジョンメダルとは、ダンジョンの奥深くにいるボスであるダンジョンマスターを倒した時に出てくるアイテムだ。

 主な用途は、ダンジョンを攻略した冒険者であることの証明。


 ダンジョンはダンジョンマスターを倒すと消滅してしまい、証拠はダンジョンメダルしか残らない。

 ダンジョンメダルの入手はBランクへの昇進の条件の1つにもなっていたはずだ。

 Eランクの俺には、まだまだ先の話だが。


 でもその記念品が、魔王の撃破とどう繋がるのだろうか。


「ええ。詳しい話は抜きにするけど、ダンジョンは魔力を集めるために存在しているの。そしてダンジョンメダルはダンジョンが集めた魔力が詰まっている、いわばマナバッテリーなのよ」


「えっ、そんな話は聞いたことないよ!」


「人間には使えないように細工されてるのよ。でも、<魔法闘気>を使えるカイちゃんなら、その魔力を取り込めるの。ダンジョンメダルは、<魔法闘気>のレベルを上げるアイテムなのよ。そして十分にスキルレベルが上がった<魔法闘気>なら、魔王に通用するはずだわ」


「つまり俺たちはこれから、魔王を倒すためにダンジョンメダルを集めて<魔法闘気>をレベルアップさせていけばいいんだね!」


「そういうことよ~。まあ、これはカイちゃんが魔王を倒す方法であって、勇者に頼るとかなら話は変わってくるけどね~」


 勇者は魔族に対抗する力があるとされている。

 もちろんリアに力を借りることはあるだろう。

 けれど、敵が魔王だからとリアに全て丸投げするわけにはいかない。


 これは、俺の戦いなのだから。


「ダンジョンの踏破はAランク冒険者に成り上がるためにも必要だ! 光明が見えてきたぞ! やろう、みんな! 俺たちの当面の目標は、数々のダンジョンを攻略することだ!」


 俺の掛け声に、パーティーの仲間たちが応じる。


「はい、カイさん! あたし達の手で、ロリーナさんを助けましょう!」


「おぬしら、迷惑をかけるのう。……いや、ここは頼もしい仲間が出来て嬉しいと言うべきじゃな!」


「このところ苦戦続きの俺様だが、ダンジョンに巣食うザコ相手なら任せときな! あっ、これ、言ってて結構虚しいな……」


 そんな俺達の様子を、妹のリアは不安そうに見つめていた。


「やっぱりお兄ちゃん、また無茶するつもりなんだね?」


「ごめんな、リア。また心配をかけちゃうな」


「止めても無駄ってもう分かった。だからさ、私達<堅牢なる精霊の園アーセルトレイ>も協力するよ。皆もいいよね?」


 リアは振り返って勇者パーティーの面々を見た。


「ああ! もちろんだ!」


 即答してくれた大剣のフェリクスをはじめ、勇者パーティーの一同はリアの提案を承諾してくれた。

 ……大賢者パーシェンを除いては。



 こうして俺たちはロリーナの呪いの解き方こそ分からなかったが、魔王を倒すための具体的な方法を見つけ、さらに勇者パーティーの協力も得られることになった。


 強力な味方と、強大な敵。

 戦いはこれから、過酷なものとなっていくだろう。

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