061話 兄と妹
魔王の刺客として送り込まれた魔族。
その1人目は、まさかの母性派魔族のマーナリアだった。
「ママ、そうやって現れたってことは、俺の敵って思っていいんだよね?」
「ふふっ、ママが敵かどうかは、カイちゃんの心持ち次第ってところかしら」
マーナリアはからかうように微笑んだ。
その笑みの下に隠した本心は分からない。
「ちょっとお兄ちゃん! ママって何!?」
俺は慎重に言葉を選んで、マーナリアに答えた。
「……ママはいつだって、俺のママだよ」
「あら、嬉しい~。やっぱりカイちゃんは、カイちゃんね!」
マーナリアは嬉しそうに照れる。
いつだってマーナリアに感謝してきたのは本心だ。
「お兄ちゃん、正気に戻って! 私達のお母さんは、リンデン村にいるでしょ!」
展開についていけてない妹のリアが、逐一ツッコミを入れてくる。
「リア! 悪いけど俺は今、真面目な話をしてるんだ! 横から正論を言うのはやめてくれないか!」
「う……うわーん! おかーさーん!! おにーちゃんが、おかしくなっちゃってたー!!」
泣くな! こっちまで悲しくなるだろ!
リアに説明は必要だが、先に解決するべき問題はマーナリアだ。
マーナリアは<魔法闘気>の師匠でもある。
もし敵になったとしたら、果たして勝てるのか、俺に。
「ごめんね、カイちゃん。ママは古の契約に則って、カイちゃんと1度は戦わなきゃいけなくなっちゃったの」
マーナリアは申し訳無さそうに言った。
とりあえず、いまのところ敵意は感じない。
「でもママは、前に何があっても俺の味方って言ってくれたよね」
「そうよ。だからカイちゃん、ちょっとママのこと、えいって軽く小突いてみて?」
「えいっ」
コツン。
「や~ら~れ~た~」
秒殺だった。
マーナリアはあからさまに演技とわかる仕草で、なよなよと地面に倒れた。
「はい、これでもう魔王との契約は果たしたから、もうママはカイちゃんの敵じゃあないわよ~」
「そ、それでいいんだ……」
俺が呆然としていると、マーナリアはすかさず起き上がって抱きついてきた。
「カイちゃん、久しぶり~! あ、でもそんなに久しぶりでもないわね。でもでも~、カイちゃん本当に全然ママのこと呼んでくれないから、ママ寂しかったわ~」
マーナリアはそう言って俺の顔をグリグリと豊満な胸に沈めようとする。
言われてみれば確かに、最近は俺を送り出したマーナリアよりも、何かとちょっかいを出してくるメルカディアのほうが交流が多い。
もちろん、俺の中での評価は雲泥の差なのだけど。
そういえば、2人の魔族がこの場に集ってしまったけど、魔族同士って顔を合わせても大丈夫なものなのだろうか。
ケンカとかされたら、たまったものじゃないぞ。
恐る恐るメスガキ魔族の様子をうかがってみると、なんと予想外。
メルカディアはマーナリアに対して明らかに恐縮していた。
「あわわわわ……なんでクソ人間が七色大公の直系と親しげなのよ……! メル、もしかして、やんごとなき御方の使徒にちょっかい出しちゃったの……!? ひえー! お許しをー!」
どうやら魔族にも序列があるようで、メルカディアは傍から見ていて惨めなぐらい、マーナリアに対して下手に出ていた。
「もしかして、ママってすごい魔族なの?」
「ん~? やーねぇ。ちょっと長く生き残っちゃっただけよ~」
そう言うマーナリアは、どこか寂しそうだった。
ともかく現れた魔族たちは今すぐ人間を害する様子もないし、魔族同士で超越者バトルを始める感じでもない。
これは、ひとまずこの場を乗り切ったと言ってもいいだろう。
ところが、全然乗り切ってなかった。
「お兄ちゃん、どういうことか
冷静になったリアが、低い声で聞いてきた。
その手には立派な剣が握られている。
いつのまにか訓練用の剣から持ち替えていたようだ。
滅茶苦茶に警戒している。
人類最強の勇者様が、勇者の輝きとして伝わる白いオーラを輝かせながら、俺と魔族たちを思いっきり警戒している!
この様子だと「魔王に狙われたみたいだから、力を貸してくれ、妹よ!」なんて言っても聞いてもらえなさそうだ。
それどころか、こちらの返答次第では、手にした聖剣で襲いかかられても不思議ではない。
「さっき説明した通りなんだけどな。俺は魔族に操られていないし、使徒にもなっていない。こればかりは、信じてくれとしか言えないけどな」
俺の説得を聞いても、リアは不満そうにこちらを睨み続けている。
「だいたいさ、お兄ちゃんって自分のことを俺って言ってなかったよね。口調も違うし、なんか変」
「一人前の男が、自分のことを僕って呼んでたらカッコ悪いかなって……。口調も頑張って変えたんだぞ! たまーに地が出るけどさ!」
「そうやって
正論で殴るの止めて。
「ともかく、俺だって必死に生きてきたんだ! マーナリアの胸に飛び込んだのも、メルカディアの尻を叩いたのも、全部、理由があってのことなんだ!」
「お兄ちゃんはそういうこと言わない」
まさかの解釈違いかー。
リアの疑いは、どんどん強くなっているようだった。
無理もない。
そもそも、魔族と親しげに会話する人間なんてものが、普通ではないのだ。
「ねえ、もしあなたが本当にお兄ちゃんだって言うなら、私とお兄ちゃんしか知らないことを言ってみて」
そうして、勇者は俺を試すようなことを言ってきた。
真っ先に思い浮かんだのは、病に伏せていた母さんのために、2人で薬草を取りに行ったこと。
あの日、大剣使いの冒険者に助けてもらったことは、俺とリアだけの秘密だ。
実は当時の俺は改めてお礼が言いたくて、村の冒険者ギルドを訪ねたんだ。
けれども、そんな冒険者はこの村にはいないと言われてしまった。
だから不思議な話だけど、あの大剣使いの姿を見たものは、俺とリアだけなのだ。
だけど、俺は静かに首を横に振った。
「……言えないよ」
俺の返答を聞いて、いままで沈黙を保っていた大賢者パーシェンが嬉々として叫んだ。
「ほらみたことですか! 勇者様、やはりこの者は勇者様の兄上に化けた偽物! ここで成敗するべきです!」
「パーシェン、うるさい」
「す、すみませんでした!」
リアにたしなめられて、パーシェンはすぐに縮こまった。
その勇者リアは諦めたような感じで、ため息をついてから剣を鞘にしまった。
「認めたくなかったけど、やっぱりお兄ちゃんなんだね……」
「ごめんな、寂しい思いをさせちゃって」
俺はリアをそっと抱きしめた。
4年ぶりに触れたリアの体は、昔よりもずっと大きくなっていた。
周りの人達は、そんな俺達兄妹を不思議そうに見つめていた。
「そうか! そういうことなのだな、カイ君!」
最初に反応したのは大剣のフェリクス。
「本来であれば、勇者の素性を明かすことは御法度! 人類側であれば、そんなことは常識だ! だから、2人だけの秘密など明かせないのが正解! むしろここで何か懐かしいエピソードを語ったほうが、生き延びようとする人外の疑いが強まるということか!」
「で、ですがっ! 悪しき者が、そう思わせるために、あえて黙った可能性は残ります!」
大賢者パーシェンが悔しそうに反論する。
けれども、大賢者の話に同調する者はいなかった。
妹との思い出を語らず黙った場合のリスクは、他ならぬ大賢者が実証している。
「な、ならば! そもそも見た目だけ似せていて、本当に勇者様との思い出など知らないケースもありえます……!」
必死に弁論するパーシェンを、少女ロリーナが諌める。
「見苦しいぞ、小僧。カイは勇者との決闘で、妹の癖を利用して勝ったのじゃぞ。あの動きは、相手のことをよく知っておらんと出来ぬ動きじゃ。それにのう」
ロリーナの語気が柔らかくなる。
「4年ぶりの兄妹の再開に、あまり水を差すでない」
いつの間にか、リアは俺の胸の中で泣いていた。
「お兄ちゃん、私ね、ずっと心配だったんだからね? お兄ちゃんに何かあったらどうしようって。ずっと怖かったんだから……!」
そう言って泣きじゃくるリアは、最強の勇者なんかではなく、俺のよく知る臆病な妹だった。
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