第34話 準決勝
準決勝の準備が進む競技用フィールドを見渡し、魔術師はふうと一つ息をついた。
ペアのメイタロウは記者達をかわしきれず、まだフィールドにたどり着けていない。
ロドは先に人の波を抜け、競技用フィールドの前に立っていた。
四方を囲む客席の熱が、屋根のないドームから空へと高く抜けていく。
大会終盤まで来た試合の空気を、久しぶりに肌で感じた。
この大会のすべての勝負の結晶。それがもうすぐ世に示されようとしている。
そしてそのすべてが決まる前の凪の一時こそ、試合前の静寂そのものだ。
どこまで上っても、優勝するのはたった一人もしくは一組。勝負という一瞬がそれを分け、影の辛苦を涙に変えてしまう。
出自という金剛の糸、天性という不動の
ここに絶対はない。
長く続いた流れさえ、一つの勝利に動揺し干上がっていく。……どんな大きな流れであろうと。
競技場を包む青空を見上げて、ロドは一人ポツリと呟いた。
「世界のバランスを崩す、か……」
「ロド、改めてありがとう」
「え?」
ロドの独り言を切ったのは、遅れてやって来たメイタロウだった。
記者にもまれて乱れた襟元を正しながら、青年はニッと口角を上げて微笑む。
「僕が今ここにいるのは、間違いなく君のおかげだから」
ロドはこの街に来てから、一番驚いた表情をしてしまった。といってもちょっと目が見開いただけだが、ロドにとっては目一杯見開いた方だ。
気付かなかったのか、メイタロウはフィールドの向こうを見据えたまま言葉を続けた。
「君がいなければ、きっと先生とスオウと後悔する形で別れてた。……自分自身と向き合うことも出来ず、何も知らずに失くしてた」
穏やかに目を伏せる青年の向こうから、相手選手が入場してくる。
そこはもう、魔術による闘争の場所だった。
そしてその場所に、まっすぐ青年の声は響いた。
「行こう。今僕ができる全力で、君を助けるよ。……届くなら一番高い所へ。君の杖が行くべき場所まで」
準決勝第二試合。
ロド・メイタロウペア対フブキ・コガラシペア。
準決勝第一試合はすでにスオウ・セリーンペアがアマチュアに勝利している。
つまりこの試合で勝った方がプロと決勝を戦う権利を得る。会場はその勝者がどちらになるか、その行方を見守る人々でほぼ満席状態だった。
「フブキ……」
対戦相手であるフブキは、姿を現すや否やまさに鬼の形相でこちらを睨みつけ始めた。
水の組織の中で、アマチュアであるフブキにも当然咎めはなし。
事件当時会場から逃げ遅れて怪我を負い、うっすら同情を買ったこと以外は、何ら普段と変わらぬ日々を過ごしていただろう。
そして水の組織の中で彼だけはこの街に残り、大会出場を続行している。そりゃ表向きには欠場する理由なんてないのだから、試合から逃げようと思わない限り棄権はしないはずだ。
ロド・フェイデ・ルメギアという魔術師から逃げようと思わない限りは。
個人戦に出場していたプロは全て欠場を表明しているため、今大会の個人の部は不戦勝によりアマチュアが決勝へ進み、フブキの優勝が確定している。
つまり今はフブキがこの街で最強のアマチュアだということだ。
だが。
会場からどよめきが起こった。
フブキは構えた杖をロドの方に突き付け、そのまま彼女を睨み続けている。
会場の誰かが呟いた。
「一騎討ちだ」
そう、フブキがとった格好は、対戦相手に『一騎討ち』を申し込むときの宣戦布告の体勢だった。
ペア戦でたまたま名のある強者同士が当たってしまったとき、ペアのもう一方が一時的に試合を譲る形で個人戦が行われることがある。これが『一騎討ち』と呼ばれている。
あくまでペアの一方が譲ったときに限られる変則的な形だが、観客がこのドラマチックな展開を待っていることも多い。
かねてからこの街で最強アマとして通ってきたフブキと、ダークホースとして現れた旅の魔術師ロド。今大会本当の最強アマはどちらか。
噂の強者同士の決闘は、いつだって観衆の注目の的だ。
そして、
「おい、ルメギアが杖を掲げたぞ!」
「一騎討ちを了承したんだ!」
会場から歓声が上がった。
ロドは掲げた杖をすっと下ろして、フィールドに目を向けたままメイタロウにこう言った。
「ふう。メイタロウ、ちょっと待ってて」
そして彼女は一瞬面倒くさそうな顔をして……次の瞬間、何かを思いついたようにどこか楽しそうな笑みを浮かべた。
言うなれば無表情に近い表情の中にも、ちょっと悪い顔をしていた。
「?」
一体何をするつもりなのか。
頭に疑問符を浮かべるメイタロウと、フブキのパートナーのコガラシが一歩後ろに下がる。
ロドとフブキのパートナーである二人が、一騎討ちの開始を承知し、試合を譲った合図だ。
そして、試合開始のゴングが鳴った。
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