第18話 過去1

 スオウとセリーン。

 若きプロ魔術師ペアの試合は、準々決勝にして観客席を満席にした。やはりプロの試合が見られるとあって、彼らの試合は市民の注目の的になっていたのだ。


 そしてその試合の中身だが、……結果はスオウ達の圧勝だった。


 アマチュアである対戦相手との実力差を考えれば、秒で決着が着いても不思議な試合ではなかった。

 しかし、スオウはそうはしなかった。

 遊んでるな。というのがメイタロウの正直な感想だ。


 上から指示が出ていたのかもしれないが、まるで相手の術をわざわざ受けてやるように、試合はゆっくりと進んだ。

 わざと隙を見せて相手に術を出させて、自らが攻め手に回ったときは急所を避けて、試合を長引かせていたのだ。


 その証拠に、試合時間はそれなりに長かったが、スオウ達のシルドには傷一つ付いていない。見ようによっては見ごたえのある試合だろうが、そうなるようにプロの側が仕向けていたのだ。


 しかしスオウの本当の実力を知るメイタロウからしてみれば、随分怠惰な試合だった。

 今日のレセプションパーティーに合わせて、プロの魔術を魅せる為の『演出』だったのかもしれない。


「彼らはあんなに頑張ってるのに……」


 目の前で繰り広げられる幼い魔術師達の大会を見ながら、メイタロウはため息を隠せなかった。


 そう、メイタロウはスオウ達の試合を見に行ってはいない。勝敗も人づてに聞いただけだ。

 見に行くまでもなく結果は予想できたし、プロになったスオウの試合を見たくないという気持ちが正直勝ったからだ。

 兄と弟の軋轢とかではない。プロの対外的戦略にまみれた試合の中心に立つスオウがなんだか……。


 というわけで今行われているのは大人の部の試合が終わった後に開かれる、子どもの部の試合だ。ロドもメイタロウのすぐ前の席で静かに勝敗を見守っている。

 子どもの部は大人の部より少し遅れて始まったため、まだ大会は序盤も序盤、予選の段階だ。

 そこにメイタロウの魔術教室の生徒達も参加している。


 普段はメイタロウにまったく容赦しない子ども達も、大会中は瞳をキラキラさせて、懸命に魔術に打ち込んでいる。

 プロの試合と比べるまでもない、一生懸命で、楽しそうだ。


 覚えたての魔術、響く応援の声。

 失敗する防御も、まぐれで飛んでいく攻撃も、試合でなければ生まれない。

 正直メイタロウが魔術教室で教えている座学の百倍いい経験になっているだろう。そう思うとちょっと寂しいけど。


「いい試合だったよ」

「先生、見に来てたの?」

「うん。うまく攻撃術が決まってたね、ラビィ」


 試合終わりに会場のロビーに出てきていた生徒達に、メイタロウは声をかけた。

 その中の一人、ラビィ……癖のある赤毛に大きな緑色の目をした七歳ほどの少女は、悔しそうに床に視線を落とす。


「結局負けちゃったけどね」

「勝ち負けがすべてじゃないよ」

「先生がそれを言うの?」

「うう……厳しい」


 日頃から実は魔術師として自信がないのを見透かされている。負けが決まった勝負を避けて、機を待つふりをしているのを。それを生徒達にも感づかれているのだ。

 そんなメイタロウに比べて、試合に負けた後のはずのラビィは、それでも顔を上げて言った。


「周りはみんな魔術学校に通ってる子ばっかりだったけど、あたし達もいい所まで行ったでしょ? 今日のために魔術の練習がんばってきたんだよ」


 それはメイタロウもよく知っている。

 貧しい子ども達には杖を買う余裕さえなく、魔術の練習ができる場所も決して多くはない。

 魔術なんて生活の足しにならないと親に反対され、火球でも飛ばそうものなら理解のない大人に練習場所を追い出され、それでも彼らは諦めなかった。

 休日や放課後を削って、懸命に魔術に打ち込んでいた。


 彼らの努力ではどうにもならない杖だけは、今大会に限り子ども達のために貸し出しが行われている。昔から学生魔術大会振興に熱を入れていたリン市長の計らいだ。

 しかしそんな計らいは、世界広しと言ってもこの街くらいだろう。


 貧富の差はそのまま魔術の環境に影響する。子ども達に魔術を教え始めて、改めてメイタロウが痛感したことだ。


 正直、普通学校に通う子ども達が魔術の才能を伸ばせない最大の原因だと思っている。胎児、またはごく幼少期に魔術の才能を認められなかっただけで、彼らは魔術と分断されてしまうのだ。


 しかし、


「『奇跡を起こしたその人』みたいに、あたし達も競技魔術に挑戦してみようと思ったの」


 ラビィは目を輝かせて言う。

 ロドが不思議そうに首をかしげた。


「奇跡を起こした、その人?」

「ああ、ロドも聞いたことがあるだろう? 三年前の、学生世界大会優勝者の話」


 世界学生競技魔術大会。

 世界中の十七歳以下の魔術師のための大会で、文字通り世界一の学生魔術師を決める大会だ。各国の学生魔術大会を勝ち抜いた精鋭の揃う、プロへの登竜門と言われている。

 優勝者は代々、導師院の首席魔術師となり活躍の場を与えられてきた。


 そしてその優勝者となる者は、というかこの学生世界大会の出場資格を得る者自体が、魔術学校の学生であることが常だった。普通学校に通う学生では、実力的にこの大会に手すら届かない。それが世界の常識だった。


 そんな大会で三年前、世界の常識をひっくり返して優勝を決めた普通学校の学生魔術師がいたのだ。


 当時、それは学生の魔術大会のこととは思えないほどの大ニュースになった。あまりに現実味がなさすぎて、優勝のニュース自体がデマだとか散々言われていた。

 それくらいあり得ない出来事だったのだ。まさに天地がひっくり返る事件だった。


 今の導師院の首席魔術師、イゼロ・シュタム・クライスは元々貧困層の出身であることで有名だが、同じ大会で優勝した彼でさえ魔術学校を卒業している。

 しかも三年前の大会には、そのイゼロと並ぶ実力を持つと言われる超優勝候補が参加していた。そんな実力者を破り、『その人』は奇跡の優勝を果たしたのだ。


 先程からラビィもメイタロウも『その人』なんて言い方をしているが、『その人』のことはそれ以外に言い表しようがない。


 『その人』のことは、世界中がこの奇跡に沸いたにも関わらず、あまり知られることはなかったからだ。

 何でも名前が複雑だったとかで、各メディアに間違えて掲載され、何度か訂正記事が出て混乱を招いたとか。それでいつの間にか、『奇跡を起こしたその人』なんて呼ばれ方をするようになったのだ。


「ふうん」


 ロドはあまり興味なさそうだが、『その人』の優勝は世界中の子ども達が魔術を始めるきっかけとなり、街には普通学校に通う子どものための魔術教室が次々と開設された。

 そして今、メイタロウもその魔術教室の講師となっている。


 優勝の真実や正体はともかく、『その人』はまさに世界の水面に一石を投じた魔術師だと言える。メイタロウなど及びもつかない、とにかくすごい存在だ。


「でも、先生もちゃんと魔術得意だったんだね」

「えっ」

「どうして大会に出るって言ってくれなかったの?」

「それは……」

「内緒で優勝して、みんなをびっくりさせるためだよ」

「ロド!」


 戸惑うメイタロウに代わって、ラビィの質問にはロドが答えてくれた。

 少女は得心がいったようにうなずく。


「先生見栄っぱりだからね」

「ま、待った。先生はただちょっと負けず嫌いなだけで、別に見栄っぱりでは、」


 メイタロウの言葉は無視して、子ども達はさっさと帰り支度を済ませてしまっていた。

 各々手を振って、さっさと会場を出ていこうとしている。


「今回は負けちゃったけど、また次の大会も出るよ。先生もがんばってね」

「ああ、待ってみんな。先生が送ってくよ」

「でも先生、車も持ってないのに」

「……一緒に帰るってこと。子どもだけで歩くような時間じゃないだろう?」


 日が暮れかかった街は、特にメイタロウの教え子達が住んでいるエリアは治安があまり良くない。集団とはいえ、子どもだけで歩かせるのは心もとなかった。

 まあ、同じく徒歩のメイタロウが付いていても安心感は薄いと思うけど。


「あたしも一緒に行くよ」

「ロド、いいのかい?」

「パーティーまで暇だからね」


 いつも表情が変わらない若き魔術師は、杖をぶらんぶらんしながらそう言う。

 こうして二人は、子ども達を送ってダウンタウンへと向かっていくこととなった。

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