第19話 過去2
「ねえねえ、ロドはいつから旅をしてるの?」
「うーん、いつからだったけ。五年前か、いや、そんなにしてないな。三年前からだったかな。うーん……」
取り巻く子ども達の質問に、表情の薄い若き魔術師は考え込む。
ロドとメイタロウ、そして帰路につくメイタロウの教え子達は、歩いて歩いて、ダウンタウンの中程まで来ていた。
途中まではメイタロウのおごりで路面電車やバスを使ったが、子ども達にはやはり試合会場までの交通費は痛い出費だろう。
そう聞くと彼らは、早朝から徒歩で会場まで行ったと言うのだから、メイタロウは驚いた。
彼らの競技魔術大会にかける情熱がそこまでとは。これは今まで魔術を教えてきた甲斐があるというものだ。
しかし同時に落胆もした。彼らの貧しさが、どこまでも彼らの競技魔術生命を脅かすことに。
思わず目を伏せたメイタロウとは反対に、子ども達は旅の魔術師・ロドに興味津々だ。
明らかにメイタロウより実力がある上に、物静かで不思議なオーラを纏ったロドのことが気になるのだろう。
「ねえねえ、何歳から魔術をやってるの?」
「何歳から……? うーん、七歳からのような気もするし、十四歳からだった気もする」
当の本人、ロドは子ども達の質問にどこか判然としない答えを返す。
適当に答えているわけではなく、本当に自分のことをはっきりと把握していないようだ。自分に無頓着、とでもいうのだろうか。
無頓着が過ぎて、ロドはダウンタウンの超安宿に宿泊している。安宿過ぎて「出る」だの何だの言われている宿に。
見かねたメイタロウは女性相手に気が引けたが、自分の家に泊まっていいと提案したくらいだ。母との二人暮らしで部屋も空いているからと。
その為うちの住所がバレて、大会開始当日にロドに引っ張られて行くことになったのだけど。まあそのおかげで今がある。
こんなふうに、教え子達と一緒に大会の帰り道を歩くことになるなんて、数日前まで思いもしなかった。
ほとんどの子ども達の家は、メイタロウの住む中流家庭層の街から、さらにダウンタウンを越えた先にある。
大会会場のあるビル群から、川を挟んで対岸にある住宅街だ。住宅街といっても、この辺りはほとんどスラムとして認識されている。
かなり窮屈に、一戸ずつ壁の色も大きさも異なる雑多なアパートが並び、時々トタンを継いだような、ほとんど小屋と言っていい家も現れる。この景色こそが、ここが市の開発地区とは違う、かけ離れた生活をしている人々が住まう地域であることを物語っている。
ここに住む人々はまともな職を持たず、ほとんどがその日暮らしだ。
子ども達も学校に通う余裕のない子が多く、定期的に市の慈善団体が青空教室を開いている。そうでもしないと普通の教育にさえ手が届かない。
開発と発展を続けていくこの街で、ずっと前から取り残され続けている場所だ。
その場所で、子ども達はそれぞれの帰路についていく。
時間はもう夕暮れ。メイタロウとロドを危険な路地裏まで引き込みたくないのか、彼らは家の少し手前でさっさとメイタロウ達を置いて帰っていく。
最後に残った一人、ラビィもそうだった。
「ねえ、先生、あたしもここでいいよ」
「そんな、家の近くまで付いていくよ」
メイタロウ達を置いて路地を曲がろうとするラビィに、青年は首を振る。
メイタロウの教え子の中で、ラビィは他の子ども達より少し幼い。さすがに自分が危険だからと家の手前で目を離す訳にはいかなかた。
しかしそんなメイタロウに、ラビィは一瞬困ったように顔を曇らせた。
「ラビィ?」
結局家の近くまで付いていくことは許してくれたが、どうも様子がおかしい。いつもの明るさが消えて、黙り込んだままだ。
騒がしくなってきたのは、そんな彼女の家の前まで来てからだった。
アパートから離れて建つ戸建て。しかしこのスラムの例に漏れず、物置小屋ほどの大きさの、薄いトタン板が合わさったような家だった。
そしてその家の前で、おそらく近隣住民だろう人々が集まり、ヒソヒソと何か囁いているのだ。
「一体どうしたんですか?」
ラビィの家を囲む近隣住民の一人に、恐る恐るメイタロウは聞いた。
野次馬なのか、ラビィがこの家の子だと知らぬげなその人は、他人事のように腕組みして言った。
「この家の親父が人を殴って、警察に捕まったんだ。かみさんもどこかへ姿を消したらしい」
「え……」
声が漏れたのはメイタロウからだった。ラビィは目を見開いて押し黙ったまま、何も言わない。
その姿を見ながら、メイタロウはただ立ち尽くすしかなかった。
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