第16話 準決勝進出1

「炎海」


 フィールドが一面炎の海となる。

 業火が波のように高く上がった。


 これでは相手の術に阻まれてどんな術も出すことができない。

 こちらが術を出せずにいる間に、炎の熱がじりじりと、まるで溶かすようにシルドを蝕んでいく。


「フォールシールド!」


 押し寄せる炎の波に、水の防壁で耐えるのでいっぱいいっぱいだ。

 けれど絶え間なく流れる滝のシールドは、炎に触れている外側から恐ろしい勢いで蒸発していく。

 術者であるメイタロウも、流水の向こうから感じる熱気に汗が噴き出して止まらない。


 そのとなりでロドがしている顔は。


「…………」


 まったく追い詰められている者の顔ではない。


 そしていつものロドと何かが違う。

 時間をかけて、すごく丁寧に術を練っているような。そういえばこの人の得意な術とは一体何なのだろう。


 ふわりと、その場に風が吹いた気がした。

 メイタロウは瞬時に感じとっていた。


 ロドの魔力が、変わった。


 彼女の目の前に、小さな光球が出現する。

 まるで卵のような大きさの、小さな光球が。

 ロドが今まで使ってきた中で一番小さな魔術だ。あれで一体何を……。


 メイタロウが見ている先でその光の卵は大きく翼を広げた。

 そう、それは卵ではなく、


「鳥……」


 金色に輝く一羽の小鳥が、フィールドに姿を現したのだ。

 炎の波を裂いて飛ぶ、一羽の小さな鳥が。


 光のつぶてのようなそれは、どんなマグマが押し寄せても決して阻まれることはない。

 まるで意思を持っているかの如く炎の波を突っ切り、ただ真っすぐに飛んでいく。

 真っすぐに飛んでいけるのは、あの小鳥が相手の術よりずっと高純度な魔術である証だ。


 鳥は飛んでいく。


 相手のシルド。

 その破壊だけを目指して。


 炎の海という巨大な術を出していた相手は、それを防ぐ術を出す暇もなかった。


 最後に翼を大きくばたつかせて、小鳥は相対する者達のシルドを中心から破壊した。





 本戦三回戦を見事に突破して、二人はロビーで一息ついていた。

 今日の試合はもう終わり。

 先の勝利で、二人は準決勝進出が決まった。


 まだ試合が終わったばかりで、ロビーには行き交う人々が絶えない。その群れを眺めながら、唐突にロドが口を開いた。


「ありがとう、メイタロウ」

「え? 突然なんだい?」


 本当に突然のロドの言葉に、青年はまぶたをばたつかせた。

 ここで彼女にお礼を言われる理由が思いつかない。


「メイタロウの防御術のお陰で、『鳥の術』を出せたから。やっぱりすごい耐久力だね」


 メイタロウにはかまわず、ロドは自分の杖をもてあそびながらそう続けた。


 鳥の術というのか、あの魔術。なんだかそのまんまのネーミングだ。

 ロドでさえかなりの集中力を要し、発動まで時間がかかる大技。

 あんな術はプロの試合でさえ見たことがない。


 おそらくロドが自分で作り上げた『創作魔術』だろう。


 光や炎や水、それを越えて個人の想像やイメージみたいなものを魔術として形にするのはかなり難しい。

 例えば自分で想像した戦闘ロボットを現実世界の競技用フィールドに立たせるとか、巨大なおもちゃのぬいぐるみを戦わせるとか。


 しかし実際は、具現化できても風船とか綿とか、創作魔術は質量が小さくて攻撃に使えない、弱い術ばかりだ。

 巨大なものを想像したとしても、それに現実世界での『重さ』や『強度』を持たせることは至難の業となる。質量のない創作魔術はただのはりぼて、いわゆる幻術だ。


 イゼロ・シュタム・クライスくらい名の知れた魔術師なら隕石を創造し攻撃に使うというが、はっきり言って人間技ではない。世界の頂点に立つほんの一握りの魔術師にしかできない芸当だ。


 そして創作魔術の難しい点はもう一つ。

 質量あるものを具現化できたとしても、それに機動力を持たせることが困難なのだ。

 高速で動くものを想像するほど難度が上がる。


 しかしロドはそれを目の前でやってのけた。

 どんなに小さくても、相手の防壁を破壊するほどの速さと力を持ったあの鳥。

 この人は本当に何者なのか。


「ペアの部で攻撃術を使う側が自由に動けるってことは、相棒の防御術や判断力が特別に優れてるってことなんだよ」

「え?」


 聞き返すメイタロウの声にロドは気付いていないようだった。

 まあ聞き返さずとも、さっきのはきっとお世辞だろう。今褒められるべきなのはロド本人なのだから。


 セツガに気を取られていた新聞記者達も、もう彼女を放っておくまい。

 今も遠巻きに、先程の試合を観戦していた観客達がこっちを見て噂話をしている。

 嫌な噂話ではない。とぎれとぎれ聞こえる声は、ダークホースがどうとか、さっきの術を見たか、とか驚きと羨望に満ちたものだ。


 ほんとに、大会が始まる前はこんなの想像もしていなかった。このペアがこんなに注目の的になるなんて。


 メイタロウも、もう勝ちが奇跡だとは思わなくなっていた。

 昨日の夜ベッドに入る前も、いつものように負けをさらす想像に苦しめられることはなかった。

 無表情の相棒さえいれば、誰が相手でもなんだか勝てるような気がしたから。


 職を失くし、自信も砕かれてから毎晩聞いていたレコードは、今はもう聞いていない。明日の戦略を練っている間に夜が更けていくから。


 優勝。

 その言葉が頭に浮かんだ。


 いや待て。何をそんなおこがましいことを。

 それでもロドがいれば、それも不可能なことではない。そう思えた。


 こんな感覚は初めて……いや、久しぶりだ。


 そうだ。まるでとなりに……。


「おめでとう、兄貴」


 にやけながら考え事をしていたせいだろうか。

 聞き覚えのあるその声に、メイタロウはひっくり返るほど驚いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る