第15話 統率者3

「……水の組織?」

「ある儀式を使って、魔術師の魔力を無理矢理上げる組織のことだよ」

「ロド!」


 予想外の人から出た言葉に振り返る。そこにはさっきまでとは違う、今まで見たこともない険しい顔をしたロドがいた。

 

 市長も眉をひそめながら先を続ける。


「ええ。儀式によってある物質を魔術師の体に取り込ませることで、その魔術師の魔力を増大させる。『水の組織』は、それを金銭や政治的権限と引き換えに行っていた、世界的な組織よ」

「そういえば、なんか聞いたことがあるかも……」


 ある物質を使って人為的に魔力を高める儀式。

 それが一時、若い魔術師達の間で話題になった。


 いや実際に表立ってそういう儀式を行っている魔術師は誰も見たことがないし、一般の人々は魔力を上げる物質の正体やその取り込み方も知らなかった。だから、そんな儀式は存在しない。金を払ってでも魔力を上げたい魔術師を食い物にするデマだ、詐欺だと囁かれていた。


 しかし最近、プロの世界……導師院でその『儀式』が横行していることが明らかになって大問題になった。

 魔力を上げる物質と儀式は実在し、それを『闇の商売』として魔術師達に斡旋していたのも導師院だと暴かれたのだ。


 その闇の商売、闇の儀式を執り行っていた導師院のプロ達と、それを補助していた政治家やアマチュア魔術師、彼らは自らを『水の組織』と称し、儀式の安全性と適法性を唱えた。


 儀式はプロがプロとしてあり続けるため、プロの格を保つために行われていたという。

 アマチュア魔術師に、決して引けを取らないように。

 プロから降格になるのを恐れて、儀式を望んだ者もいるという。そしてそれは悪ではないと言うのだ。


 プロは勝ち続けなければプロではない。

 魔術の世界は勝利にこそ意味がある世界。


 そんな世界で、取り込むだけで魔力を手に入れられる物質があるとしたら、どんな魔術師でも喉から手が出るほど欲しがるだろう。それはメイタロウにも分からないでもない。


 しかし、あらゆる上手い話には必ず裏がある。


 最初は導師院によって隠蔽されていたが、後に『儀式』が魔術師の体にかなりの悪影響を及ぼすことが証明された。魔力を高める物質を手に入れるために、一般の人々が過酷な労働や環境汚染にさらされていることも。

 そしてその儀式の悪影響を証明した者は何故か情報漏洩の罪で世界的に指名手配されるなど、それは瞬く間に導師院の闇の深さを露見させる一大ニュースとなったのだ。


 この件はさすがに各国の権力者達をも動かした。

 首脳クラスの政治家達は、一部ではあるが導師院への非難を表明し、儀式の全面的な禁止と『水の組織』の解体を求めた。

 水の組織との繋がりの無いプロ達からも、儀式は本当の実力主義に反すると抗議の声が上がった。


 そんな中、リン市長もいち早く導師院への非難を表明し、独自に儀式の取締りを指示。さらに市内で行われる魔術大会への組織関係者の出場を禁止した。


 そして今大会の開催直前、脅迫状が届いたというのだ。

 『水の組織』を排除した魔術大会を開催した場合、必ず市長に報復すると。

 それも大会の開催中に。


 そこまで聞いたメイタロウは一気に青ざめた。


「そんな……! それならパーティーは中止にした方がいいんじゃ……。魔術師が集まるパーティーなんて、何が起こるか分かりませんよ!」

「私は大丈夫よ。メイは大会に集中なさい」


 市長は気丈に笑うが、青年は気が気ではない。大会開催から今まで暗殺の可能性があったのに、この人はその笑みを崩さなかったのか。

 だが今まで事件が起きていないということは、大会も終盤に差し掛かった今が一番危ないじゃないか。


 メイタロウが何か言いたげなのを察したのか、リンはさっさと側近達を集めると、


「じゃあ、パーティーでね!」


 と、手を上げて去っていってしまった。


「先生……」


 改めて、彼女が教育者から市長になったことを実感する。

 脅迫状のことを聞いても、メイタロウには見ていることしかできない。リンを取り巻くのは青年が首を突っ込むのを容易にしない、政治的な問題だ。ただの一般人である自分の、なんと弱いことか。


 儀式、水の組織……存在は知ってたけど、本当にそんなものがあるなんて。それが先生に脅迫状を送ってくるなんて。


「パーティー、出られるといいね」

「ロド?」


 黙り込んでいた青年の後ろでロドが呟やいた。その言葉に、メイタロウは思わず引き結んでいた唇を緩める。


「ああ、うん、そっか。明日勝てばパーティーに出られるのか」


 遠くからでも、せめて先生を見守れということだろうか。しかし彼女が口にしたのは、またも予想外の言葉だった。


「うん、きっとご馳走が出るよ」

「……そういう理由?」


 さっきまで険しい顔をしていたのに、今はもういつもの無表情に近い表情だ。勝利よりご馳走だなんて……本当につかみ所がない、この人は。


 でもロドの言った通りだ。

 パーティー。準決勝進出。それが今は手の届く場所にある。先生の話は正直ショックだったけど……。


「パーティー、行けるといいな」


 今日も試合でかなりの魔力を消費した。ロドの足を引っ張らないためにも、今は明日に向けて体を休めなければ。それがメイタロウにできる唯一のことだ。


「今日もほんとにありがとう、ロド。僕は、やっぱりこの通りだけど、明日もよろしく」

「……。うん、よろしくメイタロウ」


 会場を去るために手を上げて踵を返すと、ロドは少しだけ不思議そうな顔でこちらを見送っていた。





「わ、悪かったよ、兄貴!」


 ドンッと、壁に何かを叩き付ける音がした。

 そして叩き付けられた何者かの懇願も虚しく、その手は暗がりで躊躇いなく首根っこをつかむ。


「脅迫状などと、余計な真似をしてくれたな」

「ほんとにごめんよ兄貴。でもあいつに分からせてやるには……!」

「最早分からせるなどという温い段階ではないのだ」

「そ、それってまさか……」


 震える首根っこをつかんでいた手が外れた。

 暗がりでもその酷薄な唇が笑いの形を作るのを、弟は確かに見ていた。


「――時が来た。統治者とは、常に時勢を考えて動かねばならぬもの。あの女はこの街の市長に相応しくなかった。それだけのことだ」

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