3

「ジンはどこ?」


 そう声を出したのは翔だった。誰も答えない。誰もわからないのだ。


「この……霧の中にいるのかな」


 辺りを見ながら、祐希が言った。芽衣が声を上げる。


「でも変よ。いつもはちゃんとそばにいるのよ。それなのに、なぜ今回は――」


 前の夢も風変りだったよ、と耕太は思う。慎一兄さんがきちんと行先を思い描けなかったから、そんなことになったのか、それとも別に事情があったのか――。


 事情。ジンの側の事情が。


「ここは遊園地じゃない」


 不満そうに翔が言った。


「ごめんね」申し訳なさそうに祐希が言う。「ちゃんと――できる限り、遊園地を思い浮かべたんだけど……」


「あ、いや、祐希のせいじゃないよ」


「ともかく、ジンよ」芽衣が言った。「ジンを見つけなきゃ。ジンが見つからなかったら――私たち、どうやって夢の世界の外に出るの?」


 みんなが黙った。しんとした沈黙が五人を包んだ。耕太はひやりとした気分になった。たしかにそうだ、芽衣の言う通り。ジンがいなかったら――僕らはどうやって元の世界に戻るんだ?


 重苦しい空気が忍び寄り、また少しの間誰も何も言わなかった。やがて、祐希が口を開く。


「僕の夢なんだから、僕が起きればいいよ」

「起きるって――どうやって?」


 芽衣が祐希を見る。祐希は真面目な顔で言う。


「目を覚ます。なんとか頑張って」

「目、覚めてるじゃん!」


 翔が横から言った。


「でも本体は寝てるのかもしれない。元の世界ではさ、僕らがこう、庭に横になって――」

「寝てるの?」

「うん」


 耕太にはどうもよくわからなかった。いつもそんな風にして夢の中に行っていたのだろうか。それならば、帰ったときに、自分が倒れていることに気づきそうなものだ。けれども実際にはそんなことはなかった。普通に庭や部屋の中に立っていた。


「ともかく、ジンを探そうぜ!」


 きっぱりと翔が言った。「ジンー! どこなんだよー!」


 大きな声で呼びかける。けれども返事は何もなかった。


「歩いてみるか」


 慎一が言い、彼が先頭に立って歩き始めた。他の四人も慌ててついていく。耕太は辺りのもやが恐ろしかった。けれども特に害はないようであった。


 霧の中を歩くのに似ている。行くてはよく見えないが、自分の近くは見える。しばらく無言で歩いていると、驚くべきことが起きた。急に慎一が消えたのだ。


「兄さん!」


 祐希が驚いて声をあげる。そして言い終わると同時に祐希の姿も消えた。さっぱりと綺麗に消えたのだ。耕太は止まって、その光景を唖然と見ている。


「おい、二人ともどこに……」


 翔が動いた。と、間もなく、翔もまた消えてしまった。耕太は声を出すことができない。芽衣も静かだ。


 耕太の腕に、温かいものが触れた。芽衣だ。芽衣が、そっとこちらに身を寄せてきたのだ。その温かさにほっとする。頭が混乱し、恐怖が全身をつかんだけれど、そのぬくもりの部分だけ、安心感が広がっている。


「……芽衣」


 ようやく耕太は口を動かした。変にかすれた声だった。横を見ると、芽衣の視線とぶつかった。顔が至近距離にある。こんなに近づいたことがあるだろうか、と少し動揺した。


「……ああ、ごめんね。嫌だった? 腕をつかんだりして」


 芽衣の声もどこかおかしくて、不安そうだった。耕太は芽衣を見返し、できるならば元気づけてあげたい、という気持ちで言った。


「嫌じゃないよ」

「なら、いいけど」


 芽衣は離れる気はないようだった。二人は、どちらからともなく、歩きだした。


「……みんなどこに行っちゃったの」


 小さな声で、芽衣が言う。よかった、芽衣がいて、と耕太は思う。芽衣がいなかったら、一人だったら、本当に辛かった。きっと、一歩も歩けなかった。


「大丈夫だよ。そのうち会えるよ」


 自分に言い聞かせるように、耕太は言った。芽衣を励ますためでもあるけど、自分の気持ちを落ち着かせるため、という部分も大きい。


「私は……意外と怖がりなのよ。自分で言うのもなんだけど」


 芽衣の言葉に、耕太は茶化すように返事をした。


「そうなんだ」

「そうなの。実はとても繊細で、脆いところがあって……。って、その目は何? 信じてないの?」

「信じてるよ」


 耕太は笑う。芽衣はしっかりしてて、言いたいことをぽんぽん言って、自分からするとすごく強い女の子に見える。けれども――本人の言う通り、弱い部分もあるのだろう。


 僕が芽衣を守らなくちゃ。と耕太は思った。守るものがあると、少しは強くなれるような気がする。この僕が強いなんて。嘘みたいだけど。


 気持ちが落ち着いてきたのか、想像をめぐらすことが苦ではなくなってくる。これからどんなことが起こるんだろう。ひょっとしたら……このもやの中から、何か恐ろしい生き物が現れるのかな。僕は芽衣を守って、その生き物と戦い――いや、ひょっとしたら腰を抜かして役に立たないかも。


 そしたら、芽衣が僕に代わって戦って、僕を守ってくれるのかもしれない。

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