2
おばあさんは二人に気付いた様子がない。一つの曲が繰り返される。少したどたどしく。時にもつれ迷い、調子よく駆け出したと思ったら、ふと足を止めるように。何かを探しているように。もう二度と見つからない何かを。
耕太とジンは黙ったまま、曾祖父の部屋へと戻った。
――――
家に帰って昼食を食べる。それぞれが各自好きなことをしてくつろいでいる昼下がり、耕太は祖母の環の部屋へ足を向けた。
曾祖父について知りたくなったのだ。環は座椅子に座って本を読んでいた。そのそばでフカシギが伸びていた。
「あのさ、ひいおじいちゃんのことなんだけど……」
耕太は環の前に座る。フカシギをそっとなでてやる。フカシギは気持ちよさそうに目を細めた。すごくかわいいし、危険なとこなんてちっともない猫なんだけど、ジンは怖がるんだよな。
「ひいおじいちゃんが魔法使いって……ほんと?」
「ほんとよ」
答えはすぐに、大変あっさりと返ってきた。耕太はめんくらい、祖母の顔をまじまじと見た。環は、とても真面目な顔をしている。冗談を言っているようには見えない。
じゃあほんとに……と耕太は思う。いや。魔界があるって知ってるけど、魔法というものが存在することも知ってるけど、でも、ひいおじいちゃんが魔法使いだったというのはにわかには信じられない……。
「でも実際に魔法を使うところはほとんど見たことがないわ」
環の言葉に、耕太は合わせるように笑った。
「そ、そうなんだ! 僕も見たことない」
「父はね、あなたのひいおじいさんは、若かった頃に魔界の王子に会ったことがあるの」
……魔界の……王子……なんだか聞いたことがあるな、と耕太は思った。聞いたことがある、どころではない。魔界の王子が今、自分の身近にいる。この家に暮らしている。
「それは私が生まれる前、父が結婚する前のことだった。この家にね、魔界の王子がやってきて、一緒に暮らすことになったの」
「そ、そう……」
何と答えればいいものか、耕太にはわからない。ひょっとして……祖母はジンのことを知っているのだろうか。だからこんな話をするのだろうか。
「二人はとても仲良くなったの。でもその王子は王様にならないといけないから、魔界へ帰って行ったのよ。父にある贈り物を残してね。その贈り物は……まあ、秘密ね」
環がくすっと笑う。つられて耕太も、不器用に笑った。
「その……その王子だかは、その後ここに来ることはなかったの?」
「なかったみたいね。魔界での生活が忙しかったのかしら。王様になったのですもの」
「うん……」
曾祖父のことが、ますますわからなくなってきた。祖母の環のことも。環は涼しい顔をしている。耕太が混乱していることなど、まるで気にしていないようだ。
耕太は黙って、フカシギをなでた。
――――
はてなマークをいっぱいに抱えた状態で、耕太は祖母の部屋を後にした。座敷に行くと、そこにはジンと子どもたちが集まっていた。
「また夢の世界に行くぞー!」
元気よく、翔が言った。
「靴を持ってきて」
芽衣が言い、耕太は玄関へと向かう。戻ってきたときには、みんなは座敷の縁側の外、庭に立っていた。耕太も庭に出る。
「祐希兄さんの夢?」
耕太が尋ねると、祐希がうなずく。
「そう」
「今度はどこに……」
「遊園地!」
翔が張り切って答えた。耕太は少し苦笑した。
「それ、翔の希望だろ」
「そうだよ。祐希がどんな夢を見るか迷ってたからさ、俺が遊園地がいい! って言ったんだよ」
「祐希兄さんの希望は……」
「僕は行きたいところが思い浮かばなくてね」優しい顔で祐希が言った。「遊園地、そういえば最近行ってないし、いいかなって」
前回と同じ展開になってる、と耕太は思うのだった。
兄二人は末っ子に甘いよな。わがままをどんどん聞いちゃうし、それで翔もつけあがっちゃう。今回のことも……これがわがままなのか少し疑問があるけど、でも結局、翔の行きたいところばかり行ってるわけだし……。
いやいや。耕太は頭の中からそれらの考えを追い払った。また、翔に対してもやもやしてる。そういうのはやっぱりよろしくないよ。
遊園地のことを考えることにした。そういえば、たしかにもうずいぶん、遊園地に行ってない。なかなかよい選択であると思う。楽しみになってきた。
ジンが進み出て、みんながその周りに集まった。
――――
いつもの手順で、夢の世界に入る。が、そこから先はいつもと同じではなかった。
耕太は、自分がもやの中に立っていることに気づいた。近くしか見えない。遠くは乳白色の壁に閉じ込められいてる。
隣に芽衣がいる。反対側には翔。そして向かいには慎一と祐希。そこで、耕太はあることに気づいた。ジンがいないのだ。
見えるのは四人。自分を含めて五人。砂原家の四兄弟とそのいとこだけだ。ジンは――どこに行ったのだろう。
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