4
芽衣は、まだ耕太の腕に寄り添ったままだ。その温もりが嬉しく、もう少し、この状態が続いてもいいな、などと耕太は考え始めていた。
――――
ここは遊園地だぞ。翔は思った。
もやの中をみんなと歩いていた。はずだった。それなのにいつの間にか自分は座っている。
どこに座っているのかというと……ジェットコースターの中だ。ジェットコースターに着席し、出発を待っている。
コースターは翔の他にもまばらに乗客がいた。空は白っぽい灰色で冴えなかった。人々のはしゃぐ声が遠くから聞こえてきた。うん、なんだかしょぼいけど……ここはたしかに遊園地だな。
でも、他のみんなはどこに行ったんだ?
ゆっくりと、コースターが動き出す。がたりがたりと、いささか不安定だ。まだスピードも出してないのに。古いのかな、と翔は思う。
コースターが上っていく。くもり空が近づいていくように感じられる。ひんやりとした空気が翔の頬を包んだ。
やがて、頂点へ。そしてそこから急激な落下が――翔はあれ、と思った。恐竜がいるじゃないか。巨大な竜脚類がこちらに首を伸ばしている。空を舞うのは翼竜だ。いつの間にか、青空が広がっている。
森と草原。群れて移動する植物食の恐竜たち。飛び跳ねるように進む羽毛恐竜。そしてコースターのレールは……どこにもない。
翔は空中に放り出されてしまった。
――――
いつの間にかもやがなくなっていた。慎一は足を止めて、辺りを見まわす。
たしかにそこは遊園地だった。すぐそばにあるのはメリーゴーランド。遠くに見えるのは観覧車。何かのパビリオンのようなかわいらしい建物。行き交う人々。
けれどもどうしたわけか、一人ぼっちなのだ。きょうだいたちと芽衣は、どこに行ったのだろう。
慎一は歩き出した。空はくもっており、気分は優れなかった。周囲は賑やかだ。道を、木々や花、風船が彩る。空と対称的には、地上は色鮮やかだった。
歩きながら、ふと、ある少女のことを思い出した。ずっと好きだった女の子だ。仲良くしていたし、彼女もこちらのことが好きなのだと思っていた。でも……そうではなかった。
まあ、そういう勘違いはよくあることだな、と慎一は思った。ばかみたいだけど。うん、でも、自分はそういうばかみたいなところがある人間なんだ。いやいや、人間誰しも、ばかみたいなところがあるんじゃないか。
風船、多いな、と慎一は思った。あちこちに飾られている。数が増えているんじゃないかと思う。……いや、たしかに増えている。慎一の行くてを塞ぐように、色とりどりの風船が現れる。赤に黄色、緑にオレンジ、紫に青。
前方からピエロがやってきた。ピエロもまた、手に風船を持っている。慎一の横をすり抜けるように歩いていく。風船が、慎一の横を通った次の瞬間、それは空へと放たれた。
ピエロの持っていた風船が空へと上がっていく。他の風船もまた、いっせいに。空を埋め尽くさんばかりに。
――――
祐希もまた一人だった。そしてやはり、遊園地にいた。
カフェのテラス席にぽつねんと座っていた。いくつかのテーブルがあるが、祐希以外は誰もいない。テラス席だけでなく、その外にも、人の姿はなかった。
これは僕の夢だから、と祐希は思った。僕が目を覚ませば解決なんだよな。それにしてもどうしてこんな変なことになっちゃったんだろう。まあ、夢というのはいつも変てこなものだけど……。でも、耕太や翔は楽しい夢だったみたいなのに。
目を覚まそうと思う。けれどもそれは難しいものだということもわかっている。これは僕の夢……だけど、僕以外の力も入っている。ジンの力だ。彼の魔法で、夢が形になったんだ。だから、目覚めるにはジンが必要だ。
祐希は待った。ジンが、魔物が、やってくるのを。これは僕の夢。耕太や翔は、夢で望みのものを出すことができたと言っていた。だから僕が望めば――ジンはやってくるだろう。
祐希は目を閉じた。1、2、3……とゆっくりと数を数える。10数えて、目を開けた。するとそこには――。ジンが立っていた。
祐希も立ち上がった。祐希の背の高さは平均くらいだが、ジンとは身長差がある。祐希はジンを見つめた。
「ここから出たほうがいいと思うよ」
ジンは、うろたえていた。彼もまた祐希を見つめて言った。
「……どうしてこんなことになったのか、よくわからないんだ……」
「そうなんだ。僕も戸惑ってる。ただ、ここにいるのがあんまりよくないことなのはわかる。なんとなく」
祐希はテーブルをまわってジンに近づいた。そして手を差し出す。
「さあ、元の世界に戻ろうよ」
「でも、他の子どもたちは……」
「みんながどこにいるかは知らない。でも僕が目を覚ませば、みんなちゃんと元の世界に戻れると思う」
ジンは少し神経質に笑った。
「よく言えるな。魔法のことなんて全然知らないだろう?」
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