九話目

 既読が付いた彼とのライン。その返信も、遂には来なかった。

 何となく、街をぶらぶらとしていた。アイツとここに引っ越してきたのも、もう二年前にもなるか。

 アイツが大学を出た時に、既に働いていた俺と二人で決めたアパート。

 二人の実家からもそんなに遠くなく、かといって地元という訳でもない場所だ。何かあればすぐ実家に頼れるし、何もなければ何も干渉してこない。

 既に腐りきっていた、二人らしい選択だった。

 もう二年も住んでいる場所である筈なのに、全くこの街には見覚えがない。昔の俺なら、もっと興味津々に物事を見て、覚えていたはずなんだが。

 向上心というものは、もう消え去った。昔の自分が聞いたら、絶望するような言葉かもしれない。

 今の俺には新しい学びもなく、それに付随する喜びも楽しさもない。あるのはただ、理解し辛い文を作る捻くれた語彙力と、昔学んでまだ忘れていない知識だけ。

 それらも、じきに忘れていくのだろう。そして最後には空っぽになって、死んでしまうのだろう。誰のことも思い出せずに、入れ物のように。

 何の価値もない、悲しい人生だ。本当の孤独だ。こうやってニヒル振って斜に構えてられるのも、いつまでか分からない。精々その時までは、こうやっていようと思う。しょうもない、意地だ。

「ん……。あれ、新田じゃん」

 ふとその時、後ろから声を掛けられた。その人物は、

 俺にとってはとても懐かしくて。

「……藤野?」

 久しぶりに見た藤野は、白い傘、青いジーンズに黒いパーカーで、それだけなのにすらっとしていて。女性らしからぬかっこよさを醸し出していた。

「すごい久しぶりだな。いつ振りだ……? 最後に会ったのはもう、七年前くらいか……」

 まさか会うとは思ってなかった昔馴染みとの、おおよそ初めての再会に人並みに感動は覚えつつ。

 間違いなく今を生きている昔馴染みに、どの顔を合わせればいいのか困惑している自分がいた。

 もしかしたら藤野は、俺の中で一番。出会いたくなかった人物かもしれない。

「七年も前、になるか。まさか藤野がいるなんて思わなかった。何でここに?」

「いや、お母さんの実家がここら辺に有ってさ。そこに顔出しに。新田こそなんでここに?」

「俺は……、ここら辺に住んでるんだよ。二年くらい前に越してきてさ」

 すると藤野は驚いた様子で。

「なんでこんなとこに?」

 そう、言ってきた。

 正直、あまり話したくないことだった。俺の、彼女のことは藤野には。

 だってこいつは。

「雨、止む気配無いな。あー、ちょうどいいや新田。そこのファミレス入ろうぜ。私まだ昼ごはん食べて無くてさ」

 強引にこの後の予定を決められたことに腹が立ちながらも、そういうところに憧れていたことを思い出した。

 俺がまだ、強くて、元気だった頃の話だ。

「俺、昼はもう食ったんだけど……」

「まぁまぁ。別にお前は何も頼まなくても良いからさ」

 こういうところが、俺は好きだったんだ。

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