ハル・シオンと穿つ花 -5
「体調はどう?」
「だいじょうぶだってば。そんなになんども聞かなくってもいいだろ」
「それはわたしが決めることよ。もう少しだから頑張って」
馬はロジンの連れてきた二頭しかいないし、怪我した足であぶみを満足に踏めるほど、わたしは乗馬がうまいわけではない。ホウキの速さだと常歩に合わせる方が難しいけど、それはわたしの腕前次第だ。そんなわけで、ザレルト翁とロジンとレトが馬に乗って、わたしだけホウキに乗っている。
荷物のいくつかを馬に任せられる分、登山のときより楽な帰り道だった。馬の通れる道をたどるから少し遠回りになったけど、ロジンがだいたいの道を見つけてくれていたので、ずいぶん助かった。
ここまで来たらほとんど安心していい。ベースのある近くに危険な個所はないように入念に調べてあるし、ザレルト翁が先触れに行けば、手の空いている人が手伝いに来てくれる。荒れた山を相手にした後だからか、穏やかな木立が目に痛いほど眩しい。
被っていたフードをはらう。解放された髪が背後で大きく広がった。暑い。早く外衣を脱いで、水浴びをして薄手の服に着替えたい。そんなことする暇があればいいんだけど。
遠くから人の話し声が聞こえた。真っ先に駆けてきたのは子どもたちだった。ハルおねえちゃーん、と幼い声が高く響く。
「そんなに走らないで! こけるわよ」
「へいき!」
スカートを跳ね上げてホウキから飛び降りる、途中で捻挫を思い出して、ぐっとホウキを握る手に力を入れる。ホウキが少しだけ上昇して、穏やかな着陸を助ける。
左足のつま先だけで着地。まとわりついてくる子供たちの顔を順々に見る。顔色も表情もいつも通り。ベースでなにか問題があるのかは、子どもたちの顔を見ればすぐわかる。
子どもを引率してきたリーダイが苦笑しながら松葉杖を差し出した。
「お疲れ、ハル。首尾は?」
「まあまあね」
あんまりホウキを杖代わりにしちゃ、ホウキが拗ねてしまう。有難く杖を借りる。子どもたちにホウキとカバンを渡したら、放たれた矢のように走っていった。転ばないで、と叫んだ声は聞こえていないだろう。
追いついてきた大人たちをちらっと見て、リーダイが口早にささやく。
「まあ、大きな問題はないよ。テトはやっと熱が下がったばっかりだから置いてきた」
「うん」
「あとは、ロジンがいなくなったくらいじゃないか。こら、ロジン、チオラがカンカンだぞ」
リーダイの大きな目が、大げさに三回またたく。合図だ、と胸の奥が冷えた。顎先を小さく引いて了解する。彼女が声色を明るく取り繕っているのに、わたしだけが気付いている。
ベースの状況を報告する大人たちの向こうで、ロジンを溌溂と叱っているリーダイを盗み見る。目が合った。ま、じ、め、に、き、け。口をぱくぱくするのにうなずく。わたしを見下ろすたくさんの目に、背筋を伸ばした。
「だいたいわかったわ。あとは直接見に行くわね」
こんな小娘が話し出せば、みんな黙るのだから、馬鹿らしいの一言なのかもしれなかった。それが総領娘なのだけど。
「とにかく、留守をありがとう。大きな問題も起こらずなによりだわ。みんなのおかげよ」
わたしの言葉は、この後みんなの口から口に伝えられていくことを考えなばならなかった。逡巡。決定。実行。
「わたしの足で弟を探しに行くわがままを、叶えてくれてありがとう。多少の怪我はあるけど、全員無事で帰ってこれたわ」
太陽の光を白いテントの群れがが反射して、わたしの目を射抜いた。ロジンが昨日の夜にあんなことを言ったせいで、両親の姿を探してしまった。いるわけないのに。後ろをついてきている大人たちと、ロジンとリーダイに振り向く。穏やかさを心がけて笑う。
「明日中には捜索隊を解散して、普段通りの体制に戻していきましょう。少し早いけど、お疲れさまでした。此度のわたしの指示に意見があれば、いつでも言ってください。わたしの慣れない指揮に従ってくれたことに感謝します」
短く息を吐く。ことこと松葉杖をつきながらベースに入る。お疲れさまでしたとは言ったけど、忙しいのはこれからだ。この旅団の長たるわたしの母に報告して、消費した物品の確認と補充、人員を休息をさせて、人に任せた自分の患者の申し送りを受けて自分の手元に戻して、溜まっているであろう普段の仕事も再開しなければならない。
幸いなことに山火事に対する患者たちへの対処は終わりかけている。後始末だって、べつにわたしひとりでするわけではないのだし、なんとか休息をとりながらやっていける。
まずは報告だ。
「あなた、約束破ったわね」
「え?」
「待っててくれるって言ったのに。約束を破ったんだから、対価をもらわないといけないわ」
べつに許さないってわけじゃないけど。魔女との約束を破ったのが悪い。荒れた髪の毛をかきあげる。忙しいけれど。本当はそんな時間はないんだけど。忙しさの中の方がためらいをなくすことができるかもしれない。
今なら、彼に歩み寄れる気がした。
「あとで対価を伝えるから、来てちょうだいね。それじゃあ、また後で」
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