ハル・シオンと暗の道 -10
「そうかもしれない、ですけど。申し訳ありません、わたし、まだ六歳だったもので、あんまり……」
「生き残れなかったの。強い呪いだったし、わたくしが到着するのも遅かった。街の人はみんな死んだ。殺された」
「……」
「あの双子は、ふつうの子どもだと思っている? だとしたら、あなたはあの子たちに儀式を行って、旅団の一員にしているはずだわね。でもあの子は赤毛のままで、あなたたちの髪の色じゃない」
紫の瞳がにゅうと笑う。すべてを見透かされているようで不愉快だった。
旅団の血を引き継がなくても、一員になるための儀式を行えば、みんな同じ色の髪になる。旅団で生まれれば、六歳のころには儀式を終えているものだ。
「あなたがなにを思って、儀式をさせていないかは知らないけど、わたくしはそれは正しいと思うわ。あの子たちは生まれつきの罪人」
強く目をつむる。それは、ずっと、わたしだけが直感し続けていたことだ。
魔女だった大叔母は、旅団から去ってしまった。だから、あの双子について相談する相手がいなかったのだ。魔法を一切使えないテトと、妖精たちに嫌われているレトと。
わたしのかわいい弟妹。
「……ええ、はい。わたしは、ずっと目をそらし続けていました。この子たちは、なにかの罰を与えられている、ような、気がしていました。あまりに世界に嫌われすぎている」
「そうね」
「この子は、魔法は使えますが、妖精に嫌われていて。双子の妹は、魔法も使えなくて、妖精たちを見ることもできません。拒絶されすぎている。魔法を使えない人も、妖精が見えない人もいますが、この世界ではほんの少しだし、どちらもそろっている人間なんて。それも、生まれつきで……」
上半身を屈めて、膝の上に置いた手に額をつける。わたしこそ罪人のようだった。
「なにかの罪を犯して、目や、魔法を、奪われているようだと、ずっと思っていました。でも、あんなちいさな子どもが? わたしの手の届く範囲でずっと生きてきたのに? いつ? あの子たちが、なにをしたっていうんですか?」
努めてゆっくり息を吐く。
「御柱様。……御柱様。教えてください。わたしは、あの子たちを守り続けていました。わたしはあの子たちのお姉さんです。それは、どんなことがあっても、変わらない。でも、そうだとしても」
声を絞り出す。
「あの子たちを、育てたのは間違いではなかったか、どうか教えてください」
「間違いよ」
声は明朗に響く。
「だってあの子たちは生まれる前に死ぬ運命だったんだもの。でも、生まれてしまった」
自分の顔が引きつったのがわかった。七年間、あの子たちを弟妹と呼び、名前をつけ、服を着せ、食事を作り、夜には寝物語を聞かせ。愛情をもって、あの子たちを育てたのだ。わたしが。
わたしが!
「生まれた瞬間からあの子たちは、道から外れた人間。神様や妖精から、世界から、祝福を与えられるはずがない。母親の命を犠牲にしたのよ」
「……わたし……」
「生まれてくるために母親の命を犠牲にした。生まれながらの親殺し。その罰としてあの子の妹の魔法の力は奪われた。じゃあ、あの子自身は? 生きてきてしまった。今更死ねなんて言わないわ。でも、あの子も罪人だものね」
顔を上げる。御柱様はこの場にそぐわないくらい慈悲深く笑った。
「罪を犯したならば、罰を与えられなきゃあね」
「……でも、あの子のお母さんが死んだのは、あの子たちのせいじゃないわ。だって、あの子たちのお母さんは足が潰れてて、腕も折れてて、血が止まんなくて、あんなの、誰だって死んでしまうもの……」
髪の色も目の色も覚えていないけど。ぐちゃぐちゃになった足と、変な方向に曲がった腕は覚えている。あの街を燃やした火が、わたしの目の裏に焼き付けたのだ。
「だって、もう、出血だって、すごかったし、わたしたちが来るのが遅かったんです。あの子たちのせいじゃない。そんな、親殺しなんて言われることじゃない」
「それを決めるのはあなたじゃないし、わたくしでもない」
「だって……」
「決めるのはかみさま。罪を司るのはわたくしだけど、罰をお与えになるのはわたくしじゃない。そして、あの子は、罰を望んでいる」
「あなたのもとにつくのが罰だと言うのですか」
「さあ。そんなの人によるんじゃない? わたくしの命令であの子は人を殺すでしょうし、ひどいこともたくさんさせられるでしょう。でも、食事に困ることはないし、わたくしは必ずあの子の味方になる。生きていくだけなら、あなたたちの旅団にいてもおんなじ」
そうだと思わない、という言葉は喉元で留まった。飼い殺し、という言葉を思い出す。
「ね、どうする? わたくしとあなた、どれだけ話しても平行線だわ。わたくしが強引なことをしている自覚はある。あの子が幼いことも、あなたがあの子の決定権を持っていることも知っている。あなたは、自分の手元であの子を大人にすることを望んでいる。わたくしは、あの子を今すぐ手元に置くことを望んでいる」
うつむく。考えなくては。話し合いをしてくれるのは今夜だけ。無理やり連れて帰っても、足を怪我しているわたしと、七歳のレトじゃすぐに追いつかれる。
母か伯父がいれば。せめてもうひとりいたら。わたしひとりでこんなお方と張り合えなんて無茶な話しで、いまのこの時間は御柱様の慈悲だ。今すぐレトをいなくなるのを引き延ばしているだけ。
冷めた紅茶を飲み干す。引き伸ばして、先送りにするしかない。レトの一生を左右するようなことを、こんなたかだか数十分で決めろというのが無理な話しなのだ。
「……御柱様……」
「なあに?」
「たしかに、わたしたち、お互いに譲ることはできません」
わたしでは力不足だ。わざわざ言ったりしないが。
「三年後、レトに決めさせます。彼の人生のことなので」
「あなた、諦め悪いわね」
「だって、今すぐ死ぬわけじゃないですから。もう、わたしには、お願いするしか、ないので……」
伏して願うな。
「三年時間をください。わたしは弟を育てます。必要な食事と教育は、旅団にいれば与えられるものです。ちゃんと、三年後、自分の意思で決めさせます。それまでは、わたしにお任せいただけませんか」
御柱様の目を見つめる。自分の首に下がっている小指のさきほどの、ちいさな十字が重たかった。
「なにか担保がいるなら、わたしのできうる限り、差し出します。決してあなただけに不利になるような教えはしません。信頼いただけるかは、わかりませんが」
御柱様が笑みを消した。探るようにわたしをじっと見つめるので、黙って見つめ返す。火の粉がはぜる音が響いた。
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