ハル・シオンと暗の道 -9
旅団の中で、たくさんの人に守られて生きてきたが。決して世間知らずに育ってはいない。
「御柱様の手足たる人間はたくさんいて、毎日毎日たくさんのことをあなたに知らせています。そのくらい知っています」
旅をしていれば、何人もの特別製の人と会う。揃いの大きなとんがり帽子を被って、ごきげんようと朗らかな声で挨拶をする魔女たちだとか。
近づいてはいけないと言う大人の目を盗んで、話しかけたことがある。あなたのその帽子はなあに。どうしてあなたと話してはいけないの。挨拶と同じ朗らかな声で言われた。それは、わたくしたちが、人殺しだから!
この世界で人を殺してなお生きていける魔女はほんの少ししかいない。それを朗らかに告げるなんて、もってのほか。ならば、人間なんかよりずっと上位の存在から、殺しをお役目として言い渡されてる人間だけだ。
「あなたの手足たる魔女たちは、あなたに直通の連絡手段を持っていて、些細なことでもなんでも、すべてあなたに知らせています。それが、あなたの力になり、世界を支える柱の支えになると知っているから」
あくまで笑う。わたしの武器たりうるものなので。
「なんだってあなたはご存じなんでしょう? そのくらい知っています」
「べつに、試したわけじゃあないわ。わたくし、そういうのは悪趣味だと思うから」
「それは。失礼しました」
座って、ともう一度促される前に腰をおろす。どうあがいても長話からは逃れられない。右足は伸ばしておく。レトの肩にそっと手を置く。
黙ったまま、レトがこちらを見上げる。賢い小動物がこちらをうかがう時と同じ気配だった。生意気ではあるけど、聞き分けのよい子どもだ。
「レト、わたしの後ろで眠っていなさい。明日の朝には帰りましょう」
「でも、ねえさん」
「帰ります。……その話しは、姉さんがするわ。姉さんに任せて休むの。目が覚めたら、きっとなにもかもよくなっているからね」
赤い瞳としばし見つめあう。先に視線をそらしたのは、レトの方だった。
「わかったよ、ねえさん」
おやすみ、と言って、レトに毛布をかける。ちいさなため息が聞こえたので、そちらの方に視線をやる。
「なにか。御柱様」
「いえ。やっぱりわたくし、姉という存在は好きではないと思っただけ」
胸の奥底から冷え込むような声色だった。菫色の瞳がすぐさま笑う。
「いいえ、でもあなたはとってもいいお姉さんだわ」
「そうならば、いいのですけど」
手袋のボタンを外す。たいていの時間を布の下で過ごすせいで、ほかの肌より白いわたしの手。祈るときと同じ形に握り合わせる。背後から寝息が聞こえた。想像以上に体力を消耗してしまっているんだろう。
こつん、と御柱様が杖で地面を軽く叩いた。
「あの子の生まれは、谷底の街ね」
杖で叩いた地面から光があふれ出す。赤。
「燃えたのね。古くからの一族だったのに。彼らのことは嫌いじゃなかったわ。わたくしの手足に選んだこともある。……だから燃やされたのだけど」
「……そう、なんですか」
手のひらに収まるサイズの家が、地面から浮かび上がって、燃えている……。嫌な思い出がよみがえる。もう七年も前の話しなのに。
レトとテトの故郷も燃えてしまったのだ。だからわたしは、此度の山火事から双子を離した。二人はなにも覚えていないのは知っているけれども。彼らが生まれた日は、谷底の街が燃えて、ふたりの母親が死んだ日。
地面から浮かぶ映像に、覚えがあるはずだった。魔法によって浮かび上がった家が崩れ落ちる。たしかに、あの街にあった家だ。この魔法は。自分の記憶を幻として映し出すもの。この魔法を使えるということは。
「……あの時、あの街にいたんですね」
「ええ。わたくしへの仇討だったんだもの」
焚き火が小さくなってきたので、さっき拾った枝を放り込む。冷え込む。
「わたくしの命令で、娘は、とある人を殺し、その仇討はわたくしではなく、娘の暮らす街にされました。ただの火事じゃない、呪われた炎がすべてを包んだ」
「……」
「みんな愚かだった。終わったことだけど」
終わったことだ、と言われれば、部外者のわたしから言えることはなにもないように思えた。居心地悪く両手を握り合わせる。わたしはまだ六歳だった。燃え盛る街に連れ出されて、吐きながら母の後をついていった。
呆然とするなか、足首をつかまれた。大きく腹の膨れた、女性だった。息はあった。母がその人に聞いたのだ。あなたの命か、腹の子ども、どちらかしか救えない。どうする?
残酷な問いかけだと、幼心に思ったものだった。母親は子どもの命を願い、死にかけていた赤ん坊は、奇跡のように息を続けた。
「どうして、あの子たちは生き残ったんだと思う?」
「……え?」
「皆殺しにする呪いの炎だったの。赤ん坊だって関係ないわ。あの街の人間は、あなたたち旅団が来たのに、あの子たち以外は死んだ。おかしいと思わない? あなたたちは本当に優秀よ。間違いないわ。誰も救えないはずない」
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