第四十一節
叛乱が起きてから、およそ三週間。
フェデリコと叛乱軍との対峙は二週間を超えている。
彼女は見張り塔の最上階に腰かけ、山の方角を見つめていた。
「フェデリコ様、サーリフが来ました」
見張り塔に、サーリフを伴ってアルフレードが上ってきた。
サーリフが小さく会釈する。
「コンスタンサ様の護衛を兼ねて報告に」
フェデリコは少し落ち着かない様子で彼を出迎えた。
「どうだ、何か手掛かりは見つかったか?」
彼女の問い掛けに、サーリフは首を振る。彼はこの戦闘には参加せず、エメスの捜索に当たっていた。フェデリコが自らに付き従うムスリムを同宗の輩と争わせまいとしたのもあるが、エメスの捜索を見知った者に任せたいという、彼女なりのエゴもあった。
「ココ商会の女主人と何度か会っていたようだけど……ガブリエラって、知ってるかな」
記憶の箱をひっくり返すフェデリコ。ガブリエラという名に心当たりはあっても、それが商人、それも商会の女主人となるとまるで思い当たる節が無かった。
ハフサの名は、どこにでもいるありふれた名だ。ましてやパレルモではなおのことに。そのハフサがガブリエラと名を変え、今やその商館主となっているなどと考えられようはずもなかった。
「あれで、結構友達の多い奴だからな……そのガブリエラは何か言っていたか」
「確かに友人としてもてなしたとは言っていたけど、それ以上は何も。商館の使用人たちも特に不審な点は無かった」
フェデリコは肩を落とした。
少し気まずそうにしていたサーリフも、矢筒を背負い直すと来た階段を下りはじめた。
「僕は捜索に戻るよ。パレルモから離れた土地にも範囲を広げてみる」
「サーリフ」
呼び止められて、彼は足を止めた。視線が階をさかのぼり、フェデリコを見上げる。彼女はいつもの自信に満ちた表情のまま、けれどどこかその不安を隠しきれぬ様子で告げる。
「頼む。本当なら私が……」
「解ってるよ、任せて」
彼はにっと笑うと、フェデリコの隣に向けても手を振った。
「アルフレードも! エメスの代わりにしっかり陛下を守ってよ!」
「ばか野郎、俺は代理じゃねえぞ!」
二人のやり取りを見て、フェデリコもようやく苦笑を漏らした。
焦るな――誰に言うでもなく、自らに語り掛ける。叛乱とエメスの失踪に何かの関係があるとしても、叛乱を鎮圧すればエメスが帰ってくるとは限らない。焦りの為に拙速な采配を振るえば、配下の兵をあたら無為に死なせる事になる。あるいは民――
これまででフェデリコの軍勢は二五〇〇人に至ったが、対する叛乱軍がどれほどの戦力を揃えつつあるかは推測に頼るしかなかった。この二週間で、フェデリコは敵の連携を断つために二ヵ所の拠点を攻めて焼き払い、その際に討った敵兵があわせて三百ほど。推測される敵の総数五、六千に比べるといかにも少ない。
何よりの問題は、敵の行動に戦略面での一貫性が見えることだ。
戦力が集結し次第攻勢に転じる作戦ならば、とっくに出撃していておかしくない。戦力集中は諸侯の尻を叩かねばならぬ分フェデリコの方が遅れざるをえない。あまりに長引かせれば相対的に戦力比が低下するのは叛乱軍の筈だ。
先に挙げた拠点に対する攻撃でも、敵の引き際が良かった点も気になった。不退転の覚悟で拠点を死守するような頑迷さは感じなかった。
「援軍を期待しているのか」
被害を抑えてじっくり時間を稼ぎ、援軍の到来を待つ。それは籠城戦の基本だ。問題はその援軍が誰であるか、ということだった。
「そろそろ行くか。カナに会おう」
彼女は山から視線を戻すと、アルフレードと共に本陣の方へと戻っていった。
陣の兵士たちはぴりぴりしていた。ここに残されている兵の多くは見張りが主任務だが、先に述べたように、フェデリコは緒戦からここまで断続的に攻撃を繰り返してきている。
当面の補給に問題が無いとはいえ、兵士たちが神経質になるのは避けようもなかった。
本陣へ戻り、天幕をくぐる。
そこに久しい顔を見て、フェデリコの表情が柔らかくなった。
「カナ! 急ぎの用らしいな」
「そうよ。私自身が知らせたほうが良いと思ってね」
「馬で来たのか」
フェデリコが感心した様子で聞くと、カナの背後、テントの入り口をくぐってヘルマンも顔を出した。
「お上手なものでしたよ」
「騎士団長さんはお世辞も上手ですのね」
「ははは。世辞ではありませんよ」
カナが椅子に腰かけると、背後にヘルマンが立った。二人が揃って顔を出したとなると、既に報告はまとまっているのだろうと思えた。フェデリコが頷くと、カナが口を開く。
「モリーゼ伯トンマーゾ。あなたが今一番知りたい情報の答えよ」
「奴か」
カナがふっと溜息を吐き、フェデリコは吐き捨てる。
ムスリム叛乱に乗じて動きを見せるくらいのことは元々思慮のうちだ。だがそれが連携しての決起となれば話が変わってくる。敵が援軍を前提に戦略を立てているとなれば、彼らの間には既に同盟関係が成立していると見てよかった。
「参加者の名前もほぼ上がっているわ」
書簡から彼女が数え上げた諸侯らの名前を、フェデリコはじっと聞いた。
「よく手に入ったな」
「五年の内に張り巡らせた蜘蛛の巣よ」
カナが微笑む。外では決して見せない、冷徹な瞳を伴う微笑みだ。
次いで、ヘルマンがフェデリコに問い掛ける。
「いかがします。包囲されれば我らは必ず敗れます。どちらを討つにせよ、戦場では一対一の状況に持ち込まねばならぬでしょう」
「どちらを優先すべきと見る?」
「やはり、こちらでの決着を優先するしかないでしょうな。叛乱諸侯の軍と戦うために軍を返せば、我々は後背を襲われかねません」
ヘルマンの答えはもっともだった。
「やはりそちらを優先するよりほかないか」
「損害を覚悟せねばならぬかもしれません」
「厳しいな。できれば避けたい」
フェデリコは腕を組んで天を仰いだ。損害を覚悟する。言葉にしてしまえばそれだけの事だが、力攻めの過程で兵がどれほど損耗するだろうか。傷付き疲れ果てた兵で叛乱諸侯の軍勢を打ち破れるだろうか。
「秘かに撤退する魔法でもあれば話は別ですが……」
ヘルマンは冗談めいた言い方をしながらも、険しい表情で山のある方角を睨んだ。
「もしくは、だ」
ヘルマンの言葉に、フェデリコは顎に手をやり、思考を巡らせる。
叛乱軍は山間部に根を張ってきつく守りを固めている。それは諸侯の連合軍を援軍として期待しているからであり、彼らはその時が来るまで、決して自ら打って出ようとはしない。
彼女はふと顎から手を離し、椅子にもたれかかってカナへ目を向けた。
「カナ。彼らとカナとでは、どちらが情報が早い?」
「……私は蜘蛛。彼らは地虫」
少し皮肉めいた笑みを見せて、カナは呟く。
「長くて一週間程度かしら、少なくとも三日ね。モリーゼ伯が決起して軍を発したとしても、私たちは三日は早く行動を起こせるはずよ」
その答えに頷いて、フェデリコは暫し長考に及んだ。情報の流れを受けて思考の水車が回転し、それは歯車を伝わって複雑さを増していく。それがやがてかちりと一ヵ所にはまり込んで、フェデリコはぱっと顔をあげた。
「我らが安全に撤退する手段があるとすれば、どうだ?」
アリーらの叛乱軍は、フェデリコの陣を伺える、見晴らしの良い一角を陣取っていた。
彼は叛乱の見通しに確かな希望を抱きつつあった。叛乱軍の守りは固く、モリーゼ伯がシチリア島へ上陸するまで十分に持ちこたえられる目算が立っている。
問題は彼らが、戦勝後に約束を守るかどうかだった。ジェノヴァ商人は誓書を仲介してくれたが、彼らもそんな紙切れで全てが安泰とも思えるほどお人よしではなかった。
「アリー、いるか」
天幕をくぐって、副将のフサインが姿を現した。
「どうした。敵に動きでもあったか」
「もしやとは思うが、敵の兵が減っているようだ。ちょっと来てくれないか」
「そんな馬鹿な。見張りは何をしてた」
フサインが先を歩き、近くの切り立った崖へと向かった。
そこからは遠くにフェデリコの陣を眺めることができる。そこには無数の旗が翻り、シチリア国王旗だけでなく、正式就任前にも関わらずローマ皇帝の旗まではためいていた。いつもと変わった様子のない陣をぐるりと見回して、アリーが問う。
「何も変わったようには見えんが……」
「いや、少し待ってくれ。そろそろだと思う」
フサインが太陽を見上げて呟く。
二人がそのまま待っていると、やがて陣の中から煙が上がり始めた。炊事の煙だった。自らもまた空腹を自覚して、アリーは腕を組んでそれを眺めていたが、ふと妙な違和感をおぼえる。彼は再び遠く陣営をじっと睨みつけて、ぼそりと呟く。
「煙が少ない」
見込んでいる兵に比べて、炊事の煙が少なすぎる。
「あぁ、最初はたまたまかと思ったのだが」
フサインが話し始めた。最初に気付いたのは一昨日だった。一度だけであれば、偶然ということもある。だが翌日も煙の数は増えるどころか更に減っていた。今日はまたその数を減らしたように見える。
だが、陣の様子は今までと変わらず、陣を取り囲む柵や天幕には相変わらず無数の旗が林立している。
「奴ら、我々が動かぬのを見て、空兵を残して軍を移動しているのではないか?」
その可能性は大いにあった。だが問題はその理由だ。彼ら叛乱軍の拠点が攻撃を受けた報せはない。つまり王国軍のこの軍の移動は、そうするだけの重大な理由が彼ら自身にあったことを意味するはずだ。
じっと眼下を見下ろして、アリーはその答えを口にする。
「モリーゼ伯の軍勢が到着したか……?」
こちらが動かないのをよい事に軍を動かし、まずモリーゼ伯との雌雄を決しようというのだろうか。彼は迷った。今なら決戦場に間に合う。場合によっては彼らが戦っているその背後に襲い掛かれるかもしれない。だがその決断は守りに有利な山間部を出ることも意味していた。
隣のフサインが腕を組んで遠く陣営を眺める。
「もし奴らが決戦に向かったなら砦は十分に守り切れる。場合によっては、その隙に我々の支配領域を拡大し、根拠地を確保もできるはずだ」
「それも魅力的だな。いつまでも流軍のままという訳にはいかん」
「ただ、これも問題はある。いずれにせよモリーゼ伯が敗れれば、我らは厳しい戦いを強いられることになる。支配地を拡げても、一朝一夕でそれが我らの力に繋がる訳ではないしな」
「長期戦になるか……」
彼らの戦略は、今のところ連合軍の勝利を前提としている。その連合軍が決戦に敗れれば、戦勝で勢いにのる国王軍と正面から戦えるかは難しいところだ。
支配地域から義勇兵を募れば当面の戦力は確保できるだろうが、集落は働き手を失うことになる。農閑期であることは幸いだが、農繁期までそう長くもない。長期戦をやるというのなら働き手を奪う訳にはいかないだろう。
じっと考え込むアリーに、フサインが第二案を投げ掛ける。
「やや危険はあるが、出撃するという手はある」
「奴らの後背を襲うのか?」
「敵は行軍を始めたが、じりじりと少しずつ兵を引いているなら隊列が伸びているはずだ。そこを突ける」
「ならばその方が良い気がするが、どうして最初に言わない」
何かあるのかと暗に問い掛けられて、フサインが頷く。
「もし奴が諸侯との決戦を優先したのだとすれば、おそらく情報を先に掴んでいるからだが……どれほどの時間差があるにせよ、それはつまり我々が動く前に諸侯軍を片付ける戦略を取っているからだ。奴は素早い行軍を好んでいる」
彼らには思い当たるふしがあった。
叛乱初期、こちらが包囲していた砦に対する王国側の素早い反撃だ。ごく限られた寡兵でもって、真先にこちらの出鼻をくじきに来た。彼らは包囲を解いて後退するよう連絡を入れたが、片方は間に合わなかった。
フェデリコの作戦は軍の素早い機動を第一義とすることは疑いようもなかった。
「となれば……やると決めて空兵まで残しているのなら、すみやかに行軍している筈だ。対する我々の戦力はほとんどが徒歩だ。が今から追撃したところで、追い付いたころには決戦は終わっているかもしれん」
「我々がやられたら嫌な状況を考えるというやつか」
「どちらにしても危険はある。あとはアリー、あんたが決めてくれ」
暫し悩んでいたアリーは、やがて意を決して口を開いた。
「出るべき、だな」
そうして、ひとつひとつ確かめるように数数え挙げていく。
「この叛乱は我々だけでは苦しい戦いになる。諸侯軍と奴らが決戦を行う時に、我々が黙って見ているようでは、同盟の意味が失われる。決戦には間に合わずとも背後を脅かせば奴らは浮足立つ。何より諸侯軍が打ち破られたとしても、奴らも無傷では済まないはずだ」
彼は剣と鞘をがちりと打ち合わせ頷く。
「夜襲を掛けるぞ! まずは残置された敵兵を殲滅する!」
フサインが切り立った斜面を駆け下りる。兵士たちが気勢をあげ、にわかに陣は騒がしくなった。
夜、彼らは明かりもなくフェデリコの陣営に忍び寄った。
うっすらと雲のかかる、月の頼りない夜だった。
(夜襲にはもってこいだ)
アリーは山間部の裾野から接近し、フサインは騎兵を中心にその片翼から突入の構えを見せる。数少ない馬には藁を履かせてその音を殺し、一方弓兵らには十分な数の火矢を携帯させた。
アリーは傍らの兵に合図を送る。火打石が鳴る。松明に炎が灯る。
それが合図となって、夜襲部隊は皆、次々と松明に点火し、火矢が揺らめく。
「撃て!」
火矢が流星雨となって野営地へ降り注ぐ。
「もう一度一斉射の後、突撃!」
アリーが号令を発すると、フサインが松明を掲げた騎兵を率い、徒歩の兵が後に続く。火矢が絶え間なく放たれて彼らを追い越し、次々と野営地を炎上させていく。天幕が炎に揺らめき、糧秣や積み上げられた飼葉は一瞬にして火だるまとなった。
「全軍抜剣!」
アリーもまた剣を掲げ、残る兵をまとめて突進を始めた。
最後には火矢を一通り放った弓兵らも、突入した味方への誤射を避けるため弓を背へ提げ、剣を掲げて野営地へと接近していく。
野営地は未だ奇襲に対応できておらず、大きな騒ぎにはなっていない。
「行けるぞ、続け!」
先頭を駆けるフサインが刃を抜き放つ。彼らは野営地に張り巡らされた柵を迂回、あるいは破壊して次々と内部へ乗り込んでいく。もはや遠慮は不要だ。彼らは混乱を煽り立てようとそれぞれに気勢を上げ、松明を天幕へ次々と投げ込んでいく。
目指すは野営地中央に位置する砦だ。
フェデリコがいるとは思っていないが、少なくとも殿軍の指揮官はそこであろう。混乱を拡大させるためには、真先に指揮官を殺すべきであった。
だが――
(おかしい)
ふと、フサインは馬の脚を止めた。
彼は周囲を見回して、妙な違和感を覚えた。
「静かすぎる……」
味方の兵らが大声を張り上げて野営地各地へ散らばっていく中、彼は息を呑んだ。本能が警告を発し、理性が背を叩かれて答えを探す。
各地の天幕へ次々と切り込んでいった兵士たちが、焦った様子で飛び出して辺りを見回す。騎兵たちは彼らをおいて砦の方角へと猛烈に突進を続けているが、それを阻む敵はいない。そうだ、いない。敵兵が一兵たりとて見当たらない。
彼らの背後から、アリー率いる第二陣が近付いてくる。
「行け! 捕虜はいい! 奴らを皆殺しにせよ!」
アリーの声に、フサインは振り返る。そうしてあらん限りの声で叫んだ。
「罠だ!」
彼の声をかき消して、周囲の森からラッパの音が鳴り響いた。
フサインの警告もむなしく、第二陣の兵士たちは勢いを殺せずに野営地へと突進してくる。彼らはラッパの音を、自分たちのものだと思いこんだ。フサインの周囲にいた兵士たちが辛うじて危機を悟ったが、野営地の入り口は流れ込んでくる味方の奔流に逆らうことはできない。
空を切る音。矢だ。フサインは上空を見上げた。火矢ではない。どこを飛んでいるのかが解らない。傍らの兵士が短い悲鳴と共に倒れた。
「アリー! 罠だ、退けぇ!」
彼らを取り巻いて更に外側から地を震わせる鬨の声が上がった。
アリーがハッとして、背後を振り返る。彼だけでない、叛乱軍の兵士たちも多くが不穏な気配に足を止めた。彼ら目掛けて矢が雨と降り注ぎ、そこかしこで悲鳴が上がった。彼らは向かうべき先に敵が見つからず、行動の指針を見失う。
夜陰に轟く馬蹄。
夜の地平線、白に十字のサーコートがはためく。
「
ヘルマンの怒号が飛んだ。彼の率いるドイツ騎士団が重装備の騎兵を連れて野営地の外周を舐めるように駆け抜け、軽装備の弓兵たちはなす術もなく蹂躙されていく。彼らに残された矢は少なく、ましてや薄暗い月夜で敵を狙うのは困難を極めた。
「しまった! 全軍退け!」
矢を切り払い、アリーが叫ぶ。
野営地に突入したばかりの叛乱軍は、今や踵を返して我先に野営地を脱しようとしていた。そこへ夜の森から槍兵が湧き現れ、野営地目掛けて突進する。
彼らは野営地の入り口や、奇襲部隊が破壊した柵の周辺へ遮二無二突っ込む。
野営地に突入した叛乱軍は、今や自分たちが掛けた火に追い立てられながら虎口を脱しようとし、片やそれを阻まんとする王国軍との間で激しい叩きあいになった。
(ぬかった……!)
フサインの脳裏に後悔がよぎる。緒戦の動きから、フェデリコが諸侯軍と自分たちとを時間差で各個撃破するとの前提に立ち過ぎた。本当の狙いはこちらだったのはもはや明白だ。
窮地に陥った味方の突破口を開こうと、アリーが腕に覚えのある兵を呼集して切り込んでいく。彼は出入り口の当たりを動かず、襲い掛かる兵士らを次々と切り払う。
その攻撃に、包囲の一角がわずかに動揺する。
「アリーを死なせるな!」
フサインが叫んだ。彼は残った騎兵をかき集め、一直線に突っこませる。
包囲された味方を救出しようと剣を奮うアリーが、はっとして顔をあげる。
「俺は――」
アリーは、退かぬと言っただろうか。フサインはアリーの馬に体当たりして、自らは馬を飛び降りた。フサインの意を受けた数名がアリーの両脇を固め、数頭の馬が塊となってアリーもろとも押し出していく。
「行け! 振り返るな!」
フサインは声を枯らして叫んだ。アリー・アッバードはここだ、おれを殺せる奴は掛かってこい――名誉と手柄を求めて、騎士たちがその全身に刃を突き立てる。
悲鳴と怒号が渦巻く中、誰もが自らの命を神に祈る。神は戦場に介入しない。人の意思と選択こそが運命を決し、生と死はただの結果となる。だが、神ならぬ人の身の彼らにとって、運命は残酷の代名詞に他ならなかった。
誰もが祈る戦場にあって、ただ一人祈らざる者がいる。
フェデリコは戦場を睥睨する。
戦場の喧噪が夜を満たし、干戈が弾け、火の粉は天の星へと変わる。その全てを網膜に焼き付け、記憶に刻み込む。
彼女ただ独りが、祈らない。
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