第47話 空気
「覚悟しろ、源頼朝!」
「うわ。こんな山の中まで追っかけが来るなんて、さすが兄さん。人気者」
地下から出て、義経を待つ間に炎の御霊の制御を練習しようと屋敷の外にでた範頼と頼朝の前に、いつもの気の毒なチンピラ連中が現れた。
こんなところまでご苦労様という気持ちを込めて叩きのめして差し上げた。
あっさりと片付けてやれやれと息を吐いたところで、能天気な声が響いた。
「秒殺じゃーん。面白くないなあ」
いつのまに現れたのか、大木の木の枝に腰掛けて、一人の少女が足をぶらぶらさせてつまらなそうに下を見下ろしている。
「何者!」
「菊王丸でーす。血気盛んな十五歳男子でーす。以後よろしくぅ」
少女——少年は誰何した範頼に笑顔で答えた。
「……男?」
サイドが長いショートボブの髪型とプリーツスカート姿から女子かと思ったら、自己申告で少年だと判明した。
「女装趣味の刺客かよ!」
「別に、趣味ってわけじゃないよ。普通に男の格好してる日もあるよー。ただ、初対面のインパクトって大事じゃない?」
菊王丸は「よっ」と掛け声と共に高い木の枝から飛び降りた。
「僕、「ギャップ萌え」って結構重要なんじゃないかと思うんだよね」
めきっ
菊王丸が大木に手を添えたのと同時に、何かが軋む音がした。
「筋骨隆々な大男が怪力でも、誰もびっくりしないじゃん?」
めきめきめきっ
「でも、僕みたいな可愛い子がこーんなこと出来たら、皆びっくりするでしょ?」
めきめきめきめぎぃっばきんっ
菊王丸が手を添えていた大木がぽっきりと折れて、菊王丸はその大木を肩の上に担ぎ上げた。
範頼と頼朝も流石に呆気にとられた。
「ほーら、びっくりした。その顔が見たくてスカート履いてきたんだ……よっ!」
軽くかけ声を上げて、菊王丸が二人に向かって大木を、ぶん投げた。
「うわあっ!!」
驚いた範頼は、咄嗟に腕を振るって御霊の力で大木を燃やしていた。一瞬で炎に包まれた大木を、すかさず頼朝が水の刃で切り刻んだ。
「わー。炎の御霊と水の御霊だー。こわーい。菊、逃げまーす」
やたらと棒読みで感想を言って、菊王丸がさっさと身を翻す。
「待てっ……!」
「いい。放っておけ。あれは平通盛、教経兄弟に仕える菊王丸という奴だ。かなりの強敵だぞ」
追いかけようとした範頼を頼朝が止めた。
「今すぐ本格的に戦う必要もない。それより、お前の修行が先だ」
「頼朝様!」
大きな音を聞きつけたのか、郷子が屋敷から走り出てきた。後ろから時政もやってくる。
「何があったのですか?」
「大丈夫だ。それより、お前はどうだ? 義経のことが心配で不安だろう?」
頼朝が屈んで郷子と目を合わせた。郷子はふるふる首を横に振った。
「義経様はきっと大丈夫です。それよりも、頼朝様がご無理をなさっていないか心配です」
郷子の言葉に、頼朝は優しく微笑んだ。
五歳と二十五歳の間に漂う濃密な信頼の空気に、範頼はちょっとどぎまぎした。
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