第46話 僕の意思
(遮那王丸……)
過去の自分を、現在の義経はどこかから観察していた。自分でもどこにいるのかわからないが、目の前に次々と過去の——前世の光景が映し出されていく。
(そうだ。僕はあの時、力を望んだ……)
力を望む浅ましい欲望に付け込まれ、魔物に取り憑かれてしまった。
寺を出てから、危ない目に遭うとその都度、遮那王丸が義経の意識を乗っ取って暴れまわった。
魔物は命を奪った分だけ強くなる。遮那王丸は普段は義経の中に隠れ、戦いの時だけ表に出てきた。
(そうか。だから、僕には戦いの記憶がなかったんだ)
遮那王丸の力が強大になるほど、義経の魂は消耗し意識は消えていく。
義経はそのことに怯え、気が狂いそうになった。
そんな義経のそばに寄り添ったのが、
『義経様』
少女の声と、重ねられたあたたかい手のぬくもり。
『大丈夫です。私がおそばにおります』
十五、六歳くらいの少女が微笑んでいる。
(郷子……)
郷子や弁慶、数少ないが頼りになる仲間達と出会って、支えられてきたことを思い出した。
思わず、目の前の記憶の仲間達に手を伸ばそうとした義経の腕を、闇の中から現れた黒い腕が掴んだ。
「そうだ! お前の力は全部俺が貸してやったんだ!」
闇から抜け出した遮那王丸が、義経に向かって叫ぶ。
「お前の強さはすべて俺が与えたもの! 俺がいなければお前は何も出来ない! だから、前と同じように助けてやろう! 英雄として歴史に名が刻まれるように!」
「は……放せっ!」
闇の奥に引きずり込まれそうになって、義経はもがいた。
「何故拒む!? 前は上手くやってきただろうが! 俺のおかげで平氏をたくさん殺せただろう!? お前の望み通りに!」
違う、と義経は思った。
たくさん殺したかったのではない。力が欲しかったのは、誰かを殺したいからじゃなくて。
(僕はただ……認めてもらいたかった……)
義経は孤独だった。物心つく前に父を失い、母や兄弟とは散り散りになって、そのことも自分が何者なのかも教えられずに、事情を知る僧達からは源氏の子だからと遠巻きにされる。
自分の兄が源氏の嫡流で、伊豆で生きていることを知った時、ようやく自分の行く末に希望が持てた。だから、源氏の子を胸を張って名乗れるような力が欲しかった。
けれど、前世で始めて頼朝と対面した時、頼朝は、天狗の力に頼って生きてきた義経を、嫌悪の目で見下ろしたのだ。
そうだ。頼朝は平氏と戦いながら、同時に天狗を殺そうとしていた。だけど、天狗は勝手に戦場に赴いて好きに暴れまわった。天狗を止められる者などいなかった。
今ならわかる。二つの御霊をその身に宿して苦痛に耐えている頼朝からしたら、
安易に力を欲して魔物に乗っ取られた自分がどれだけ情けなく見苦しく見えたか。
だけど、それは前世の話だ。
今度こそは、今度こそは、天狗の力に頼ったりしない
「僕はもう……お前の力は必要ない! 闇の奥に還れ、遮那王丸!」
義経が叫んだ瞬間、遮那王丸と義経の間に誰かが立ちはだかった気がした。
義経ははっと目を開けた。顔に何か柔らかいものが乗っている。丸っこい、まんじゅうみたいなものが。
「……弁慶?」
仰向けに倒れた義経の顔の上に乗っていた弁慶が、ぴょんっと飛んで肩に移動した。
「どうやら、天狗に飲み込まれずに済んだらしいな」
義時の言葉に、義経は起き上がって頭を掻いた。
「思い出した……僕が天狗に乗っ取られていたこと」
前世では、すべて天狗が戦っていた。義経は何もしていなかった。
「今度は、ちゃんと僕の意思で戦う。——風の御霊と共に」
義経は胸元をぐっと押さえて誓った。
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