第42話 決意
***
父が御霊に食われ、頼朝が父を討って風の御霊を飲み込んで平氏から守った。
そこまでは理解できた。
だが、そもそも本題は範頼の持つ炎の御霊についてだ。頼朝が何故、炎の御霊を封印し、範頼を火から遠ざけて育てたのか。
範頼は嫌な予感に息を飲んだ。
炎を見た時の、気の遠くなるような感覚。
自分の意識が一瞬で奪われるような——
「……兄さん、まさか」
尋ねようとして声が上ずった。そんな範頼に、頼朝は淡々と告げる。
「神の御霊にも強い弱いがある。自然神の祖である風・水・炎・土・雷の五つは特に強い神だ。中でも、炎の神は荒ぶる魂だ。まして、戦場に身を置くことの多かったお前は、御霊の力を使いすぎた」
範頼は震えそうになった肩をぎゅっと押さえた。
「お前の魂は、徐々に炎の御霊に食われつつあった」
頼朝は静かに続けた。
「あのままでは、お前の魂は完全に消滅してしまう。だから、そうなる前にお前を殺さなければならなかった」
範頼ははっと顔を上げて頼朝を見た。
前世、範頼は頼朝によって滅ぼされている。だが、範頼にはその記憶がない。いや、頼朝や義経と出会った頃まで記憶はあっても、それ以降はどんどん記憶がぼやけていっている。戦の記憶はまったくない。
戦の記憶がないのは、炎の御霊の力を使う度に魂を炎の神に食われていたからなのか。
「魂が残っているうちに死ねば、御霊と共に転生することが出来る」
だから、頼朝は範頼の魂が完全に食われる前に弟を殺したのだ。
「そして、現世に転生したお前の中の炎の御霊を封印した。お前が成長し、御霊を自らの意思で抑えられるようになるまでの間、魂を食われずにすむように」
範頼はその場にへなへなと膝をついた。
義平に尋ねられた時、前世は前世だと答えた。
だけど、心のどこかでは、少しだけひっかかっていた。同じ弟でありながら、頼朝の手で殺されなかった全成の存在に複雑な感情を抱いてしまった。
(兄さんは、俺が邪魔で殺したんじゃなかったんだ……)
これまでずっと守られてきたのだと知った範頼は、子供のように涙ぐんだ。
「範頼。お前は封印が解かれても、炎の御霊に食われることなく自我を保つことが出来るか?」
頼朝に尋ねられ、範頼は顔を上げた。
「それが出来ると誓うなら、今ここで、炎の御霊の封印を解こう」
範頼はごくりと息を飲んだ。
転生してからはずっと、頼朝の手で炎から遠ざけられ守られてきた。前世の範頼が弱くて、炎の御霊に負けてしまったからだ。
範頼は拳を握りしめた。今度は絶対に、御霊に負けたりしない。御霊の力を使いこなして、兄の役に立ってみせる。
「誓うよ!今度こそ、俺は御霊に食われたりしない!」
範頼は力強く言い放った。
頼朝は弟の言葉を聞くと、目を伏せてふっと息を吐いた。
「……その言葉を信じよう。源範頼」
頼朝はさっと身を翻すと、入り口の扉を開けて誰かを呼んだ。
「待たせたな」
「なあに、気にするな。イイオトコの準備を待てないようでは、徳子に叱られてしまうからな」
くすくすと笑い声を立てて入ってきたのは、顔をベールで覆っている若い女性だった。白いワンピース姿でベールを被り、黒服の男に手を引かれてくる姿はまるで花嫁のように見える。
女性は範頼の前に立ち、すっと手をかざした。
「封印を解いた瞬間、炎の神がお前を食おうと襲いかかってくるぞ。気をしっかり持ち、神の声に決して耳を傾けてはならぬ」
念を押されて、範頼はごくっと息を飲み、思わず後ずさりそうになった。
だが、誓うと言った舌の根も乾かぬうちに怯んでどうする、と自分を叱咤して踏みとどまった。
「では、始めるぞ」
「——おう!」
範頼は覚悟を決めて目を閉じた。
女性の手のひらが範頼の胸に押し当てられた。そこから、じわりと熱が伝わってきたかと思うと、ドンッと強い衝撃が範頼の全身を襲った。
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