第43話 神の声
***
急に父の前に連れて行かれ、「試し」を行うと言われた。
十歳の範頼は父に言われるまま、手のひらに乗せられた小さな玉を飲み込んだ。
途端、胸が破けそうな衝撃と共に体が燃えるように熱くなった。範頼はその場に倒れ、もがき苦しんだ。
何かが、範頼の体の中で暴れ回っている。
「何を考えているのですか、父上っ!」
苦悶する最中に、少年の怒鳴り声が聞こえた。その声の後ろに幼子の泣き声が響いている。
「六郎は十、今若は七つですよ!? 御霊を降ろすにはまだ幼すぎる! 私が「試し」を受けたのは十二の時ですっ!」
「うるさいぞ鬼武者! 乙若を寄越せ!」
「おやめください父上! 幼い息子を神に食わせるつもりですか!?」
範頼はそこで意識を失った。
次に目覚めた時、父は死に兄達は死んだか流罪になっていた。
藤原氏に庇護された範頼は、自らの身に宿った御霊の力を制御できず、寝たり起きたりを繰り返し自我を失ったように呆けているかと思えば突然苦しみ出して暴れた。
だが、幼くまだ戦いを知らなかったことが幸いした。
御霊の力を使わなかったことで、魂を食われることなく成長と共に徐々に落ち着き、自我を取り戻していった。
平氏との対立により追いつめられた父が、まだ御霊を宿すには幼すぎる息子達にまで無理矢理御霊を飲ませたのだということは、大人になってから知った。
やがて、頼朝が挙兵すると範頼も他の弟同様に馳せ参じて平氏と戦った。
そこで初めて、範頼は自身に宿る御霊の力を知ったのだ。
「御霊の力はあまり使うな。敵の御霊使いに襲われた場合は身を守ることに徹して味方を呼べ」
頼朝は厳しい口調で言った。
「お前と今若——全成は幼いうちに御霊を飲み込まされた。魂への影響が強く出ることも考えられる」
万一、炎の御霊が暴走すれば味方も危険だ、と、頼朝は告げた。
「幸い、全成は土の御霊と相性が良かったようだがな。誰にでも御霊をうまく抑えられる才能があるとは限らん」
まるで、範頼には才能がないとでもいう言い方だ。範頼より先に頼朝の元に参じていた全成は頼朝から信頼されている。
——力があるのに何故使っちゃいけない。
「俺にだって、力がある」
——強い御霊を宿しているんだ。他の弟になど負けるわけがない。
「そうだ。俺はこれまで御霊を抑えてきたじゃないか。御霊を使って戦えば、他の弟よりずっと役に立つ」
——炎を使え。すべてを燃やせ。お前の力を見せつけろ。
「これは俺の力だ。俺はちゃんと戦える……」
頭がガンガン痛み、鼓動が激しく脈打つ。体の奥から聞こえてくる声に、意識が飲み込まれていく。
「これ以上、御霊の力を使うことは許さん! お前は源義朝の子供、源範頼だ。己の矜持を持て! 神の力を己の力と混同するな!」
兄の声。激しく叱責された。何故だ。俺の他の連中は、御霊の力を使っても何も言われないのに。
——見せつけてやればいい。もっと大きな力を。
——他の誰より、強いのだと思い知らせてやれ。
声がする。
その声だけは自分を認めてくれる。
——そうだ。お前を理解しているのは俺だけだ。
——だから、全部、俺に任せておけばいい。
やがて、範頼の意識はふっつりと途切れた。
(そうだ。俺はあのまま、炎の御霊に……)
思い出した記憶に、範頼は愕然とした。
あれほど言われたのに。神の力は自分の力ではないと。
そうか。そうだった。
頼朝は、範頼の魂が食い尽くされる前に死なせることで範頼の魂を救ったのだ。
(思い出した。今度は、今度は食われたりなんかしない。俺は)
——いいのか。
闇の中から声がした。
——俺が力を貸さなければ、お前など何の役にも立たないのに。
(そんなことない。黙れ。消えろ)
——どうせ、すぐに俺の元に落ちてくるさ。
「……黙れっ!!」
はっと目を開けて息を吐き出した。
荒い息を整えながら、目の前の頼朝を見上げる。
「……兄さん」
頼朝がふっと微笑んだ。
「おかえり、範頼」
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