第39話 神の魂




「どういうこと?」

「範頼。お前は御霊をどんなものだと思っている?」


 尋ねた範頼に、頼朝は問い返した。


「力を与えてくれる、便利な物だとでも思っていたか?」


 まるで浅慮を責めるような口調で言われて、範頼は言葉を飲み込んだ。

 御霊がどんなものか、など、考えたこともない。範頼が知っているのは、八百万の神の魂を封じ込めた御霊が存在し、それを飲み込めば神の力を使うことが出来ること。人智を超えた力を得るため、皆それを手に入れようと争った。

 範頼は源義朝の息子として、幼いうちに御霊を与えられた。その力で、長じて平氏と戦った。

 御霊は力を与えてくれるもの。それに間違いはないはずだ。


 だが、頼朝は範頼の内心を読み取ったかのように首を横に振った。


「御霊を宿せば大いなる力を得られるのは確かだ。だが、御霊は決して人間の便利な味方ではない」

「人間の味方じゃない……?」

「そうだ。人間によって封印された神が人間を守ると思うか。弱い人間の体内に宿って、おとなしく力だけを与えてくれると思うか?」


 頼朝の声はどこまでも冷ややかだった。範頼はぞくっと背中を震わせた。


「神の魂を宿すことが出来るのは、それを制御できる強い意志を持った人間だけだ。その中でも神の魂に真の所有者と認められた者だけが、御霊と共に記憶を持って転生できる。弱い人間は御霊に負ける。意識を御霊に乗っ取られ、魂を食われる」


 食われる、という言葉に力を込めて、頼朝は食い縛った歯を鳴らした。

 兄の冷たい口調の裏に潜んだ激しい怒りに気づいて、範頼はごくりと唾を飲み込んだ。怖い。頼朝が怖い。

 教えろと迫ったのは自分なのに、それ以上先を聞きたくないと思ってしまう。

 範頼の怯えを無視して、頼朝は言った。


「かつて、俺は御霊に食われた人間を見たことがある。俺達の父親だ」

「え……?」


 範頼は言葉の意味を飲み込めず、おぼつかない表情で頼朝を眺めた。

 そして、頼朝は長い、長い話を始めた。



***



 かつて、この日本国には人と人ならざるものが共存していた。


 妖怪。魔物。魑魅魍魎。呼び方は様々あれど、時に人を脅かし、時に人を助けるそれら不思議な存在を認識し、共に生きてきた。


 だが、人の数が増え営みが盛んになると、徐々に人と魔物らとの共存関係は崩れていく。人は自分達が生きていくために、魔物の住む領域を切り拓く必要があった。


 怒った魔物達は凶暴になり、人と魔物は激しく戦うようになった。


 魔物に対抗する力を得るため、自然の中に宿る神の力を利用することを誰かが思いついた。


 それまでこの国では、風にも水にも木にも神が宿り、人々は神を畏れ敬い、自然と共に生きていた。


 だが、神を封印し、その力を利用して魔物を倒せば、この国を人間だけのものにすることが出来る。そんな欲深な考えが湧き起こったのだ。


 しかし、神の怒りは恐ろしい。

 帝とその周りの殿上人どもは、神を封印し、その力を身に宿して魔物を倒すという恐ろしい役目を引き受ける気などなかった。

 その役目を負わされたのは、武士——源氏と平氏の者達だった。







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