第38話 炎と水
***
一方、範頼は頼朝の後に続いて地下へ続く階段を降りていた。
地下へ通じる入り口のところで時政と郷子に見送られて足を踏み入れた階段だが、純粋な日本家屋のイメージにそぐわない総コンクリート造りで寒々しい。
やがて階段が途切れ、頼朝が目の前の石の扉を開けた。
ぎぎぎ、と重く軋んだ音を立てて扉が開き、その向こうに広がる空間が姿を現した。四十畳ほどの広さの空間は天井と床、四方の壁も灰色のコンクリートで、天井につけられたライトの光が頭上を照らしていた。
一見、地下倉庫なのかと思うが、家具だの荷物だのは一切置かれていない。
こんな所にいったい何の用があるのかと、範頼は訝しげに頼朝の背中を眺めた。
その頼朝は、室の中央まで進み出ると、ピタリと足を止め振り返った。
「兄さん、こんな所で何しようってんだよ? 北条家に着いたら話すって約束だろ?」
緊張を押し隠して、範頼は頼朝に詰め寄った。
頼朝は無言のままズボンのポケットに手を入れた。取り出されたライターを見て、範頼は眉をひそめた。頼朝は喫煙者ではないし、自宅は火気厳禁でマッチやライターなんてほとんど目にしたことがなかった。
カチッと小さな音を立てて火が点く。頼朝はそれを何の躊躇いもなく放り捨てた。
途端、頼朝と範頼を囲んで火柱が立ち上がる。
「なっ……」
範頼は絶句した。コンクリートの床には円形に油が撒かれており、二人が立っていたのはその真ん中だったのだ。
範頼は「何のつもりだ」と頼朝を問い質そうとしたが、燃え盛る炎の色が目に入った瞬間、どくんっと心臓が大きく跳ねて息が詰まった。立ち上る火柱から目が離せない。
ズキズキと頭が痛んだ。急激に意識が遠のく。
(なんだ……? この感じ……覚えがある、気が、する)
深い闇に堕ちていくような感覚。底で手を伸ばしている者がいる。さあ、こっちへ来い。そう言われている気がする。その声に従えば、ひどく楽になれる気がする。
範頼の体から力が抜けていく。頭がぼうっとする。
(……炎……ほのお……)
意識が途切れそうになる直前、頼朝の手が伸びて範頼の視界を遮った。
その手が軽く振られると、何もない空中から突如、水が出現して、燃え盛っていた炎を一瞬でかき消した。
範頼は自身が水をかぶったようにハッとして我に返った。
名残の煙が焦げ付いたコンクリートの上に漂っている。範頼はどくどくと鳴る胸を無意識に押さえた。まるで危うい所だったというような恐怖が喉を締め付けた。
(なんだ……?)
地下だからというわけでもなく息が苦しい。
「今のが俺の持つ水の御霊の力だ。思うままに水を操ることが出来る」
頼朝はそう言って、手のひらを仰向けた。その上の空中にコップ一杯分程の水の塊が出現し、こぽこぽと音を鳴らして揺るぐ。
「そして、お前が持つのは炎の御霊。あらゆる物を燃やし尽くす荒ぶる神の魂だ」
頼朝が手のひらを返しただけで、水の塊が蒸発して消える。
範頼はその場にぺたりと座り込んだ。頼朝の言葉を聞きながらも、どうしても納得できないことがあった。
「なんで……」
声が掠れていた。
「なんで、兄さんは俺を炎から遠ざけようとしていたんだ……?」
幼い頃からずっと、火に近づかないように育てられてきた。おかしいではないか。範頼に炎を操る力があるというなら、それほど炎を恐れる必要はないではないか。
「なんで……なんで、俺が火を使うのを嫌がったんだよ……炎の御霊の持ち主なのに、どうして……兄さんが俺の御霊を封じたってどういう意味だよ」
そんなに自分に炎の力を使わせたくなかったのか、そう尋ねる範頼を見下ろして、頼朝はわずかに厳しい表情になった。
「お前を、守るためだ。炎の御霊から」
「え……?」
頼朝の言っている意味がわからなくて、範頼は眉根を寄せて頼りなげに兄を見上げた。
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