第37話 風の御霊




「ようこそいらっしゃいました。北条家当主北条義時です」


 背後に父親を従えて堂々と当主と名乗る義時が三人を出迎えた。

 時政はやや憮然とした表情だが何も言わない。前世から引き続き力関係が逆転しているらしい親子だが、義時に言わせると「北条家最強は政子」とのことで頼朝もそれに対して異論はない。


「では、早速ですが義経様は俺に着いてきてください」


 面白くなさそうに義時が言う。


「殿と範頼様はこちらへ。郷御前もご一緒に」


 時政が義経以外の三人を案内するのを睨みながら見送る。いつもなら頼朝をもてなすのは自分の役目だというのに。


「まったく、なんで俺が……まあ、殿のご命令なので仕方がない。さっさと済ませたいので早く行きますよ」


 頼朝の姿が見えなくなるや、ぶつぶつ愚痴りながら身を翻して歩き出す義時。義経は慌てて追いかけた。


「あ、あのさぁ。兄さん達はどこに行ったの?」

「地下です」


 義時は振り向きもせずにぶっきらぼうの答えた。


 こいつ、頼朝兄さんの前では猫かぶってやがるな。と、義経は軽くムカついた。


(郷子、大丈夫かな……)


 長く広い廊下を何度も曲がって歩き続ける。

 どんだけ広いんだこの忍者屋敷。と、義経が呆れたところで、黙々と先を歩いていた義時が突き当たりの赤い戸の前で立ち止まった。他の部屋とは違って、何か物々しい雰囲気が漂っている。


「この中に、北条家が八百年間守り続けたものがあります」


 義時は静かに言って、初めて義経を振り返った。


「貴方は、それを手に入れる覚悟がありますか?」

「……?」


 突然、北条家が守ってきたという何かを手に入れる覚悟を問われて、義経は戸惑った。


「ちょ、ちょっと待って。兄さんは「御霊の封印を解く」って言って僕達を連れてきたんだよ。なのに、なんで僕だけ別行動なのさ。だいたい、この中に何があるかも知らないのに、手に入れるとか覚悟とか訳のわかんないことを……」

「殿は範頼様の御霊の封印を解くおつもりです」


 義経の抗議を遮って、義時が言う。


「範頼様は炎の御霊をお持ちです。殿は範頼様を守るためにその力を封印してこられた」

「じゃ、じゃあ、僕の御霊は……?」


 義時の言い方だと、頼朝は範頼だけに封印を施したように聞こえる。


「僕の御霊も、封印されたんじゃないの?」

「いいえ。貴方は最初から御霊など持っていない」


 義経の疑問に、義時はきっぱりと答えた。

 義経は目を見開いた。御霊を持っていない。

 そんなはずはない。前世で源氏と平氏は激しく戦った。義経自身に戦いの記憶はないが、御霊の力無しに平氏を打ち破れたはずがない。義経は屋島でも壇ノ浦でも兵を率いて戦ったはずだ。


「長い話になりますが、そもそも御霊とはなんなのかから説明しましょう」

「それぐらい知ってるよ。八百万の神の魂を封じ込めたもので、飲み込めば神の力が使えるようになるって……」

「では、何故、源氏と平氏がその御霊をほぼ独占していたのだと思いますか」

「え……?」


 義時の問いに、義経は眉をひそめた。いったい義時は何が言いたいのだろう。

 義経の困惑を見てとったのか、義時は軽く息を吐くと赤い戸に手をかけゆっくりと引き開けた。


「話す前に、これを見ていただきましょう」


 板の間の部屋の中央には大きな祭壇があった。他には何の家具もなく、祭壇に祀られた桐の箱がこの部屋の主人であることを如実に物語っている。


 義時は祭壇に近寄ると恭しく桐の箱を取り上げた。


「これが、我が北条家が頼朝様よりお預かりした八百万の神の御霊の一つ——風の御霊です」

「風の……御霊……」


 義時の手元を覗き込む。桐の箱の中には不思議な色合いの硝子玉のようなものが収まっていた。よく見ると、確かに表面に風という字が浮き上がっている。

 義経は実際に御霊を目にしたのは初めてだった。


「なんで、これだけがこんなに厳重に仕舞われてるの? 誰かに飲ませなかったの?」


 御霊は人が体内に宿してこそ力を発揮するはずだ。貴重な戦力になりそうな物を、何故誰も使わなかったのか。


「この御霊は、最初、貴方のお父上である源義朝公が宿しておられました」


 義時は淡々と言った。


「頼朝様の手で討たれるまでは」

「え?」


 義経はぽかんと口を開けて義時を見た。無表情のままの義時は、静かな口調で長い話を語り始めた。


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