第31話 土の御霊




「覚悟しろ、源頼朝!」


 毎度オリジナリティのない台詞を引っさげて、ナイフやらなんやらで武装しているチンピラ七人。


「家庭菜園踏むんじゃねーぞ」


 頼朝がダイニングテーブルから立ち上がりもせずに言う。


「兄さん、こいつらみたいなのも前世の記憶があるの? こんな奴らにも何か役割があるってこと?」


 義経は庭の七人を指差して頼朝に尋ねる。今まではなんの疑問もなくしばき倒してきたが、この連中に前世の記憶があるのなら何か役割があるということだ。

 しかし、こんな雑魚どもに与えられた役割なんて自分達にしばき倒されることぐらいしか思いつかない。


「心配すんな。こいつらは源平にも前世にもなんの関係もないただの一般人だ。面倒臭いから「平氏の刺客」と呼んでいるが、正確には「平氏がその辺のチンピラを捕まえて洗脳していいように使ってるだけの無関係な部外者」だ。いつも倒した後は洗脳を解いて逃がしてやってるから大丈夫だ」

「なんだ。よかった」


 頼朝の説明で雑魚が雑魚と判明して義経は胸を撫で下ろした。


「でも可哀想だねぇ。ただのチンピラなのに平氏に利用されて」

「お前ら、雑魚とかチンピラとか言い過ぎだろう!!」


 食卓についたままで会話する兄弟に、庭から突っ込みが入る。

 兄と弟に無視されている刺客があまりに気の毒なので、自分が倒してやろうと立ち上がりかけた範頼だったが、それより先に座ったままの全成がさっと右手を挙げた。


「兄上の御前だぞ。図が高いわ」


 そう言って全成がさっと手を振った。途端、庭から悲鳴が響いた。地面が大きく陥没して、その上に立っていた男達は哀れにも穴の中に真っ逆さまに落下した。


「こら全成。うちの庭をえぐるな」

「すいませーん。後で戻します」


 頼朝に叱られて全成は首をすくめた。範頼は愕然として庭に開いた大穴を見下ろした。


「すっごーい。今のって御霊の力だよね?」

「左様。私が授かりし土の御霊の力でござる」


 感心する義経に、やたらと芝居がかった動作で答える全成。


「……なんで」


 範頼は唇を噛んだ。


「なんで、こいつが御霊を使えるんだよっ!?」


 居間がしんと静まり返った。

 範頼は握り拳を作って叫んだ。


「俺の……俺達の御霊は封印されているのに、なんで義平さんやこいつは自分の御霊を使えるんだ!?」


 自分だって本当なら、御霊を使って戦えるはずだ。御霊が使えないから、頼朝は自分を頼ってくれないのだ。

 範頼は悔しくて腹の底が熱くなった。自分達の御霊は封印されていると頼朝は言った。なのに、頼朝は具体的に封印を解く努力をしようとしたことがない。

 そもそも、御霊について話題にすることもほとんどない。範頼や義経が尋ねたことに対して言葉少なに答えるだけだ。

 何故なのか。敵と戦うためには戦力は多ければ多いほど有利なはずだ。それなのに、何故自分達を戦力に数えようとしないのか。


 激昂する範頼を、頼朝は無言で見つめていた。その隣で、全成がやれやれと言いたげに肩を竦めてみせた。


「……だから、早くした方がいいって義門にも言われたでしょう。北条では準備が整っているというのに、何を迷うのです?」


 全成は範頼を無視して頼朝に静かに語りかける。


「兄上らしくもない」


 頼朝の肩をぽんぽんと叩いて、全成は踵を返して範頼に背を向けた。

 その背に何か言おうとする前に、全成はひらひらと手を振って居間から出て行った。


「後はごゆっくり」


 残された兄弟は気まずい沈黙の中に取り残された。頼朝は静かな表情をわずかに歪めて範頼を見ている。

 激情に駆られて兄に不満をぶつけた範頼だが、頼朝の冷ややかな雰囲気に飲まれて言葉を失っている。冷静になってみれば急に肝が冷えた。

 内心動揺する範頼だが、範頼以上に動揺しているのは義経だった。範頼の葛藤を知らない義経からすれば、いつも仲の良い兄二人に突然険悪な雰囲気が降って湧いたのだ。間に挟まれて、どうしたらいいかわからない。


 弟二人が発する言葉を見つける前に、頼朝が範頼に向かって静かに尋ねた。


「……そんなに、力が欲しいか?」


 その言葉に反応したのは範頼だけではなかった。義経ははっと顔を上げて無意識に胸元を押さえた。


「力が欲しいか」


 頼朝の低い声には何か不穏な感情が込められているように思われた。範頼を見つける目にも、どこか冷ややかな色があるような気がした。

 その冷徹な態度に飲まれて、範頼は一歩後ずさった。怖いのだ。頼朝のことが。


 それは範頼にとっては意外な感情だった。今生の頼朝に恐れを抱いたことなど一度もないはずだった。義経が頼朝を責め立てた時に見せたのと同じ、天下人の表情を見せる頼朝の威厳に、範頼は完全に言い返す気力を失くしていた。


 頼朝とは別に、義経も何か得体の知れない不気味さを感じていた。頼朝に、ではなく、頼朝の言った言葉が胸に引っかかっていた。


 力が欲しいか。

 そのたった一言が、義経の胸の中でぐるぐると暴れまわっていた。

 その言葉を、どこかで聞いたことがあるような気がする。そしてそれは、とても恐ろしい記憶に繋がっているような気がした。


 弟二人が静かな恐慌に陥り、頼朝が天下人の表情を保ったまま二人を見下ろしていたその時、庭から悲鳴が響いた。


 陥没していた地面が今度は大きく隆起し、まるで生き物のように動いて上に載っていたチンピラどもを塀の外に投げ落とした。驚いてそちらへ目を向けると、庭に立っていた全成がこちらを向いてガッツポーズをした。

 隆起した地面が萎むように徐々に平坦な庭に戻っていく。


「まったく、あいつは。うちの庭で遊ぶんじゃないぞ」


 頼朝が仕方がなさそうに肩を竦めてベランダに歩み寄った。その後ろ姿は一瞬で天下人から普段の兄さんに戻っている。


 庭に向かって小言を飛ばす頼朝と、それに応える能天気な声が聞こえてくる。

 室内の雰囲気が変わったことがわかったのか、弁慶が義経の手元から肩の上に跳ね上がった。

 ぽちぽちと頰に体当たりしてくる弁慶に、義経は闇の中をさまよっていた感情が戻ってくるのを感じた。それと同時に、郷子に言われたことを思い出す。

 頼朝はいろんな秘密を抱えているだろう。だが、それはきっと必要なことなのだ。

 頼朝はブラコン兄貴であると同時に、源氏の頭領なのだ。その姿を垣間見ただけで、動揺する必要はない。

 義経は気を取り直して頼朝の背中を見た。

 これは自分達の兄だ。だが、自分達だけのものではない。源氏の者達みんなの頭領なのだ。


「うおお、庭の形が変わってるー! どうなってんのこれ?」


 義経もベランダに駆け寄って、頼朝と一緒に庭を眺める。


「範兄ちゃんも見てみなよ!」


 明るくはしゃぐ義経の声に、範頼は顔を上げたが、彼は弟ほど上手く気持ちを切り替えることが出来なかった。

 だが、これ以上頼朝を問い詰めても何も答えてはくれないだろう。

 そして何よりも、頼朝を問い詰める勇気が範頼にはなかった。どんなに激情をぶつけても、頼朝の冷徹な一言で一瞬にして肝を冷やされてしまう。

 納得はいかなかったが、引き下がるしかなかった。


 力が欲しいか。


(欲しいさ……欲しいに決まってる……)


 力があれば敵と戦える。頼朝の役に立てる。認めてもらえる。

 チリチリと何かが胸の奥で燻っていた。

 それに気づかないまま、範頼はただひたすらに力を求めていた。



 庭を眺めながらも、頼朝は背後の範頼の気配に気をやっていた。弟が納得していないことはよくわかっている。もう誤魔化せないだろう。

 頼朝は源氏の頭領として、決断を下さねばならなかった。



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