第29話 阿野全成
範頼は釈然としない思いを抱えたままで、大学でも授業に集中できなかった。
講義の合間に携帯で「阿野全成」の名前を検索した。
液晶に表示される検索結果は大半が「阿野全成は源義朝の七男。源頼朝の異母弟。義経の同母兄。父義朝が平氏に敗れたのち寺に預けられたが、後に挙兵した頼朝の下に駆けつけた。」と簡潔な説明だったが、より詳しい説明を求めてページを開いていると、徐々に阿野全成の生涯がわかり始めた。
阿野全成は源義朝の七男として生まれた。母親は義経と同じく常盤御前。
父である義朝が平氏に敗れたため、幼い全成は寺に預けられた。だが、成長した全成は寺を抜け出し、兄の頼朝が挙兵すると兄弟の中では一番早く駆けつけ合流したため、頼朝は涙を流して感激したといわれている。頼朝の死後、二代将軍頼家と対立し配流され殺害されている。
範頼は愕然とした。
同じ弟である範頼と義経は、共に頼朝に追われる身となり滅びたのに対し、全成は頼朝が生きている間はずっと部下として重用されたというのだ。
義経や範頼と違って武将として目立つことがなかったので頼朝から警戒されなかったとも言えるが、全成が前世でも今生でも頼朝の下で働いているという事実が範頼には苦かった。
何故なら、前世はともかく今生の範頼はただの大学生であり、頼朝のために働いたことなどないからだ。
むしろ、頼朝に養われ、幼い頃から刺客から守ってもらう立場だ。頼朝から何かを命令されたこともない。
義経はまだ中学生だが、自分は十九になる。頼朝の部下で最も若い義時は高校生だ。
今まで感じたことのない焦燥が範頼の身に湧き起こってきた。
平氏がさし向ける刺客を適当に撃退しつつ日々を暮らしてきた。
だが、源氏と平氏の間がそれで済んでいるとは今はもう思っていない。平氏側には刺客どもとは段違いに強力な御霊使いがおり、頼朝も多くの部下を抱えて平氏に対峙している。それが薄々わかりかけていた。
頼朝は家ではただのブラコン兄さんだが、転生した部下を統治する源氏の頭領でもあるのだ。
問題は、範頼自身は源氏の頭領としての頼朝に関わらせてもらっていないということだった。
全成は、おそらく頭領たる頼朝の命令を受けて動いている。頼朝から部下として信頼され、同時に弟と認められている。
範頼は拳を握りしめた。形容しがたい複雑な感情が胸のうちに灯ったのを感じたのだ。
それが味方——まして異母弟に向けるべき感情でないことがわかっているからこそ、範頼は拳を握り締めてその感情が溢れ出すのを押さえつけなければならなかった。
そんな風に感情を抑えようとする範頼を挑発するかのように、ここ数日、全成がちょろちょろと現れては頼朝を「兄上」と呼んで、なにがしかの指示を得て帰っていく。
範頼はそれを苦々しい思いで見ていた。
義経も何かしら釈然としない思いを抱えているようだが、範頼ほどには全成を意識していない。頼朝兄さんが兄弟だと言うならそうなのだろう、ぐらいの認識である。全成の方も義経に対して特に兄貴面をするわけでもないから、あまり関わる必要もないと判断して顔を合わせれば挨拶する程度に落ち着いている。
そんな二人の内心を知ってか知らずか、全成はへらへら笑って冗談を飛ばして頼朝に窘められたり、調子に乗って小突かれたりしている。
気にしないように努めても、その姿を見る度に範頼が眉をひそめてしまうのはどうしようもないことだった。
その日の朝もふらっと現れた全成が頼朝に招かれて食卓に加わった時、範頼は苛立ちまぎれについ「本当に兄弟なのかよ」と漏らしてしまった。
一度口にすると勢いは止まらず、目を丸くする頼朝を見ないようにして範頼は吐き捨てた。
「だって、俺の異母弟のはずなのに、どう見ても俺より年上に見えるし! 二十歳なんかとっくに越しているように見えるぞ!」
それは義経も思っていたことだったので、不思議そうに頼朝の顔を見遣った。
頼朝は顔色一つ変えずに「ああ」と頷いた。
「そりゃそうだ。兄弟とは言っても、今生では血の繋がりはないからな」
当たり前のように言った頼朝の言葉に、義経と範頼は同時にぽかんと口を開けた。
頼朝は涼しい顔で説明を始めた。
「前世で親子兄弟だったからと言って、今生でも同じように生まれるとは限らない。違う親から生まれることも多いし、年の差や生まれ順も前世とは違うことがある」
頼朝の隣で、全成がうんうんと頷いた。
「まあ、時政と義時のように前世と同じく親子に生まれるケースもあるが、稀だな。だから、今生の全成は俺達と血の繋がりはないし、範頼よりも年上だ。今年で二十三だったか?」
「二十四です」
「そうそう。俺の下にやってきてくれた時はまだ中学生だったな」
「前世の記憶を思い出したのが遅かったもので……中一の国語の授業で平家物語を習った時に思い出しました。教材のビデオを見たんですよ。頼朝役の役者が下手くそで、「俺の兄上はこんなんじゃなかった」と思わず感想が溢れて、その途端、前世の記憶がぼろぼろと溢れてきて……授業中に「思い出したぁぁぁっ」って叫んですげー白い目で見られました」
飯をほいほい口に運びながら懐かしそうに言う全成。
「まぁ、いつ誰の子に生まれるかは自分では選べん。大事なのは、前世の記憶があって、お互いに兄弟と認めているという事実だ」
締めくくるように頼朝が言ったが、範頼は衝撃に何も言えないままだった。
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