第28話 頼朝の弟
「ああああっ!」
朝一番、義経の悲鳴が響いた。
朝食の準備をしていた頼朝と朝のニュースを観ていた範頼がはっと顔を上げる。どたどたと乱暴に廊下を走る音に続いて、居間の扉の隙間から小さな影がさっと飛び込んできた。
「兄さん! それっ、それ捕まえて!」
次いで、涙目の義経が居間に駆け込んでくる。
義経の指す「それ」は、台所の食器棚の上に飛び乗ると短い尻尾をふりふり振った。
「弁慶が食われるーっ!」
義経の悲鳴に食器棚の上に目を凝らせば、なるほど、弟が焦っている理由がよくわかった。体の大きいトラ猫の口に、弁慶が咥えられている。
どこからか入り込んできた野良猫に捕まってしまったのだろう。
「……ネズミと間違ったんだろうか」
「その前に、味するのか? あれ」
頼朝と範頼は思わず単純な疑問を口にする。
「落ち着いてないで、弁慶を助けてよ!」
兄二人の薄情な態度に義経がキレる。
弁慶は常に義経を守っている、だから絶対に傍から離すな大切にしろ、と幼い自分にさんざん言い聞かせたのは頼朝ではないかと、義経は憤る。大切な相棒の危機だというのに。
「落ち着けって……よーし、猫ー。ほーらこっち来い。煮干しやるぞー」
頼朝が小皿に避けてあった出汁を取った後の煮干しをちらつかせる。
だが、猫はぽんっと食器棚を蹴って床に降りると、範頼と義経の間をすり抜けてベランダの窓から庭へ走り出てしまった。
「ああっ! 弁慶ーっ!」
慌てて追いかけようとした義経がベランダに駆け寄る前に、庭からふぎゃあっという悲鳴が聞こえた。
「やあやあ、ここが源家と知っての狼藉か。度胸のある猫だな」
庭から猫の首根っこを掴んで現れたのは、つい先日頼朝から紹介された男、阿野全成だった。
「全成。猫を捕まえてくれたのか」
ベランダから顔を出した頼朝が顔を綻ばせる。
全成は猫の口からもぎ取った弁慶を義経に返し、頼朝に招き入れられてベランダから居間に上がった。
「助かったぞ。義経も礼を言え」
「あ、ありがとうございます……」
猫の牙の形にへこんでしまっている弁慶を労わりながら、義経は首を傾げて礼を言う。
前世で同母兄だったと言われたものの、いきなり現れた相手に対して親近感などは微塵も湧いてこない。そのため、微妙な感謝の言葉になってしまったが、全成はまったく気にしていない様子で頼朝に歩み寄る。
「……こんな朝っぱらから何の用ですか? つか、庭からじゃなく玄関から来てくださいよ」
兄の部下達はことごとく神出鬼没で対応に困る。範頼は苦虫を噛み潰した表情で軽く全成を睨んだ。
「まあ、そう言うな範頼。用があって呼んだのは俺だ」
頼朝の言葉に、範頼はぴくっと反応した。
「用って……」
「さて、さっさと朝飯食わないと遅刻するぞ。義経も範頼も。全成も座れ」
頼朝は手際よく朝食をテーブルに並べ、弟達を促した。
「わー。兄上の手料理だ。いただきます」
手放しで喜ぶ全成。どこまでも能天気なその態度に、範頼は釈然としないものを感じる。
義経の同母兄、自分の異母弟にあたるはずの阿野全成だが、前世ではあまり関わりがなかったのか、記憶に残っていない。
だが、頼朝にはしっかり記憶があるのだろう。こうしてなんの躊躇いもなく団欒に加えることからも、全成を弟として扱っているのが伝わってくる。
(なんか……うまく言えないけど、違和感がある……)
義平が現れた時も驚きはしたが、彼は「頼朝の兄」だったから頼朝から丁重に扱われるのも納得できた。
前世では自分や義経が幼い時に既に亡くなっていて、遠い存在だから返って受け入れやすかった。
だが、「頼朝の弟」と言われると、どうしても自分と義経こそが頼朝の弟だという思いが先に立って、いきなり現れた他の人間を「頼朝の弟」と認めることが難しい。
結局、もやもやした気分のまま朝食を終え、範頼と義経と共に頼朝と全成に見送られて登校した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます