第27話 謎の男
頼朝はゆっくりと目を開けた。
懐かしい夢を見た。源頼朝がこの世に復活した日。今生で得た名前を捨てた日のことだ。
体を起こして時計を見ると、目覚めるには少し早い時間だった。カーテンを開けるとまだ薄暗い。もう一度寝床に戻る気にもならなくて、頼朝は布団を片付け始めた。
今さらあんな夢を見るだなんて、昨日、北条家で八百年前の名残を目にしたせいか。
頼朝はふっと自嘲的な笑みを浮かべた。あるいはこの夢は、すべてを始める時だと、いまだに往生際悪くぐずぐずしている自分を鼓舞しているのかもしれない。
「……わかっているさ」
小さく呟いた。
わかっている。己のすべきことは、すべて八百年前に覚悟したことだ。
頼朝は何かを振り切るように前髪をかき上げた。
いつまで経っても頼朝が起きてこないため、義経は仕方がなく朝食を作り始めた。基本的に家事全般は頼朝がこなしているし、頼朝が不在の時は神出鬼没の男藤九郎がいつのまにか家事に勤しんでいるのだが、今朝はどちらも姿を見せない。
「あれ? 兄さんは?」
遅くまでレポートを書いていて寝不足の範頼が、目玉焼きを作っている義経を見て眠そうな目を擦りながら尋ねた。
「まだ、起きてこないんだよ」
「ふぅん? なんか最近兄さんおかしいよな」
台所の戸口に立ったまま、範頼は口を尖らせる。
範頼の言う通り、最近の頼朝は少しおかしいと義経も思っていた。よく出かけているようだし、義経や範頼が帰宅した時にまだ帰っていないこともある。
救いようのないブラコンである頼朝に、自分達よりも優先するものが出来たのだろうか。目玉焼きを皿に移しながら義経は兄のここ最近の言動を訝しんだ。
鍋のお湯が煮立ったのでスイッチを止めて味噌を入れる。範頼が皿をダイニングテーブルへ運んでくれる。ちなみに、義経は時折頼朝の家事を手伝うこともあるので簡単な料理は出来る。だが、範頼はからきしだ。
どういうわけか、頼朝は昔から範頼が台所に立つのを嫌うのだ。というか、範頼が火に近づくことを極端に恐れている節があった。源家では花火をするのも禁止だし、台所はガスではなくIHだ。調理実習のある日は学校を休まされたり、一度頼朝に内緒で調理実習のある日に登校した際には、何故か家庭科の時間に生徒達に混じって頼朝が範頼の代わりに黙々と調理をしていた。
得体の知れない美形のまさかの突然参加にクラス中が騒然となったが、教師は何故かなんの反応も示さず、それがまたクラスメイトの動揺を煽った訳だが、いったい自分の兄はどこまでどういう伝と権力を持っているのだろう、と範頼は怒りも通り越して頭を抱えた。
そんな昔のことを思い出しつつ、範頼は時計を見た。もう九時を過ぎている。普段は五時に起きる頼朝が四時間も寝過ごすとは考えづらい。
「ちょっと、兄さんを起こしてくるわ」
「あ、僕も行く」
様子を見に行こうと廊下に出た範頼に、義経もついていく。
「それにしても、いるとウザいのにいないと拍子抜けするよな」
「確かに」
「まさか、ブラコンを卒業する歳になった……とか」
「まさか」
苦笑いを浮かべながら階段を上っていくと、頼朝の部屋の襖がすっと開いて、中から一人の青年が出てきた。
二十代半ばといった年恰好で、白い狩衣を着ていることを除けば有能なビジネスマンのような雰囲気だ。
青年は二人に会釈すると、すれ違って階段を降りていった。思わずぺこりと頭を下げて見送ってから、義経は範頼に尋ねる。
「……今の誰?」
「さあ?」
早朝に兄の部屋から見知らぬ男が出てきたが、頼朝の場合、こんなことも珍しくはない。藤九郎なんかも良く出てくる。その度に「いつの間に来てたんだ」と不思議になるが。
今のは初めて見る男だった。彼も、頼朝の部下なのだろうか。
すると、再び襖が開いて、今度は頼朝が顔を出した。
「おい、待て。戻ってこい
「呼びました?」
頼朝が呼びかけるや、今しがた階段を降りていったはずの男が大股三歩で階段を昇りきって頼朝の前に着地した。人間離れした動きに驚く弟達とは対照的に、頼朝はなんら動揺した様子を見せずに男に尋ねる。
「確認したいことがあったんだ。梶原が俺の写真を奴のインスタに載せているって本当か?」
「それは違いますよ」
「ああ、そうか。よかった。そうだよな、そんなことがあるわけ……」
「正確には奴のインスタではなく、奴が管理している兄上のベストショットを共有するためのインスタです。掲載枚数はダントツで梶原と義時で、常に一位を奪い合っています。もちろん、フォロー数もすさまじくて芸能事務所からのスカウトがひっきりなしですが、その辺はきちんとブロックしているのでご安心ください」
「どうして誰も止めないんだよ! 仲間の奇行を!」
滔々と説明された一文を聞くなり、頼朝が耐えきれぬように叫ぶ。
自分の部下が義時を筆頭に「源頼朝ファンクラブ」とかふざけた名称を名乗っていることは知っていたが、勝手にネット上の有名人にされていたとは知らなかった。
極力接触は避けろ、今は目立った動きをするなと再三命令してあるはずなのに、何故誰一人として頼朝の肖像権を尊重してくれないんだ。
頼朝はがっくりと廊下に膝をついて項垂れた。
自分の下に集った者達は前世から最も信頼の置ける有能な部下達であることに間違いはない。間違いはないはずだ。
それなのに、何故こんなくだらないダメージを負わされなければならないのだろう。疲れた。
「あの〜……、兄さん?」
打ちひしがれてしまった兄と、得体の知れない男を見比べて、やはりここは慣れ親しんだ兄の方に声をかけるべきだと判断した範頼が遠慮がちに口を開く。
ブラコンは健在なのか、落ち込んでいた頼朝が弟の声に反応してわずかに顔を上げた。彼は範頼と義経の浮かべるなんとも言えない表情を見て「ああ」と声を漏らす。
「お前達は今生では初対面だな。こいつは
頼朝が親指で示しながら紹介すると、得体の知れない男がひらひらと手を振った。
「義経。前世ではお前の同母兄だった奴だ」
「……へ?」
義経は目を丸くして目の前の男と頼朝の顔を見比べた。
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