第19話 嫌悪
「義経!」
黙ったままの頼朝に掴みかかろうとした義経を、範頼が羽交い締めにして止める。
「落ち着け! 前世の記憶なんか誰だってはっきり覚えていやしねぇよ! 俺だって、戦いの記憶はぼんやりとしか残ってねぇし……」
「でも、範兄ちゃんは少しは覚えているんだろ? 僕は戦いの記憶が少しも……一つもないんだ! 自分が何の御霊を持っていたかさえ覚えていないんだ!」
「それは……っ」
なんとか宥めようとする範頼だが、義経の言葉に声をなくす。
「二人共っ、僕に何か隠してる!」
堪えきれずに叫んだ義経に、それまで黙って聞いていた頼朝が口を開いた。
「よく聞け、義経」
静かな声に、義経も範頼も口を噤んで頼朝を見上げた。
頼朝は冷静な表情と口調で言う。
「お前の知りたいことは、いずれ嫌でも知ることになる」
少しも威圧的な力など込められていないのに、静かな声音の迫力に圧倒されるような気がする。
そこには義経達が知っている気のいいブラコン兄さんの姿はなかった。天下人としての源頼朝がそこにいた。
「いずれ、それも近いうちにだ」
はっきりと確信している口調に、義経は息を飲んだ。知りたいと強請ったのは自分なのに、恐怖すら感じる。
範頼も同じなのか、義経を捕まえる手がふるっと震えたのを義経は感じ取った。
頼朝は静かに歩み寄ると、手に持っていた弁慶をそっと義経の肩に乗せた。そうして、弟達に背を向ける。
その背中に声をかけることは、義経にも範頼にも出来なかった。
長い沈黙の後、二人に背を向けていた頼朝がくるりと振り返った。
「ところで、いつまで玄関にいるつもりだ? 義経、風邪引くからさっさと風呂に入ってこい。範頼も、服が濡れただろ? 着替えてこい」
笑顔を浮かべたその顔は、いつもの頼朝の顔だった。
範頼がふーっと息を吐いて体の力を抜くのが、背中越しに伝わる。範頼はぱっと義経を放すと、頼朝の後を追いかけて廊下を戻っていく。
後に残された義経は、玄関に立ち尽くしたまま、頼朝の言葉を思い返した。
いずれ、嫌でも知ることになる。
やはり、頼朝は何か知っているのだ。義経が天狗と呼ばれる理由を。義経に戦いと御霊の記憶がない理由を。
義経の脳裏に、ついさっき蘇ったばかりの記憶が焼き付いている。
前世の一場面。兄、頼朝に初めて出会ったその時。
期待と不安で兄を見上げる義経を見下ろした、頼朝の表情。
薄汚れたものを見るかのような、嫌悪をありありと刻んだ兄の顔。
今生の頼朝にあんな目で見られたことはない。
何故だろう。何故、あの時、頼朝は義経をあんな侮蔑の表情で眺めたのだろう。
(わからない……何もかも……)
義経はすっかり冷たくなった服がまわりつく体を抱きしめた。
かすかに体が震えるのは、寒さのせいだけではない気がした。
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