第17話 冷たい声
「勝手な行動を取るな。帰るぞ」
厳しい声でそう言う能宗に対して、知章は義経を締め上げたまま振り返った。
「うるさい。僕に構うな」
忌々しげに言う。能宗は呆れたように溜め息を吐いた。それが癇に障ったのか、知章は吠えるように怒鳴った。
「貴様のようなガキが僕に指図するなっ。目障りだ! 消えろ!」
仲間であるはずの相手に向かって激情をぶつける知章に、義経は口を挟むことができずに二人の姿を眺めた。
怒りをぶつけられた能宗は、やれやれとでも言いたげな表情で頭を掻いた。
次の瞬間、能宗の手から放たれた紙の紐が、知章の腕に絡みついた。知章は咄嗟にそれを引きちぎろうとするが、その前に地面を蹴った能宗が知章の鳩尾を打った。
「ぐっ……きさ、ま……」
然程、力を込めた攻撃には見えなかったが、知章は腹を押さえてその場に崩れ落ちた。
地面に膝をついた知章の上半身を受け止めて、能宗は呆気にとられる義経に向かって静かに言った。
「こいつが迷惑をかけた。今日のことは忘れてくれ」
腹を押さえて呻く知章に肩を貸して立ち上がらせながら、能宗は踵を返して義経に背を向けた。その態度からは一刻も早く知章を義経から遠ざけたいと思っているように感じられた。
そのまま歩き出した能宗を、義経は慌てて呼び止めた。
「あのっ……、」
「一つ、言っておく」
義経の言葉を遮って、能宗が背を向けたまま足も止めずに言う。
「こいつをこんな風にしたのはお前だ。こいつがお前を許さないように、俺もお前を許さない。こいつをこれ以上傷つけたら、命令なんか無視してお前を殺してやる」
こいつ、というのが知章のことだというのはわかったが、それ以外は何一つ理解できなかった。
知章をこんな風にしたのが義経だとは、どういう意味だ。
言葉をなくした義経を置き去りにして、能宗と知章は雨の向こうに消えていった。
(僕が……何をしたっていうんだ……?)
二人の姿が見えなくなった後も、義経はその場に立ち尽くしたまま雨に打たれていた。
小さく呻き声をあげる知章の腹に血が滲んでいるのを確認して、能宗は呆れた口調で言った。
「だから、安静にしてろって言っただろうが。傷が開いちまってるじゃねぇか」
前回の襲撃の際に深手を負った知章は、本来ならまだ起き上がれる状態ではないのだ。それなのに、屋敷を抜け出して勝手な行動をして、本当に馬鹿な奴だと能宗は思う。
「無理して来たところで、義経を殺せないのはわかってただろ。今はまだ源氏を殺すなと忠度様に厳命されているからな」
上層部が何を企んでいるのか知らないが、今生において源頼朝をはじめとする源氏勢に危害を加えることは許可されていない。
刺客とは名ばかりで御霊も持たない平氏でもないチンピラを操って送り込んでいるに過ぎない。そんなもので、頼朝にかすり傷一つ負わせられるとは誰も思っていないだろうに。
「それから、俺をガキ扱いすんな。今生では俺の方が年上なんだからな」
知章からの返事はない。痛みに気を取られて聞こえていないのかもしれない。
このまま雨の中を平氏の屋敷まで帰るのは無理そうだな、と能宗が知章の様子を窺いながら考えた時、頭上から冷たい声がかけられた。
「この雨の中、そうやって帰るつもりか」
思わず見上げると、建物の三階部分のベランダの柵に腰掛けてこちらを見おろす清宗と目が合った。
「兄貴」
清宗は能宗に抱えられている知章を一瞥すると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「世話の焼ける奴め」
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