第15話 手のひら




「じゃあ、世話になったな。達者で暮らせよ」


 翌朝、エンジンをかけたトラックの前で義平が別れを告げると、頼朝は憮然とした表情でぼやいた。


「やっと帰ってきたと思ったら、すぐにまたどっか行くのかよ」


 その言い方がやけに子供っぽくて、義経と範頼は笑いを堪えて頼朝を見た。


「まあまあ、すねんなよ。すぐにまた来てやるからよー」

「すねてねえよ……」


 義平にバンバン背中を叩かれながら、頼朝は肩を落とした。

 昨夜には壁にめり込んでいたトラックは、義経が起きてきた時にはもうちゃんと走れる状態で庭に停めてあった。

 寝ている時も何の音もしなかったのに、どうやって移動したのだろう。誰が移動したのだろう。気にならないといえば嘘になるが、源家で生きる以上、これぐらいの不思議は日常茶飯事だ。いちいち気にしていたら身が持たない。

 壁は壊れたままだが、どうせこれも数日中に何事もなかったように直っているのだろう。


「そんじゃ。またな」


 運転席に乗り込んだ義平は、軽く手を振るとエンジンを発振させた。唸りを上げて遠ざかっていく車体に向かって、頼朝が「二度と帰ってくんなーっ」と叫ぶ。


「……ったく」


 完全に車が見えなくなると、頼朝は眉をしかめて悪態を吐いた。


「寂しそうだね、兄さん」

「はっ!? だっ、誰が! いなくなってせいせいすらあっ」


 義経の突っ込みに真っ赤になって反応するその姿に、義経と範頼は「また遊びに来てね、義平さん」と心の中で語りかけた。





***



「源義平?」


 写経する手を止めて、清盛は顔を上げた。香の焚きしめられた室内、御簾の向こうに佇む部下の口から報告された名前に確かに聞き覚えがあった。


「ああ。確か八百年前、わしの命を狙ってたった一人で京に戻ってきた馬鹿な若者がいたな」


 源義朝の長男義平。八百年前の戦の折には悪源太の名の通りに平氏の軍勢を蹴散らし、一時は清盛の嫡男重盛を追い詰めた荒武者だ。平治の乱の折には逃げ延びるのをやめて単身京に引き返し、清盛の命を狙ったが、正体を見破られて捕らえられ斬首された。


「あれの御霊は雷だったか……強力な神ではあるが、まあ、当面は捨て置いても問題あるまい」


 筆を硯に起き、脇息にもたれかかりながら清盛は口の端を歪めて笑った。

 どれほど強力な御霊であろうが、清盛の敵になる者などいない。神だろうが天狗だろうが恐るるに足りない。清盛の前に立ち塞がるのはこの世でただ一人、源頼朝だけだ。


「楽しみだのう。今生で相見える日が」


 清盛は手のひらを夜空に向かってかざして、月を握り潰すように拳を握った。


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