必然の麻雀

「あの卓、オーラスみたいだね」

 私の視線を辿ったハナさんが言った。配牌で小四喜ショウスーシーをテンパイしていることに関してはノーコメントだ。私は小声で訊いた。

「あの……おかしくないですか?」

「なにが?」

「だって、あれ配牌ですよ」

「積んだんでしょ」

「積んだ?」

「うん」

「……」

 ピンとくる返答をしてくれず、私はついに黙り込んだ。そんななか、そのオーラスが始められる。第一打目、小四喜男は①を切った。

 ①――? ③を切ったほうがいい気もする。なにせ北が出れば大四喜となり、残る片方の①だって悪くない待ちだ。さらにツモれば四暗刻までついてしまうというのに。

 怪訝に思いながら見守っていると、七巡目に動きがあった。対面に座っていた男がリーチをかけたのだ。

 私はどんな手だろうと思い、遠回りに歩いていって離れたところからその男の手牌を見てみる。

 五五七①①北北白白發發中中

 七対子の七待ち――だが、三元牌の対子が気になった。思えばこの局、三種すべてが一枚も切り出されていない。

 鳴かれるのを恐れて誰かが持っているのかと思い、リーチ者の下家の手を覗いてみる。

 2345777白白發發中中

 私は眉をひそめた。こちらも三つが対子――こんな状況、果たして偶然にできるだろうか。

 直後、リーチ者の下家が一発で七を切った。裏は南だったので乗らず、6400のアガリ。しかし、振り込んだ者は50000点越えのトップであったらしく、順位は変わらなかった。そして二着は、七対子をアガった男――

 負け分であるカネを卓上に投げ捨てた小四喜男とその下家の男が席を立った。私はハナさんを見た。ハナさんはにこにこと笑いながら言った。

「さ、やろっか」

 私はさっと緊張し、生唾を飲み込んだ。


 トップと二着を取った男がコンビであることは私にもなんとなくわかった。しかし、さっきのオーラスで二人がなにをやっていたのかはわからない。だが、なにかが行われていたのは確かだろう。

 私たちはそのまま抜けていった二人の席に座った。おそるおそる、対戦相手の二人を見てみる。

 私の上家は、ほとんどが白髪である髪と顔の皺を見るに、かなりの年齢と思われる男だった。おそらく、江上さんより年上だろう。

 彼に比べれば、対面の男は若かった。若いと言っても四十か五十には達していそうだが。

 私がそんな二人を警戒して静かにしていると、ここでもハナさんは彼女らしい振舞をしてみせた。

「よろしくね、おじさま方。楽しい麻雀をやりましょうね~」

 場違いな陽気さに、上家の壮年の男は先ほどの勝ち分を数えながら小さな声で「うん」とだけ返し、対面はなんの反応も見せずに牌をいじって遊んでいた。

 予想はしていたが、やはり無愛想だ。おそらく、私たちをカモとしか見ていないのだろう。

 場決めすら行われず、対局は始まった。


 牌山を作る前にハナさんが訊いてくれたおかげでわかったのだが、ルールは東南回しのアリアリで、レートは千点五千円、ウマが10-30つくらしい。赤は入っておらず、裏一発による祝儀もないとの事。

 私は最初、レートを聞いたときに席を立とうと思ったくらいだ。千点五千円など、私が知っている世界の話ではない。ウマもあわせると箱で三十万である。

 しかし、ハナさんに「お金は全部あたしが持つから」と言われ、引き止められた。それでも断ろうとも考えたが、他の二人も既に始める気満々で牌を混ぜ始めていたので、離れるに離れられなかった。

 ――牌山を作った時点で、私が一番の若輩者ということは明白になった。他の三人は私の倍の速さで牌山を作ったのだ。

 オール伏せ牌といって、すべての牌を裏返しにしてから山を作る決めになっているので通常よりも作りやすくはあったが、それにしても早すぎる。

 そこでさらに、もうひとつ気付く。オール伏せ牌なら、積み込みなどできないハズだ。さっきの小四喜は、どうやって積んだのだろう――

 ああだこうだと考える間もなく、前回トップだった私の上家が親決めのサイコロを振った。出目は一と四で、振った上家がそのまま起家に決まった。そのままもう一度サイコロを振り、取り出す場所を決める。出た目は五と五で十――私からの山であった。

 配牌を取り終え、理牌を済ませたところで、私は怪訝な思いでその手を眺めた。

 129④⑤東東南南西西北北 ドラ 發

 後半の異様に整っている部分は、すべて上家の山からの取り出しだった。――この八枚が私のもとに来たのは、おそらく偶然ではないだろう。ならばどう考えるか。

 すると、考える前に上家が北を切ってスタートさせた。私は一拍遅れて、ポンをする。そして9切り。

 ハナさんが私の鳴いた北を横目で捉えながらツモり、打9。続く対面は、1切り。

 そして上家の二打目――これは、南だった。

「……ポン」

 両面の④⑤を残すため、2から切っていく。私はワケがわからなくなっていた。自分に入れるつもりで、積み間違えたのだろうか――?

 しかし、いつになっても東と西が出てこなかった。私の手は、

 1④⑤東東西西 (南)南南 (北)北北

 という形から一切変わらず、七巡目までツモ切りを繰り返していた。

 ようやく③を持ってこれたのだが、この手には既に不安しか残っていない。東と西は、すべて抱えられてしまっている気しかしない。

 その巡に対面がリーチをかけてきた。私はこの手の謎が解けたような気がした。おそらく、これは風牌の対子を餌にした罠なのだろう――

 上家はリーチの捨て牌に合わせた現物切り。対面の山から私がツモってきたのは、危険牌である④であった。

 さて、困った。この状況、逆に東と西は狙われそうなものだ。面子として持っている筒子は仕込まれたものではなさそうだが、リーチの捨て牌を普通に読んだ場合は本命に見える。

 ならばいっそのこと、テンパイ維持の④切りか。私は思い切って、④を切った。

「ロン」

 対面が手牌を倒した。

 ②③④⑤⑥ ⑧⑧ ⑨⑨⑨發發發

 裏ドラは乗らなかったが、九本折れの倍満である。

 私は16000点分の点棒を払いながら、東と西の在処ありかを考えていた。リーチ者の対面は持っていなかった。ならば、南と北を鳴かせてきた上家だろうか。それともまさか、ハナさんが――?

 私はふと、不安に襲われた。負け分は持つとは言っていたが、保証などない。私は騙されているのでは――?

「東パツから倍満打っちゃ、この半荘はキツそうだね、シロちゃん。さ、次行こうか」

 ハナさんが自分の手牌を崩しながらそう言った。私は額に浮かんだ汗を裾で拭い、手牌を崩した。


 初手から仕掛けられ、倍満を振り込んだことによる精神的なダメージはやはり大きかった。そしてなにより、味方だと思っていたハナさんがもしかしたらそうでないかもしれないという疑惑が、私から平常心というものを完全に奪い去っていた。

 今回もやはり私が一人遅れて山を積み終わる。私以外の三人の山が、怪しく光っているように見えた。今回もなにか、細工がしてあるのだろうか――

 おそるおそる、サイコロを振る。出た目は五と一で、六。ハナさんの山からの取り出しになった。

「あたしの山か。ご主人様にいい手をよろしく頼むよ~」

 ハナさんがいつものようにおどけて見せながら、取りやすいように山を前に出す。――そのとき、彼女の右手の薬指と小指が不自然に折り畳まれていたような気がしたが、再び見たときにはなんともなっていなかった。

 二二三六789⑥⑧⑧西北北 ドラ ⑦

 よくもなければ悪くもない。今度は普通の配牌だった。第一ツモは6、私は西から切って始める。

「ポン」

 上家が鳴いた。オタ風の西を一鳴きとは、どんな手だろう――不審に思いながらも、私は牌山に手を伸ばす。引いたのは⑦だった。素直に⑧を切る。

「それじゃ、チーかな」

 ハナさんがそう言って、私の⑧を⑦⑨の形で鳴いた。ドラ含みの面子とはいえ、一巡目からチーとは――

 すると次巡、私が切った二をまたも上家がポンした。そしてまたも同じように、私の次の打牌をハナさんがチーした。

 二人とも、なにかの手役を狙って鳴いているようには見えない。タンヤオではないし、混一にも見えない。

 その三巡後に、再び同じやり取りが起きた。上家がポンし、ハナさんがチー。

「ううむ……」と、上家が唸るように声を発した。そして顔を上げて自分の対面に座っているハナさんを見据えながらこう続ける。

「あんた、もしかしてハナって呼ばれてる人かい?」

「あれ、知ってたの? あたしのこと」

竜崎りゅうざきさんから聞いてる。どうしてこんなところに打ちにきたんだい」

「気が向いただけだよ。別に深い意味はないから、勘違いしないでね?」

 にっこりと笑ってみせたハナさんに対し、上家の男は眉間に皺を寄せて再び視線を落とした。

 そのやり取り以降、二人が鳴くことはなかった。私はというと、必要な萬子が一枚も引けず、既に形になっている筒子ばかりを立て続けに引いたせいで向聴数を上げることができなかった。結局、終盤になってダマテンを警戒し、オリてしまった。

 最終的に全員ノーテンで流局となり、私の親は何事もなく流れた。


 その後は、小場が続いた。ハナさんの親で上家の男が早仕掛けのタンヤオをツモアガり、続く対面の男の親ではハナさんが仕返しと言わんばかりに中ドラ1をツモアガった。

 南入してもその流れは変わらず、親以外の誰かが安い手で早くアガり続けた。

 しかし、ハナさんの親番――南三局にて、私が五巡目に切った發で対面が七対ドラドラをアガった。次はオーラスだというのに、私の持ち点は1800点しかなくなってしまった。トップは46100点持ち――捲るには三倍満直撃か、役満ツモが必要だ。

 ――いや、ここはそんな非現実的な目標を立てるより、少しでも負けを減らすのが先決だろう。直撃できれば三着、二着になることもできるが、私の当たり牌を出してくれるような面子ではない。ならば少しでも大きな手を作り、ツモアガるのが最もよろしい。万が一倍満以上の手ができれば、よもやの着順入れ替えまである。

 対面の男がサイコロを振った――瞬間、ハナさんが膝を勢いよく上げて卓にぶつけた。

「あたた……ごめんごめん、足組み直そうとしたら、ぶつかっちゃった」

 ハナさんの牌山が少し崩れたが、本人が元どおりに直す。それから彼女は、振られたサイコロの目を見て、全員が取りやすいよう自分の山を前に出しながら言った。

「ん、五だね。おじさんの山からだよ」

「――ああ」

 対面の男はなぜか、苦りきった表情になっていた。そのまま、渋々といった様子で配牌を取り始める。

 私は自分の配牌を見て、目を疑った。

 ⑤⑨346白白發發發中中中 ドラ 八

 後半の三元牌はすべて、ハナさんの山から持ってきたものであった。

 一巡目に、対面が九、上家が①、私が北をツモ切り。そしてハナさんが、白を切ってきた。

「ポ、ポン……!」

 ――この状況、東一局と似ているように思えるが、今回はかなり勝手が違う。あのときはキーとなる東と西が鳴けずに右往左往して挙句に放銃となったが、今回はキーとなる牌を既にクリアしているのだ。残る面子ひとつと雀頭にはなんの制約もない。

「気合入ってるねぇ、シロちゃん。役満手でも入っちゃったのかな?」

 ハナさんの白々しい演技。私はなにも言わずに、⑨を切る。

 それから四巡後に⑤を引き、私は確定大三元の25待ちとなった。

 そして二巡後、あっさりと2をツモってきた。

「わーお、本当に大三元入ってたんだ。逆転トップじゃん、おめでと、シロちゃん」

 ハナさんが愉快そうに笑いながら言った。私は自分の手牌に視線を落としたまま動くことができなかった。――相手の二人は、どんな顔をしているのだろう。

 やがて、二人は自分の負け分を卓上に置くと、私たちにはなにも言わずに立ち上がった。

「もう終わり? ま、勝ったんだからよしとしますか」

 ハナさんはそういうと、卓上のカネを集め、そのすべてを私に差し出してきた。

「ほい、あげる。とりあえず店出よっか」

「え、あ、あの……」

「いーから。ほら、行くよ」

 ハナさんは私の手にカネを握らせ、そのまま私を引っ張って店の出口へと歩いていく。その途中、店のマスターと思われる男に「これ場代ね」と言って何枚かの一万円札を渡した。それすらも私の手のなかにあるさっきの勝ち分からではなく、自分の財布から取り出したカネであった。

 訊きたいことは多々あるが、確かにまずはこの巣窟そうくつから抜け出すのが最優先だろう。私はハナさんに引っ張られるまま、彼女とともに店を出て行った。

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