第13話 ギフト

 ◇◇◇


 俺の目標はこれまでも、これからだって変わらない。

 俺は諦めが悪いのだ。


『ふふ。いい顔になったね』


 白い狭間に、あたたかい笑みの温度がひと粒混ざる。


『それと——全く手助けできないわけじゃない。君に“ギフト”を贈ろう。君の言うところの……“詫び石”ってやつかな』


「いいのか? 観測者が世界に手を加えても」


『世界は弄らない。莫大なエネルギーが要るからね。——変えるのは君だ。魂、と言うべきかな。パイロットとしての性質を少しだけ調整する。もともと私が作ったようなものだし、人一人の魂をいじるのに大したエネルギーは要らない。それに、君が世界を変えるぶんには、私の損にはならない』


「……恩に着る」


『いいんだ、私の子よ』


「急に神っぽいな!?」


『ふふ、雰囲気だけでも』


 白光の玉がくるりと回り、尾を引く。落ち着いた声は、続けて二つの贈り物を告げた。


『まず一つ。君が“シミュラクル”で得た力はアバターではなく君の魂に刻まれるようにする。つまり——転生のたびに強くなる』


「いいのか、そんなことまで」


『感覚としては、ローカル保存を共有サーバ保存に切り替えるようなもの。大ごとじゃない』


「急に俗っぽい例え……」


『わかりやすいでしょ?』


「わかってる。ありがとう」


『もう一つ。ステータス画面・ワールドクロック・世界座標といった、ゲーム時代のUIを君だけは使えるようにする。あの世界の人達には非表示のまま。——不要、というか不自然だからね』


「ああ、分かる。時間と自己位置が常に正確に出るのはチートだし、能力の数値化や状態異常の可視化も十分チート。……“特異体質”ってことにしとく」


『そのとおり』


 白は静まり、言葉の輪郭だけがはっきり残る。俺はそこで、ひとつ我がままを口にした。


「あと一つ、いいか?」


『何だい?』


「ここへの戻り方は、やっぱり死ぬしかないのか」


『んー、基本はそう。それだと困る?』


 わずかにトーンが沈む。俺は短く息を吐いた。


「困る。ここで研鑽しても、メアリの世界へ行ったあと死が迫った時、回避の術がなくなる」


『そりゃそうだ。だけど観測中の世界を凍結するのは手間でね』


「……なら、やっぱりかなり強くなってからじゃないと、メアリには会えない」


『ごめんねぇ』


「いや、いい。——じゃあ、転生先にある“現時点のスキル”だけを吸い出して今に継承、は可能か?」


『それはその世界から君を抹消する扱いになる。つまり転生回数が減る。それでもいいなら、可能だよ』


「助かる。500回以上も普通に転生し続けたら、数十年〜数百年メアリに会えない。転生して即自殺で短縮、なんて気も進まなかったし」


『おいおい、無茶はしないで。転生先で君のパートナーが必死に止めるだろうし、メンタル的にも何度もは無理だよ』


(だな。想像だけで地獄だ。やらなくてよかった)


「色々とありがとう。言ってみてよかった」


『うん。君の目的はメアリに会うこと——それは分かってる。……そうだ、ホットラインも付けよう』


「なんだそれ?」


『メニュー画面を開いて、サポートに目を向ければいい。私は直接手は出せないし、何でも答えられるわけじゃない。でも観測者目線の予測なら、できる範囲で助言する』


「うお、マジで? サービス過剰じゃないか?」


『まあね。こっちにも試したいことがある。完全な善意じゃないから、安心して』


「安心していいのやら悪いのやら」


『さあ? どうしようもないことは、気にしないのが一番』


「……まあ、そういうもんか」


 ◇◇


『じゃあ、そろそろ転生先を選んでくれる?』


「——ちょっと待て」


『ん?』


「名前、聞いていいか」


『あ、私の?』


「そう」


『私はルシフェルだ』


「……それ、うちの世界だと堕天使とか悪魔王とかなんだが。やっぱ神的な何か?」


『ふふ、私にとってはただの名だよ』


「うう〜ん。まあ、そうだよな」


『君の名は? オリジナルの名前を引き継ぐ? それともアバターごとに変える、ファースト君?』


「統一できるなら一つにしたい」


『だよねぇ。君の名付けセンスだと“562”とか、感情移入しにくいし……』


「言うな……」


『で、何て?』


「リセマラが終わったらフィンに変えるつもりだった」


『“fin”、ね。筋が通ってて好感度高い。——魂に刻んでおく。どの世界でも、君はフィンだ』


「ありがとう。ルシフェルって名も、正直カッコいいと思う」


『よく言われる』


「ですよねー(棒読み)」


『それじゃ今度こそ、継承元と転生先を選んで』


 目の前に、いくつもの記録が花粉のように舞い上がる。半透明のパネル——いや、記憶の切片。

 学園の砂塵、鍛冶場の赤熱、雪原の息の白さ。どれもかつて選ばなかった未来で、けれど触れれば指先に質感が移る。不思議な既視感は、狭間の性質か、観測者の手つきか。


「……そうだな。これと、これと——これを継承元に。

 転生先は……ここだ」


『ほう』


「意外か?」


『んー、わりと“またすぐに会う”ことになるかなって思っただけ。私たちが。』


「はは、分かんねぇぞ? 強くならないとメアリに会えない。できるだけ足掻くさ」


『なら安全牌を選び直す手もあるけど……ほんと、負けず嫌いだね。——頑張りなよ』


「おう、ありがとう! じゃあまたな、ルシフェル!」


『ああ、またね、フィン』


 名を呼ばれた瞬間、白がほどけ、視界が遠ざかる。

 落ちる感覚はない。ただ、音のない雪が肩に降り積むみたいに、意識がやわらかく埋もれていった。


 ◇◇


「おお〜い」


「お〜い、フィーン? お〜いってばー!」


 どこからか、あいつの間延びした声が聞こえる。

 白は消え、色と匂いが戻る。草の青さ、風の湿り、陽の角度。瞼の裏にオレンジが差して——


 さあ、新しい冒険のはじまりだ。

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