第4話 ログインエラー

 ◇◇◇


「──えぇえええええ!?」


 自分の声が森の天井に跳ね返り、梢の小鳥がばさっと飛び立つ。湿った空気が喉に貼りついて、息がうまく抜けない。


「なんで!? なんでラミーがいるんだ!? “パートナー”はメアリのはずだろ!」


(メアリは!? どこへ行った!? それに、いつログインしたんだ……? メンテ前に一眠りしただけのはずだろ……)


「ちょっ、いきなり大声出さないでよバカッ!! それとメアリって誰!」


 ラミーは耳を伏せ、縞の尻尾で地面をバン、バンッと叩く。湿った土が小さく跳ねて、露が飛沫になって頬にかかった。


「アンタの“パートナー”は、このラ・ミ・イちゃんでしょ! も〜、転移酔いってやつ? それとも趣味の悪い冗談!?」


 ジト目で睨まれ、思わず目を白黒させる。琥珀の瞳孔が細くなって、怒りと不安が同じだけ混ざっているのが見えた。尻尾の先は落ち着きなく揺れ、腰の鈴がちりん、と苛立たしげに鳴る。


 彼女はしばらく俺の顔色をのぞき込み、観念したように肩をすくめると、早口でまくしたてた。


「しっかりして、ファースト! あたし等はチェイズ学園記念すべき第100期の卒業生!」

「で、成績ワンツーフィニッシュ決めて……まあ、下からだけど(小声)」


 最後の一言は猫なで声で、耳がしゅんと寝る。


「それでも何とか二人で学園都市のダンジョンを突破して、ついさっき——あんたがあたしを“パートナー”に選んだでしょーが!」


 言い終わると同時に、胸をどん、と拳で叩く音。革の胸当てが鈍く鳴り、こちらの鼓動まで揺さぶられる。


「いくら転移酔いがひどいっていっても、数時間前の記憶がまるっと吹っ飛ぶ? しかもこれ、一生モノの思い出だよ!? わりと真面目に傷つくんですけど……!」


 わなわなと握った両手が震え、爪先が草をむしる。だが次の瞬間、はっと目を見開いて俺を射抜いた。


「……っていうかさ!」

「そもそもメアリなんて娘、100期生にはいなかったよね? だれ!? その娘のこと、詳しく教えてもらおうじゃないの!」


 彼女の問いに、凍った歯車がひとつ、かちりと噛み合う感覚があった。視界の縁で朝霧が薄れ、記憶の輪郭が現れてくる。


 ——ラミー。俺が初めて“シミュラクル”をプレイしたときに“パートナー”になってくれたNPCだ。学園の廊下で壁に頭をぶつけて笑って、訓練場では誰よりも先に走り、食堂では大盛りの肉を必ず二皿。明るくて、近くて、真っ直ぐで、時々乱暴で——でも、優しい。


 一定の“絆”を超えると解禁されるユニークスキルが優秀で、同じクラスを引けた周回では狙ってよく“パートナー”にした。彼女のことは、よく知っている。戦う時は風のように速く、負けそうになると牙を見せて笑う。


 女性NPCは66人。その中でもラミーは人気が高く、リリース1周年のファンアンケート「あなたが選ぶ! 好きな“パートナー”総選挙!」では7位。脳筋で親しみやすい人虎タイガリアン。ステータスはスピード寄りの近接特化。育成はシーフ系か格闘系が定番——ちなみに俺はシーフ派だ。軽装で背中に短剣二本、影みたいに走るのが好きだった。


 そして、今。彼女は俺を“ファースト”と呼んだ。


 森の匂い、足裏の土の冷たさ、ラミーの体温、鈴の音。すべてが一本の線で繋がっていく。


 つまり——どういうわけか俺は、最初に作ったアカウントのアバター“ファースト”でログインしている、ということになる。胸の奥で、古い名前がゆっくりと目を覚ます音がした。

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